幕間

00-02





 異国の文字の羅列も、まるで流砂のように零れ落ちていく。定まることを忘れたフランシスカの思考は、懊悩と煩悶を繰り返しながら夜の静寂しじまの中を彷徨っていた。


 束の間の浅い眠りに落ちれば、懐かしい過去の日々が夢となって彼女を出迎えた。教会が運営する孤児院を出て、初めてこのセルカレイド教会堂へと連れられた遠いあの日だ。


 至聖所の重たい扉が開かれた瞬間、フランシスカとベネッタは繋いだ手に強く力を込め合った。聖堂に降り注ぐほのかな紫を帯びた光と、幼い二人を歓迎する大いなる祝福の歌が舞う。


「さぁ君たち、共に歌おう。何も恐れることはない、奇跡は今ここにある」


 ──ああ、忘れていたわ。


 その中心で、柔らかく微笑みながら呼びかけた彼の、なんと憎らしいことか。


 凍える世界へと生まれ落ち、それでもベネッタと巡り合い生き延びた奇跡。手を繋ぎ合うぬくもりのその前に、この男が現れた瞬間であった。


 ルイスを初めて目にしたその刹那に、フランシスカの内側で鳴り響いたはずの警鐘。


 ──どうして私は、今の今まで忘れていたの。


 賛美歌は鳴る。

 それは主マールスへと捧げる音。


 賛美歌は響く。

 それは新たなる出会いを尊ぶ言霊。


 賛美歌が塗り潰していく。

 彼に覚えたはずの嫌悪感を。





『主は父であり、主は母である。

 汝は兄弟であり、また赤子でもある。


 主は貧しささえも尊び、富に溺れることもない。

 汝は遥かなる高みの懐にあって、汝は大いなる地の上を歩む。


 さぁ共に歌おうぞ。

 さぁ共に生きようぞ。


 偉大なる父と母の元に、汝の生を賛美せよ。

 干天の慈雨は、さすれば降り注がん。』






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