神様《カミサマ》語《カタリ》

第一話 貝ノ殻閉ジ コナツカラカラ

 僕は帰り道に彼女と出会った。

 貝だ、心を閉ざし自分そのものを閉ざす。開かれることの無いその2枚のからの中で彼女は生きていた。

 これが僕と葉矢川はやかわ小夏こなつとの出会いだった。


 彼女はいわ常人じょうじんとは思えない力を持っていた。

 いや人間にんげん何事なにごと不可能ふかのうではないと言われてしまえばこの話は終わってしまう。しかしそれで終わらせてしまっていいものではなかった、彼女の体型たいけいからして体重たいじゅうは40kg台、うでの細さ、筋肉の付き具合ぐあいから普通であれば10kgの米俵こめだわらを1つ担ぐのさえ難しいと思う。

 物事ものごと先決的せんけつてきに考えてしまうのは僕の悪いくせだ、何事も起こってみなければ分からないそんなものが多い。

 そう考えてみると彼女に対する考察こうさつは名の通り第一印象だいいちいんしょう、に過ぎない。先入観せんにゅうかんと言うやつだ。

 人のものさしをそれで図るのはおかしいという人もいる、しかし僕にはそれが一番大切なもの、人間誰しも得意不得意とくいふとくいがある。

 僕が得意であるものと不得意であるものが丁度ちょうど真反対まはんたいにあってくれたためそれを早期そうき対処たいしょできるような力をつけることが出来た。

 さてここまで来てもう一度最初の話に戻ろう、彼女はおおよそ常人には有り得ない怪力かいりきというものを持ち合わせていた。その話を今からしよう。



 僕はこの数日で感じたものがいくつかあった、平凡へいぼんとはなんだったのだろう、退屈と言うものがあった頃がひどなつかかしく思える、他にも色々と思ったが総評そうひょうとしては「僕は普通を失った」という事だ。


「はぁ」


「ん? 溜息ためいきなんてつくもんじゃないよ、幸せが逃げるって言うじゃない」


「もう四日前から幸せなんて無縁になったよ」


「何かあったの?」


「別にこっちの話さ」


 彼女に話すなんて絶対にできない、僕自身彼女に幾度いくどとなく助けられたこともあるし彼女をあんな化け物がいる非日常ひにちじょうにウェルカムするわけにもいかない。

 まあだがこの悩み誰かに相談そうだんしたくないと言えばうそになるが相談出来る相手なんて居ない。

 そう思うとまた溜息をついてしまう。


「あ、また溜息したー良くないよーその癖」


「治すように努力はしてみるよ」


 愛想あいそうなく返事をした所で僕は用事ようじがあるといって帰ることにした。

 彼女自身それはかまわわないが家で空いた時間でもあったらこの資料しりょうを読んで学園祭をどうするかという案を出しておいてくれと置き手紙をされた。

 まったく、抜かりのない人だ。

 用事といってもただあいつの面倒を見るために帰るだけだ、何かしでかすことはないとは思うが念には念を入れよとよく言う、僕も小心者しょうしんものだからその言葉が良く似合にあう。


 僕は階段を降りようとした、5階にいた僕は近くにあった螺旋階段らせんかいだんを使って降りた、然し、何の突拍子とっひょうしも無く、何もしでかしていないはず、僕の体は、足は階段を掴めていない、無感覚むかんかくの空気の上にあった。


「何?!」


 腑抜ふぬけた声が響き渡る、投げ飛ばされた体は階段を掴もうともが不格好ぶかっこうなダンスを踊る。僕は一瞬にして死を確信かくしんした、5階から落ちて1階に叩きつけられればどうなるか想像にかたくない。

 簡単な話、目も当てられないひもの切れた操り人形のアートのような状態になるだろう。


「う、うわぁぁぁぁぁ!!!」


 高校生とは思えない叫び方、幼子おさなごの様に涙を流す。

 死を確信してもまだあらがいいたいという気持ちがこの情けなさからにじみみ出ている。

 徐々に落ちていく身体、それは落ちているのに無重力を感じさせた、実際問題落ちている。しかし1秒がとても長く感じる。

 死を目の前にして人間は時をスローモーションに感じるとはこの事なのだろ。このまま僕は見事に着地ができるかもしれないと思っていた。まあ見事な着地によって全身の骨という骨が砕け散るだろうがな。

 僕は2階を過ぎた時にはもう諦めた。受け入れることも大切だと悟ったのだ。


「⋯⋯」


 無言のまま落ちていく、流れに身を任し、一瞬の激痛げきつうえればそこから先は何も無い自由な世界だと自分に言い聞かせる。


 タッタッタッ


 走る音が聞こえる。僕は少し下を見た、するとそこには彼女がいた。

 りょううでで僕の胴体どうたいをキャッチし、僕になるべく衝撃を与えないように彼女は衝撃が全部自分の方にいくように仕向けた。


「っ!?」


 無傷、有難ありがたいい事だと理解はしている、命を助けてくれた恩人だ。

 でもそれをはるかに超える理解不能ちょうじょうげんしょうが僕から言葉を奪った。

 人が、ただの少女が遥か高い場所から落ちてきた人を無傷で受け止められるか? 僕が知っている人という生物には不可能な所業だ。それを彼女は難なくやって見せたのだ。


「⋯⋯ありがとう」


 ゆっくりと僕のことを下ろし彼女は何も言わず去ろうとした。


「まて!」


 首だけこちらを向けてこっちを見てきた。


「お前は何なんだ?」


 彼女は少し目線を逸らした、そしてなにか思いついたのだろ目線を戻し。


「貝だよ」


 これが葉矢川小夏との出会いだった。


「貝?」


「君はあまり知らなくていい事よ」


 そう言われてもこの現象に自分も鉢合わせ、いや体験をしてしまった以上知らなくていい事でなんて済むはずがない。

 僕がそう言うふしを彼女に伝える。


「確かに君の言う事も分かる、でもねそんな女の子のプライバシーの部分に触れたいの? 君って変態なの?」


「いーや違うね、僕は一般的な紳士だ」


「変士」


「なんだその奇抜なネーミングは」


「あらごめんなさい、変態には丁度いいかと思って」


「だから僕は変態じゃ無い!」


「そんな変態さんとはここでお別れよ、さよなら」


「ま、待てよ!」


 必死に呼び止める。

 彼女の表情は軽蔑けいべつするものから呆れ顔に変わっていた。


「何に? まだ何か御所望ごしょもうなの?」


「い、いやしかしたら君を救えるかなって」


 そういった途端、彼女は壁に拳を叩きつけた。

 ──ふざけないで、僕を睨みつけ彼女は冷静に怒りをあらわにする。


「何が「若しかしたら君を救えるかなって」ですって? 何も知らない癖に、痛みも辛さも、苦しさも味わった事無い癖に、勝手な事を言わないでくれる? もういいわ、二度と貴方と会うことは無いわさようなら」


 そう言い残し足早あしばやに彼女は学校から出ていった。


 自分が馬鹿だった、彼女が去ってから僕はようやく失態を理解した。

 何が救うだ、偽善者ぎぜんしゃか僕は。そもそもろん僕は彼女の何を救おうとしていた、それすら考えていなかった。


「何を馬鹿やってるんだろ僕」


 遠回とおまわりに自己否定じこひていをしてみる。まあ慣れたことだからそんなに心に響くものはなかった。


 帰り道を歩く、その間も何故なぜか分からないが彼女の事を考えていた。

 彼女は怪力を持っていた。その力や強靭きょうじんさは5階から落ちた僕の全ての衝撃をかばえる程、常人と呼ぶには悪いが意に反するものだ。

 彼女の身に、そして彼女が言っていた「何も知らない癖に」と言う言葉と「貝」この言葉が何処どこか引っかかる。


「もしもし、そこの僕、何か悩み事かい? いいね若いって」


 僕を呼び止めたのは「怪異屋かいいや」と書かれた看板かんばんかかげている古びた建物の玄関で煙草たばこを吸っている男だった。

 年齢は30代位だろう、無精髭ふしょうひげを伸ばし金色に染めた髪も黒い髪が伸び始めてプリンみたいになっている。とっても汚いおじさんだった。


「おいおい、そんな怪しいものを見る目で見ないでくれよ」


「怪しい以外の何者でも無いだろあんた」


「まあそう言われればそうだろうね」


「初めまして、僕は鬼川きかわ リュウ、在り来りでは無い名だけど宜しくね」


 ──ところでと、僕を指差して彼は不敵ふてきに笑う。


「君と契約けいやくした怪異の狐ちゃんは何処にいるのかな?」


 何も言葉が出なかった。青天せいてん霹靂へきれきとはこの事を言うのだろう。

 誰にも知られるはずの無い僕の秘密を彼はすんなり暴いてしまった。

 まさかこいつ陰陽師じゃないのか?


「お前、陰陽師か?」


「いーや違う、ちょっと彼等とは同じであって違う所に身を置いているからね、だからそんなに警戒しないでくれ、君を敵に回すと九尾に殺されてしまうからね」


 なんだそりゃ。


「まあそう言われるのも無理は無いね、僕は彼等みたいに怪異を封じる事を生業なりわいとしているわけじゃない、それを知って他人に教えるのが僕の仕事さ」


 曖昧あいまいだな、と突っ込むと。

 痛いところをつくねといて言っていた。

 ──まあそんなことどうでもいい、それよりも、何か隠していることがあるだろ? と心の中を読まれた。


「まあ中に入りなよ、つもる話は無いようだけど」


 言われるがままに建物の中に入る。

 古びた建物、適当に椅子が置かれ、適当にテーブルが置かれ、適当にテレビが置かれ。

 それでも本棚だけはキッチリとしていた。


「さて、話を聞かせてもらおうか」


 僕は渋々さっきまでの話をする。


成程なるほどねー」


「何か分かるか?」


「それは付喪神つくもがみだね」


「付喪神? それって物とかに宿る霊じゃないのか?」


「ほう、いい線してるよ君、名前は?」


「小鳥山 周」


「へぇ、珍しい名前だね」


 まあ自分でもそうは思っている、中々にこんな名字の奴なんていないだろう。


「って、今それ所じゃなくて」


「わかっているよ、元気がいいね小鳥山君は」


 それから鬼川が話した内容は僕が知る怪談話かいだんばなしなどとはことなるものだった。


「付喪神、長い年月を経た道具などに神様かみさま霊魂れいこんが宿る、古くは伊勢物語いせものがたりからその存在は語られている、おっと伊勢物語では狐狸が変化したものだったっけな」


「ふーん、でもそれが何か関係あるのか?」


「小鳥山君はもっと考えた方がいいよ」


 なんだよと僕は捨て台詞を吐く。


「貝に関する怪異譚かいいだんほとんど無いんだよ、まあ無いって訳では無いんだけどね、でもその中に彼女のようなタイプの話はないんだよね」


「だからって付喪神って──」


「だからこそ付喪神なんだよ小鳥山君」


 僕の話を遮ってそう言ってきた。


「いいかい、怪異にもね定義ていぎってものがあるんだよ、この怪異にはこの定義、あの怪異にはあの定義、そうやって決まっているんだ。でもね付喪神ってのは定義が無いんだ、そりゃそうだよだって付喪神と言うのは大きく一括りにした言わば総称そうしょう、そんなものに一つ肩のはまった定義なんてある訳ないよ、そしてそれこそが彼等の定義、定義が無いという事が定義なんだよ」


 ──もう言いたいことは分かるよね、僕にそう語りかけてくる。

 これだけ丁寧な説明を受けたんだ分かりたくなくても分かるというものだ。


「当てはまらない、それはつまり定義というものが存在していない、だから付喪神なんだろ」


「ピンポーン、正解だよ小鳥山君、飴ちゃんいる?」


 小さなイチゴ味の飴をくれた。

 正解しても一つ大きな疑問が残る。


「あの怪力は間違いなく貝のせいなんだろ、でもなんで怪力なんだ?」


「凡そ「貝」と「怪力」をかけたんだろうね」


「え?」


「驚くのも無理は無いよ、なんせ神様なんて思ってたより適当なんだよ、それも付喪神とかいう悪戯いたずらしかし無いランクの下の神様なら尚更なおさらだよ」


「そ、そんなものなのか?」


「そんなものさ、小さい子供が考えるような悪戯をする、それが神様なんだよ」


 何ともまあ適当なものだ、目の前でそんな適当な神を目撃したらあっけらかんになってしまうだろ。いや今までの全人類の信仰しんこうとやらはどうなるんだと怒ってしまいそうだ。

 ──まあ例外も中には居るけどね。

 居てもらは無いと困る。


「別の付喪神って可能性も考えていたけど彼女の「貝よ」と言っていたんじゃまず貝で間違いないだろう」


「成程、貝か⋯⋯」


 僕は貝と聞いて何故か何処か彼女に似ている部分があると感じた。何処と無くはかなく、弱く、何よりも彼女はそう──


こもっている」


「ん? どうしたんだい閉じ篭っているって」


「いや、貝って殻の中に閉じ篭っているだろ、葉矢川は常に休み時間は一人でいて、クラブも入っていない、それに──」


「それに」


「心が閉鎖的へいさてきと言うか誰にも見せたくないように閉じて自分もそこに篭っている感じがするんだ」


「へぇ、小鳥山君はストーカーなんだね」


「い、いや違うぞ、僕はストーカーなんていう行為をする訳ないだろ」


 必死だねー、と冷たい目で僕を見て来た。

 必死も何も僕は断じてそんな事はしていない、決して好きな子が少し離れた席に居るからって黒板よりその子を見ているなんてそんな事はしていない。


「あ、因みに女子って男子より敏感びんかんだから視線を感じやすいらしいよ」


「な、なんだって!」


 それは初耳だ。何と、気づかれないと思っていたのに本当はバレていたんだ、今度から無知原になんて顔をすればいいんだ。


「まあ小鳥山君の評判が六つランクダウンした事はどおでもいいとして、成程閉じ篭っているねー、それはいいことを聞いた」


「? そんなにいい事なのか?」


勿論もちろんさ、全てにつなぐ事ができるからね」


 さてと、と言い彼は三本指を立てた。


「君にはして貰いたい事が三つある」


「なんだ?」


「一つ、三日以内に彼女を説得せっとくしてここに一度連れてきてくれ、僕はこれから三日間で準備をするからそれに間に合わせてくれ、まあこれが一番 厄介やっかいな事だろう、頼むよ小鳥山君」


「ああ、任せろ」


「二つ、山からできるだけ綺麗きれいな水を風呂一杯になる程度ていど持ってきてくれ、下流域でもいい、く綺麗な、き通るような水をんできてくれ」


「そっちの方がきつくないか?」


「何言っているんだい、今の君なら楽勝らくしょうだろ」


「馬鹿を言うな、一般人である僕が30ℓ程の水をそう易々やすやすとここまで持って来れるはずが無い、そもそもどれくらい此処ここから距離があると思っているんだ?」


「ふむ、これは想定外そうていがいだった。成程ねー伝えてなかったんだなー」


「? 何を言っているんだ?」


「よし、三つ目を話す前に、ちょっとこっちに来てくれ」


「いや、僕の質問に答えてくれよ」


「いいからいいから」


 言われるがままに僕は鬼川の元に近づく。


「これでいいのか?」


「うん、おっけー、そして『ざくり』」


 何かが僕から離れていく感覚がした。

 それは左のひじから、僕は目線を其方そちらに動かす。


「へぁ?」


 何とも情けない声を出したものだ、いや出さざる負えなかったとしか言い様がない。

 僕の左肘から下が鬼川の手刀しゅとうで斬られた。


「ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 叫びと共に痛覚が全身を襲う。


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」


 もだえ苦しむ痛みがおそう。噴水ふんすいの様に血が吹き出て辺りが血の海で染まる。

 壁が、床が、椅子が、机が、服が、僕が赤く染まる。

 その時、ぽんと肩を叩かれた。


「元気がいいね、うるさいくらいに」


「てめぇ! 何してくれてるんだ!!」


「ん? なんの事だい? 若しかして左手の事だったらもう一度見てご覧」


「何を言って──え?」


 確かに斬られていたはず、僕はそれを見て、感じた。

 それなのに何故──


「治っている⋯⋯?」


「いーや正確には治っているとは言わない、それに君はもとから左手が切断なんてされていないんだよ」


「は? どういう事だ? 僕は確かに──」


「確かに僕に斬られていた、そう言いたいんだね」


 ああ、と頷く。


「確かに僕は斬ったよ、君のその肘を」


「じゃあなんで⋯⋯」


「僕はさっき言ったはずだよ元々斬られたなんて事実は無かったんだよ」


「ど、どういう事だ?」


幻術げんじゅつ、化かし合い、狐の得意分野とくいぶんやだろ?」


 その言葉に僕は彼女を思い浮かべる。


「ちょっと狐のお嬢ちゃんを呼んでくれるかな?」


「呼ばんでも来とるわい」


 そう言い、何処からとも無く彼女は現れた。


「ほう、来ていたんだね」


「まあの」


「何時から?」


「こやつが学校とやらに行く時から」


「え? そんな時から来てたの?」


「当たり前じゃ、坊契りを忘れたのか?」


 そうだ思い出した、僕は彼女を縛り付けているんだ。


「初めまして、鬼川リュウって言うんだ、宜しくね」


「ふむ、鬼を川で流すとな、面白い名じゃの」


「そう言って貰えるとは嬉しいね、飴ちゃんいる?」


 貰おうと、レモン味の飴を口の中に放り込む。


「何これ! めっちゃ上手いんだけど!」


 ⋯⋯喋り方が現代人っぽくなっている。


「まあ話を戻そう、えーっと名前は?」


「狐で良い、ちゃん付けも許す」


 狐桜とは名乗らなかった。


「狐ちゃん、教えておかないと駄目だろ妖狐の特性くらい」


「要らんかと思っての」


「要るよーそれは絶対に」


「そうかのー、ならそちに説明を任す」


 そう言って飴の袋を貰って満面まんめんの笑みを浮かべ椅子に座る。


「さっきも言ったように斬られた事実は無かったんだ」


「それが幻術だっけ? 関係あるのか?」


「ああ、言い方が悪かったね、この幻術は君の斬られた側の視点から物事を見るんじゃなくて、斬った側の視点になる必要があるんだ」


 鬼川が言うには僕の手を斬ったと言う事実をその斬った側の視点に与える。


「でも実際問題、本当は僕は空気を斬ったんだよ、分かりにくいな、ならちょっと根本的には違うけど、僕は幻術にはまり、君の分身を斬った、それを僕は君を斬ったと勘違いをした、これで分かるかな?」


 何となくだが分かった。


「妖狐の特性さ、君は今分からないと思うけど全身に幻術を纏っているんだ、なんせ妖狐の一部を取り込んだんだからね」


「いや、僕はそんな事──」


 心当たりを思い出した。

 そう、狐照神社での血の契。


「血の一滴でも取り込んだんだよ、本物の妖狐にでもなれば死の事実ですら化かすんだよ」


「でも化かしたのなら痛みは⋯⋯」


「完全に取り込めているわけじゃないからね、君自身も幻術に嵌っていると考えた方がいい」


 何ともまあ厄介な不死性だ。

 ──これが偽物ではあるけど狐の不死力さ。と鬼川は言う。


「それに君は常人ならざるパワーも耐久力も持ち合わせているんだよ」


「って! うわぁ!」


 そう言い僕に硝子がらす破片はへんを投げつける。

 当たった衝撃で少し頭がくらむが傷一つついていない。

 試しに近くにあった本が百冊位ある本棚を片手で持ち上げようとする。


「軽⋯⋯」


 片手で、いや指三本でも余裕で持ち上がる。


「これなら二つ目も大丈夫だろ」


 さっきの鬼川の言葉の意味が分かった。


「そんで三つ目、これは狐ちゃんにもお願いしたいんだが、もう少し血を飲ませてあげてくれ」


「ん、った、代金は飴ちゃんかそれより甘くて美味なものを頼むぞ」


「はいはーい分かったよ」


「血を飲むってなんで?」


「それはおいおい順を追って話すよ」


 鬼川はそう言って僕の頭をクシャりと撫でた。

 あ、一つ質問してもいいかなと僕を見る


「君はなんでほとんど関わった事の無い人を助けようとするんだい?」


 口調は変わらない、素朴そぼく純粋じゅんすいを持ちといを僕に投げかけた。

 僕は何ら変わりのない答えを出す。


自己犠牲じこぎせいの果てに成功がある、僕はそれを信じているからさ」


「ふーん」


 彼はつまらなさそうに返事をした。


「まあならいいよ、それよりもうそろそろ帰った方がいいと思うよ」


 思っていたより長く留まっていたらしい、外を見ると暗くなっていた。


「帰らせてもらうよ」


「そんじゃーねーばいばーい」


 素っ気ない返事とヒラヒラと手を振って僕達を彼は見送ってくれた。



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