5 一番チートなのは誰だ


 とりあえず夕食を兼ねて、私達は近くの居酒屋に腰を落ち着けることにした。

 当然今回も個室だ。

 鎧甲冑だけじゃなく、両腕義手だの絶世の美人だの、人目を避ける要因が喫茶店の時以上に増えすぎた。


 突き出しの枝豆と、それぞれの飲み物が運ばれてきたタイミングで双葉お姉ちゃんが口を開く。


「いきなり何を言っているのか分からないかもしれないけれど、落ちついて聞いてね。私の頭がおかしなったと思われるかもしれないけど、むしろおかしいのはこの世界の法で、私はいたって正常だから……ええと、端的に言うと、私は異世界転生したの」


 ほら見ろまた異世界じゃないか、と口に出しそうになったが我慢した。


「そうだったんだ……双葉お姉ちゃんも生きていたんだね。良かった。帰ってきてくれてありがとう」

「大変だっただろう。元々体が弱いのに……」

「ちなみに、行ったのはどういう異世界だったの?」


「……え? ちょっとなにその反応。流石にもうちょっと疑うべきだと思うわよ」


 一瞬で受け入れられたことを双葉お姉ちゃんは受け入れられなかったようで、金髪少女の姿でおろおろしていた。

 もう、なんかね。慣れって残酷だよね。


「その下りすらマンネリだよ最早。何しろ今日だけで三人目だからね、異世界から戻ってきた兄姉」


「何それ……ふざけてるの?」


「強いて誰かふざけてる人を挙げるとするなら、金髪の外国人になって帰ってきたお姉ちゃんが一番だと思うけどね」


 流石に人種すら変わっているのは攻めすぎだ。


「……ところで、どうして金髪な上に、私より小さな女の子になってるの?」


「言ったはずよ。私は『転生』したの。この世界で一度死んだ私は、異世界で貴族令嬢として生まれ変わった。そして最近生まれた家の秘伝として伝わっていた異世界航行法を見つけて、実践してみて――――それで、この世界に戻ってこられたってわけ」


 なるほど。どうして病気で亡くなった双葉お姉ちゃんが金髪少女になって帰ってきたのか不思議だったけど、そういうことか。

 一樹お兄ちゃんと三郎お兄ちゃんは『転移』だったけど、双葉お姉ちゃんは『転生』――――一度完全に

 すると、完全に受け継がれているのは記憶だけってことになるのかな? あとは、記憶によって形成される性格と。


「自意識を取り戻した後から色々手は尽くしたんだけど、いいやり方を見つけるまで十年以上かかっちゃった。ごめんなさいね。本当はもっと早く戻ってくるつもりだったんだけど、大変だったのよ」


 それにしてもこの世界から異世界に能動的に行く手段がない割に、異世界からこの世界に来る手段は毎度毎度完璧に配備されすぎじゃない?

 そのおかげで出会えたんだから、文句言うことじゃないけどさ。


「ううん、来てくれただけで、っていうか、生きていてくれただけで嬉しいよ。たとえ姿が変わっても、双葉お姉ちゃんに会えるなんて……絶対無理だって、諦めてたもん」


 なんなら一樹お兄ちゃんだろうと三郎お兄ちゃんだろうと諦めてたけどね!

 もう本当なんなんだろうね今日は。

 嬉しすぎて逆に麻痺して冷静になってるわ。

 明日あたり凄いことになりそう。


「しかし……転生したというのは分かったが、それはそれで時間が合わないんじゃないか? 三年前に生まれ変わったのだとしたら、今は三歳ということになるけれど……どう見ても三歳の体じゃないだろ」


「私がいた世界は、この世界の五倍の速度で時間が過ぎていくのよ。三年前に私が死んで、それから五年間向こうで暮らして……今の私の肉体は、さしずめ十五歳相当と言えるかしら」


 そうか。当たり前のように三郎お兄ちゃんも一樹お兄ちゃんも三年間だったから気にしなくなっていたけど、異世界と言うほどなんだから時間の流れが違っていてもおかしくないんだ。

 最初の頃は時間の問題についても意識を向けていたけど、色々やってるうちにすっかり忘れていた。


「ってことは、今も元いた世界」


「別に良いのよ。どうせあんな世界、二度と戻りたくなんてないんだから」


「……!」


 私と一樹お兄ちゃんの表情が曇った。

 そして三郎お兄ちゃんは微妙に口角を上げた。

 こいつ、自分の仲間が増えたと思って喜んでやがる。


「何があったんだ? そっちの世界で」


「さっき、私が貴族令嬢として生まれたって話をしたわよね? でも、実際に私が貴族令嬢として過ごした時間は、実のところ十年にも満たないの。残りの六、七年を、私は放浪しながら過ごすことになったわ」


「な、なんでそんなことに……」


「私の向こうの世界での両親が敵対していた貴族に嵌められて、爵位を奪われたのよ。領地は取り上げ、両親は投獄の果てに獄死。当然私も放逐された。一時は、奴隷にされそうになったこともあったわ」


「なっ……」


 目を覆いたくなるほどの凄惨な遍歴。世界を救ったのに虐げられた、三郎お兄ちゃんのそれにも匹敵する。


「もちろん、その後で私は様々な手を講じて、私は私の家族……あっちでの話だけど……を破滅させた貴族全員に復讐を果たした。十人十色のやり方で、私はそいつらのことを破滅させてやったわ。でも、復讐なんてやっても虚しいだけだった。だってパパとママ……向こうの世界のだけど……は戻ってこないんだもの」


 まるで漫画の世界のような壮絶な時を過ごしてきたらしい。その凄絶さは想像するに余りある。

 ただ、たびたび入る注釈が微妙に緊張感を削いでくるのは何とかして欲しい。


「でも、一旦権力を取り戻した時点で、私は同種の悪意を内に秘めた連中が他にも這いずる蟻のように有象無象と存在することが分かっていた。私の復讐に協力した人物の中にも、邪心あって私に近づき、私の復讐心を利用して権力者を除いた後で、最終的には私のことをもう一度失脚させるつもりだったのよ。それが分かっていて、でも一つ一つ片付けていたらいつまで経っても戦いは終わらない。一度高い地位に立ってしまった時点で、永遠にその呪いにつきまとわれることになるものなのね。そんな人生はうんざりだから、私は官職を辞して、こうしてこの世界に帰ってきたの」


「……おおお……」


 三郎お兄ちゃんは目を覆った。

 想像以上に酷すぎて、共感どころではなくなったらしい。

 一樹お兄ちゃんも息を飲んでいる。勿論、私だって同様だ。


 ただでさえ、こっちだけでも幸せだったとは言いがたい人生だったのに、転生した先でまでそんな酷い目に遭うなんてあんまりすぎる。

 にしても、こうなると一樹お兄ちゃんが置かれた環境が恵まれすぎている。いくら過剰な期待を寄せられたり、魔王倒さないと帰って来られなかったとしても、とりあえずは勇者として真っ当に歓待された上に、今も歓迎ムードだと聞くし。

 でも三郎お兄ちゃんと双葉お姉ちゃんの方は打って変わって酷い有様。

 どうやら異世界、大体碌でもないぞ!


「……でもさ双葉姉。それ全部要するに、双葉姉が過去の数年でやったこと……つまり十五歳で……だよね?」


「ええ、そうなるわね。でもそんな、難しいことじゃないわよ。私はただ頑張っただけ」


「普通の人には頑張っても無理だよ……」


 女傑が過ぎる。

 流石、病さえなければIH優勝しながら東大に首席合格してたと専らの噂の双葉お姉ちゃんなだけのことはある。

 肉体が変わってもその能力は健在だったということなのだろうか。

 いや、或いは何らかの『チート能力』を手に入れてたのかな? お約束的に。

 いずれにせよ、普通にできることじゃない。流石だなあ。カッコいいなあ。


「……それに、あっちでの暮らしも悪いことばっかりじゃなかったわよ。素敵な人とも出会えたし……本当に関係を残しておきたい大切な人のことは放っておけなかったから、ちゃんとこっちに連れてきたわ」


「大切な人……」


 この流れには既視感がある。

 そうだ、三郎お兄ちゃんのハーレムの話だ。

 三郎お兄ちゃんも世界そのものから嫌悪された結果、大切にしていた人達を連れてこの世界に引っ越してきた。

 同じようにお姉ちゃんも、危険と悪意が一杯の異世界を離れ、ここに大切な人達と一緒に


 だとしたら、お姉ちゃんはイケメンでも侍らせているのだろうか。ちょっと見てみたいような気もする。


「ついさっきまで一緒にいたから、もしかしたら追い掛けてくるかもしれないけど……」


 ついさっきまで一緒にいた?

 ああ、そういえば店に入った時のお姉ちゃんは人と喋ってたっけ。

 あれ? でも確かあのときにいたのって……


「お嬢様あああああ!! ようやく見つけましたわあああ!!」


 憶測が結論に至る前に、答えの方からやってきた。

 大声を張り上げながら個室に飛び込んできたのは銀髪の少女だった。

 服装はエプロンドレス。和風な個室居酒屋の雰囲気に見合わない。

 酔っ払った末の一発芸と考えればまあそれはそれで……いやいやそんなことはどうでもいい。問題は別にある。


 ……女?


 「本当に心配しましたのよ、お嬢様! ちゃんと私の目の届くところにいてください!」


 「エリザベス、落ちつきなさい。慌てることはないわ。私は元気よ」


 「でもお嬢様、いきなりいなくなられては困りますわ。私はまたお嬢様が私の手の届かぬところへ行ってしまったのではないかと、心配で心配で……」


 「この世界では、私のことはフタバと呼べと言ったはずよ。とにかく落ちつきなさい」


 「……は、はい……」


 「ええと、双葉姉。その可愛い人は……」


 「向こうで私専属のメイドをしてくれていたエリザベスよ。彼女と一緒に、私は色々な苦難を乗り越えてきたわ。奴隷商に売り飛ばされた私を助けてくれた恩人なの」


 「エリザベス……女だよな?」


 「そりゃ女の子でしょ。こんな可愛い子が男に見えるの? 失礼なこと言う兄さんね」


 そう言うと双葉お姉ちゃんは、エリザベスと呼ばれた少女を軽く抱きしめた。エリザベスちゃんの顔は少しずつ紅潮していく。

 その仕草がそこはかとなく耽美というか、なんというか。


 「……」


 まあ、待とうじゃないかお兄ちゃんたち。一人メイドさんが来ているからと言って、別に『そう』とは限らない。

 もう少し二人の様子を観察してからでも遅くはないはず……。


 「他の子達も、心配して近くに駆けつけていますのよ。流石にお姉様のご迷惑になるかと思って、外で待機させて私だけがお迎えに上がりましたが」


 「そう。どうしてそこまで配慮が出来るのに、ここに来る姿はあんなにも不躾で嗜みに欠けていたのかしら。いけない子ね」


 「は、はい! 申し訳ありません!」


 んー。


 「……で、ではお姉様……」


 「ええ、今日もシンデレラの刻を過ぎたら、私の寝所にいらっしゃい。たっぷり虐めてあげるから」


 「お姉様……」


 んん……。


 「あと、サラとベアトリスとジュリエットとルーシー、それからパトリシアとマルティナとオリヴィアにもちゃんと言いつけておきなさい。不躾に人の後をつけるような真似をすれば、貴方のような目に遭うってことをね」


 「お嬢様……それでは皆がお嬢様のストーカーになってしまいますわ……」


 ……………………。


 「さ、話を続けましょう。ええと、どこまで話したかしら」


 「続けられるかあ! 双葉姉!」


 耽美な雰囲気から当たり前のように話を元に戻そうとする双葉お姉ちゃんに我慢がならなくなって、ついに三郎お兄ちゃんが切り込んだ。


 「やっぱり百合ハーレムじゃないか! 途中からなんとなく薄々気付いていたけれど!」


 「? 百合ハーレム?」


 三郎お兄ちゃんが切り込んでくれたのはいいが、双葉お姉ちゃんには意味が通じていないらしい。知識が微妙に偏ってるところあるから仕方ないことではあるんだけどさ。


 「え、何、双葉姉、ビアンだったの? 十数年一緒に暮らしてきてそんなの初めて聞いたよ。全然気付かなかった」


 「あら違うわよ。私はただ、人を性別で差別しないだけ」


 なるほど、バイの方。


 「そして向こうの世界の殿方には、私の好みのタイプがいなかった。それだけのことよ」


 「……それとさ、多くない? さっき何人くらいいるって言った? え、何人連れてきたの?」


 確かに多かった。


 「連れてきたのは二十人だけど……」


 「大奥か!」


 いやいやいや、多いよ!


 「流石に全員と関係があるわけではないわ。


 「そりゃそうだよ、全員と関係持ってたら御盛んってレベルじゃないよ。っていうか半分でも十分多いよ!」


 そしてどうでもいいことだが、双葉姉の本性が明らかになったことで……私が一樹お兄ちゃん寄りだという三郎お兄ちゃんの所感が正しかったことが証明されてしまった。

 私にはこうはなれない。なれる気がしない。

 なるほど、病とは双葉お姉ちゃんに取り付けられた拘束衣のようなものだったんだね。

 一度枷が外れると、双葉お姉ちゃんはこういう凄い存在になりはてるのか。


 「




 □■□■□


 適当に時間も遅くなってきたし、三郎お兄ちゃんが『あまり遅くなりすぎるとうちのハレメンが心配する』などと言い出したので、私達は解散することに決めた。



 「最後に一応、四四乃が今どんなところに住んでいるかだけ気になってな。もし木造築五〇年のボロアパートとかでつましい生活をしているとなったら、俺は心配で帰れなくなる」


 「いや、仮にそうでも帰りなよ。もしそうなら、私は三年間その環境で過ごしてなんともなかったってことになるんだからさ。……いやまあ、そもそも普通にいいところに住めてるけど」


 「本当か? 十年前の一件以来、お前は他人に必要以上に気を遣って本心を隠すことが多くなったような気がするからな。一応この目で確かめておきたい」


 するとその時、遠くの方から激しい風切り音が聞こえてきた。

 私にとってそれは、聞き馴染みのある音だった。


 何回、何十回、何百回と。

 私はこの音を間近で聞いている。


 それはヘリコプターの音だった。


 「……!?」

 「ヘリコプター? なんでこんなところに!?」

 「おいおい、まさかまた事故が起こる流れだとか……言わないよな?」


 近くの公園の手広な空間に、黒ずくめのヘリコプターが着陸する。

 今まで散々非日常を体験してきたはずのお兄ちゃん達が、まるで一般市民のように目を丸くしているのは、少し滑稽に思えた。


 私はといえば、そのヘリコプターが何故そこにやってきたのかは知っている。

 そして、それが誰によって運転されてきたものなのかも。


 答え合わせをするように、ヘリコプターからはすぐに一人の初老の紳士が降りてきて、真っ青な顔をしながら私の元に走ってきた。


 「……ん? 知り合いか、四四乃……」


 一樹お兄ちゃんが私に問うた質問には、答える必要が無いと分かっていた。


 「社長、今日は一体どういうことですか!」


 何故なら、答えはすぐに分かるから。


 「……社長?」


 一瞬にして困惑の表情に包まれるお兄ちゃんたちとお姉ちゃん。

 そんな彼らを尻目に、老人は私の方だけを見て怒りを露わにする。


 「社内での会議だったから良かったようなものの! 無断で姿を現さないのはやめてください! いくら大事な用事があったとは言っても、社長がこんなことを繰り返すようでは社員はついてきませんよ!」


 老人の名前は岳本さん。

 彼さんは、私の部下にあたる人で――――三年前から私のことを支えてくれている、厳しいけれど優しい紳士だ。


 「分かってるよ。明日はちゃんと行くって。約束する。今日はごめんなさい」


 私は、はにかみながら岳本さんに謝る。すると岳本さんは、やれやれと肩をすくめて溜息をついた。


 「全く、気を付けてくださいね。貴方はまだ若いですが、責任ある立場でもあります。いつまでも子供気分ではいられないんですから」


 そしてその傍らでは、お兄ちゃん達が唖然とした表情で私と岳本さんのことを眺めていた。


 「社長……? え、四四乃、お前何を……」


 「ちょうど良かった。私の家も紹介するね。きっとそれを見れば、説明に足りると思うから。ねえ、岳本さん。ちょっと家まで、私達のこと連れて行ってくれないかな」


 「はあ……私はタクシーではありませんよ?」


 「まあまあ、そう言わずに。どうせ私のことは送ってくれるつもりだったでしょ? 三人増えても誤差だよ、誤差」


 結局、渋々言いながらも岳本さんは私のお願いに応じてくれて――――そして困惑するお兄ちゃん達を無理やりヘリコプターへと乗せて、私達は帰路へと旅立った。


 □■□■□


 そしておよそ五分ほどで、私達は最初に私達が出会ったマンションの前へと戻ってきた。


 「明日は、ちゃんと仕事に参加してくださいね!」


 「分かってる、分かってるよ。私だって自分の会社は潰したくないからね。今日は本当、私にとって特別な一日だったから……」


 「全く……」


 岳本さんは溜息をつきながら、ヘリに乗ってどこかへ去って行った。

 さて、あまり言いたくはなかったんだけど、いい加減本当のことを言わないとね。


 「なあ四四乃……? まさか家っておい……」

 「いやいや、え?」


 私の家に連れて行かれるはずが、何故かマンション前にやってきたせいか、お兄ちゃん達とお姉ちゃんは分かりやすく困惑していた。

 私はそんな三人の前に立ち、後ろ手でマンションを指さして告げた。


 「だから言ったでしょ、借家だって。ただし――――」


 その指先は、マンションの一番上を向いている。


 「貸し主も私だけど」


 そう、かつて私たちの家が建っていた場所に今屹立している高層マンション。

 これを建てたのは他ならぬ私、四四乃自身だ。


 「私の部屋は、このマンションの中層階。上の方は高く売れるから、自分で使うのは勿体ないしね」


 「な、なんでこんなマンションを……? っていうか、なんで僕たちの家があったところにマンションが……」


 「売ったからだよ。お兄ちゃん達が死んだ三日後にね」


 「売ったぁ!?」

 「三日後に!?」


 「詳しく説明するね。私が今までの三年間をどう過ごしてきたか……」


【解説開始】


 三年前、家族が皆死んでしまった後、私はお兄ちゃんが昔に言っていたことを思いだした。

 具体的に何があったかは忌まわしき記憶であるが故に封印してきた十年前の一件だが、その時一樹お兄ちゃんがぽろりと零していた、『過去よりも未来を見なければならない』という言葉。

 私はお兄ちゃんが遺したその言葉に従い、自分にできることは何か考えた。

 そして出た結論は、まず生まれ育った一軒家を即売り払うことだった。


 『過去への未練を断ち切るためには、一番大切な物から捨てていかないと。だからまずは家を売り払おう』


 あのときはどうせ家族の誰も戻ってこないと思っていたし、だったら仮に家を捨てても、困るのは私一人だけ。

 生家に拘り続けることは、まさに未来よりも過去を重視することに他ならないと思い、私は旧家を捨てて手持ちのキャッシュを増やした。

 その額に生命保険を足したらそれなりの金額になったので、私はそれから学校を辞めて事業を開始したのだ。


 最初の頃は勝手が分からなくて、皆の生命保険で蓄えた資金は瞬く間に解けてなくなっていった。それでもなんとか持ちこたえられたのは、家を売った金で全体の資金が底上げされていたからだ。そして、段々と感覚を掴むにつれて、状況は次第に好転していった。

 どうやら私には商売の才能があったらしく、ネットを中心とした事業が軌道に乗って、資産はみるみるうちにふくれあがっていった。

 ついでに株やFXにも手を出したら、気持ち悪いほど上手くいった。どうやらその手の才能もあったらしい。


 その後紆余曲折あって莫大な資金を手に入れた一旦手放した土地を容易く取り戻すことができたのだが、その時点で既に私達の生家は取り壊されていて、そこは更地にされていた。

 なので私は、その場所に何らかの住宅を建て直すことに決めて、しばらく考えた結果――――高層マンションを建てることにした。

 決め手は見た目だ。

 高層マンションは、墓標の形に似ている。

 かつてお兄ちゃんやお姉ちゃんと一緒に暮らした場所に家という名の墓標を建てつつ、それを運用してさらに富を蓄える。

 まさに過去と未来のハイブリッドである。


 ……利用者からすれば物騒極まる妄想だが、まあ妄想は所詮妄想だ。別に口に出したりしてないから許して欲しい。


 そんなこんなで私は高層マンションを急ピッチで建設した。

 もちろん、感傷だけに終わらせないために試算としての運用の観点も見逃していない。

 このマンションを中心とした大規模な開発計画は、今も私が経営する系列会社の手によって進行中であり、いずれはこの一帯を高層マンションを中心に発展させていく予定もある。

 ただ、意味もなくそこに高層マンションを建てたのでは、それこそ本当に感傷に浸っているだけになってしまうからね。

 ちゃんと今まで、四回ほど同様のプロジェクトを成功させているし、きっと今回も上手く行くだろう。


 とはいえ、そんなこと言っても所詮は大都市なら数え切れないほど立っている程度の普通の高層マンション。

 それを五棟保有しているからといって、世界を救ってきたお姉ちゃん達と比べたら大したことでもない。

 だからこそ、あまり言いたくはなかったのだ。

 三年で成し遂げたことのスケールが、私と他の三人であまりにも違いすぎるから。


【解説終了】


 「……みたいな感じでさ。まあ、三人が同じ時間でやり遂げたことを思えば、私なんかが……」


 「あ、が、が……」

 「意味が……分からない……」

 「三年? 本当に三年よね? 知らないうちに十年くらい開けたり……してないわよね?」


 あれ、反応がおかしい。


 「さ、三年間で……これを……? お金はどこから……」


 「ネット関連のビジネスと仮想通貨とかデイトレとかでちょっとね。かなり運に助けられたんだよ」


 「い、いやそれにしたってお前これは……このレベルのマンションともなるとまず建てるのに数年かかりそうなんだけど……」


 「そこは頑張った」


 「いやいやいや!?」


 「頑張って何とかなるものなのかしら……」

 「普通ならないと思うぞ……」

 「怖い……妹の才能が怖い……」


 「あ、あれ……? みんなどうしたの……?」


 おかしい。

 成し遂げたことはどう考えてもお兄ちゃん達の方が凄いはずなのに、何故私が一番どん引きされているんだろう。

 魔王を倒して世界を救ったり、人々をAIの支配から解放したり、奴隷から這い上がったりするなんてことは私にはできない。

 精々こうやって、世界中に数え切れない程存在する程度の平凡な金持ちになるのが限度だったんだけど……。


 「いやだってこれ、なんのチートもなしでこれだろ? 無理だ……俺には出来る気がしない」

 「なまじ慣れ親しんだ世界だけに、やったことの異常さが良く分かりすぎるわね……」

 「生々しいんだよね、色々と……魔王を倒したとか言われても正直知らないよって気分だけど、三年で高層マンション建てましたってのはもう……ヤバい。やばみがやばい」


 お兄ちゃんたちとお姉ちゃんは、信じられないものを見るような目で私を凝視している。

 ……おかしい。なんで私がどん引きされてるのか全然分からない。

 でもなんだか、こうも露骨に驚愕されるとなんだか本当に私が悪いことでもしたかのような気分になって、辛い。


 「お兄ちゃん、お姉ちゃん……私、もしかして、また間違ったことしたのかな?」


 不安になって三人に聞くと、一樹お兄ちゃんが慌てて首を横に振った。


 「いいや、そんなことはないぞ。まあ、そのアレだ。人間、覚悟を決めることが一番のチートってことだな」


 「一番も何も、さっきも言った通り私がやったことってお兄ちゃんやお姉ちゃんに比べると相当しょぼいんだけど……」


 「いいやそんなことはない。お前が一番凄い」

 「異世界だから多少の暴挙でも許されても、現実世界でそれをやっちゃ駄目だよ。いくら末っ子は優秀なものだといっても、普通ここまでじゃないよね?」

 「私だって、時間はあったし異世界に特有の特殊能力で強くなった上での復讐だったのよ?」


 「いや、でも私、皆みたいに取り巻きに囲まれたりしてないし……


 むしろ交友関係については、三年前より更に狭まった。学校を辞めたことで、かつての友達とは疎遠になったし、新しく友達ができることもなかったからだ。

 仕事関係でコネクションはそれなりに広がったが、それはあくまで仕事の関係。

 良好な友人関係とは言いがたいし、そもそもまず同年代がいない。


 「ハーレムにせよ逆ハーレムにせよ、作れる気がしないし……」


 「そんなの人間の価値になんにも関係ないからな!」

 「大丈夫! 僕ほどじゃないにせよ、四四乃は可愛いから! 彼氏だっていずれちゃんとできるよ! なんならその札束でひっぱたくだけで男の十人や

 「気にしなくていいのよそんなこと! なんなら私が可愛い女の子紹介して


 「ええ……いやそういうこと言って欲しいわけじゃなくってさ……」


 あと女の子は要らないよ。

 私はノーマルだ。


 「ともかく、私は別に凄くないよ。あえて順位付けをするとしたら、凄い順に双葉お姉ちゃん>三郎お兄ちゃん>一樹お兄ちゃん>私、でしょ?」

 「いや、そんなことはあり得ない。順番を付けるなら、四四乃>三郎>双葉>俺だろう」

 「何言ってるの? 四四乃>僕>双葉姉>兄貴でしょ?」

 「待ちなさい、冷静に考えて。四四乃>兄さん>三郎>私よ。こんなの火を見るより明らかだわ」


 全員意見が違う……違う上に一番上が私なことだけは一致してる!

 なんて嫌な連係プレーだ。


 「とにかく、私は本当に大したことしてないから、そうやって持ち上げるのやめて。恥ずかしいから。私は世界とか救えないし、十五歳で貴族相手に復讐したりもできないから……」

 「そんなこと言ったら、俺にお前の芸当は絶対無理だ。双葉の真似もできないし、三郎のようなこともできない」

 「僕も兄貴や双葉姉のようにできるかっていうと、ちょっとねー……」

 「その点に関しては私も同意見。勇者になるとかAIに喧嘩売るとか、正気の沙汰じゃないわ」


 「じゃあ皆それぞれ凄いってことで……この話は終わりでいいよね!?」


 「いいや、お前は別枠だ」

 「この世界でやってるのは、他の世界でやられるのの数段ヤバいよ」


 「なんでぇ……」


 結局私は発言を取り消させることができないままで、お兄ちゃん達やお姉ちゃんはそのままそれぞれの帰るべき場所に帰っていった。

 釈然としない思いは残ったけれど仕方ない。

 隣の芝生とか花とか言うように、他人のことはよく見えるものなんだろう。


 ……あれ? そういえば一樹お兄ちゃん、結局泊まる場所なさそうだけど……どうするつもりなんだろう。

 まあいいや。多分なんか今の一樹お兄ちゃんなら、公園で寝ても死にそうにないし。


 □■□■□


 まあ、色々あったけれど、これで本格的に三年前の不幸は笑い話へと昇華された。

 これから私達兄弟姉妹がどんな人生を送っていくことになるのかは分からないけれど、でも間違いないと言えることが一つだけある。


 それは何が起こるかなんて、全く分からないということ。

 たとえ死んでも、もしかしたら生きているかもしれないという可能性はきっと、私達の人生をさらに彩り豊かにしてくれる。

 だってそうでしょう?

 無限の可能性があると思えることほど、人生に希望を与えるものなんてきっと存在しないんだから。


 □■□■□


 次の日、私はスマートフォンのけたたましく鳴り響く音で目を覚ました。寝坊したかな。今日も遅刻すると、岳本さんがきっとすこぶるうるさいぞ。眠い目を擦りながらベッドから這い出して、時計を一瞥する。

 時間は午前五時。おかしい。いくら岳本さんとはいえ、こんな時間に来いなんて言わないはずだ。それとも何か不測の事態でも起こったのかな。


 発信元は、見覚えのない番号だった。若干不安になりながら、私はスマホを耳に当てる――――


 「朝早くすみません。警察です」


 ……警察?


 「実は親族の方を自称される鎧姿の男性を不審者として逮捕したんですが、身元引受人として来ていただけないでしょうか」


 ――――ああ、その可能性をすっかり忘れていた……。

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行方不明だった兄弟は、異世界でよろしくやっていたようです イプシロン @oasis8000000

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