狐ハ語リシ夜ハ明ケヌ

道山神斗の休み場所

怪異語リ 壱話 出会ウハ狐クルクル

「人生は一方通行いっぽうつうこう

 小説家アガサ・クリスティの言葉の一節である。

 回り道や近道をしたとよく成功した人は言う、だがそれはただ単に自分がその道を長いと感じたり、短いと感じたりしているだけだ。

 僕はこれに一言を付け足したのを教訓としている。

「人生は迷路の様な一方通行」

 これは僕が体験したある狐と一方通行に出会った人々との一方通行な物語だ。


 僕という人間は詰まるところ異質な人間という分類にされる人物だ。

 友達がいて、部活をして、ちょっと羽目はめを外す、それが今日こんにちに置ける普通の高校生と呼ばれるもの。しかし僕にはそれが無い、いや友達ともだちと呼べる人物は数人いるかもしれないがそれは僕の思い過ごしなのかもしれない。真反対まはんたいである僕は異質と言っても過言では無い、だがそれを寂しいとは微塵みじんも思わない。たった三年で一度、数奇すうきえんか何かで一緒になったところで特別なことが起こる訳でもない、そして何もしなくて終わっても両者「そういうことだったんだな」と言う一言で済んでしまう。

 縁とはそんなものだ。


「何か考え事?」


 僕に話しかけてきた彼女は夢知原(むちはら)ことは。成績優秀せいせきゆうしゅう、スポーツ万能、トークスキルもあって皆からも信頼しんらいかれている生徒せいとだ。そして今どき絶滅危惧種ぜつめつきぐしゅにまで指定していされそうな性格せいかくの持ち主、曲がったことがとにかく嫌いで、なんでも引き受けてしまうそんな性格だ。だからといって彼女に頼み事をする人や無理難題むりなんだいを押し付ける人はいない、どちらかと言えば今は僕の方が無理難題を押し付けられている。

 学園祭の決め事、それを僕も手伝えと言われた。いや別にそれはいいのだが僕はそういう事は全部人に任せていた人間、無知原に意見を迫られても何も言えないし出来ない。


「いや、人の縁について考えていたのさ」


「縁か、確かに不思議ふしぎよね繋がらないと思っていたのに繋がったり、繋がると思ったら繋がらなかったり、面白いよね」


「ああ、確かにそうだな」


「でも意外だね、古鳥山(ことりやま)君がそんな人間味を帯びたものに興味があるって」


 言われてみればそうだ、僕は何故なぜこんなことに興味を持ったんだろ。


「いや、僕にもわからないな」


潜在意識せんざいいしきってやつかな?」


「潜在意識?」


「そう、自分の考えや行動に影響を与えるって言われているものよ、心の奥深い層、つまり脳のまだわからない部分に根付いているって言われてるわ」


 そんなものがあるんだな、そんな関心を僕はしていた。


「夢知原はなんでも知ってるな」


「いいえ、知っていることだけだよ、それに古鳥山君の方が知ってることも多いと思うよ」


 冗談じょうだんは名前までにしてくれと思った。


「あ、もうこんな時間、そろそろ学校から出よっか」


「ああ、僕もそう言いたかったところだよ」


「君の場合ずっとそれ思ってたでしょ」


 何故バレたとしかめっ面をする、彼女は笑ってそれを見ている。

 どちらとも自転車通学なので自転車庫に向かう。たわいない話を交わしながら僕達は向かう。今回のテーマは幽霊や物の怪と呼ばれる魑魅魍魎ちみもうりょうの類がいるかどうか、まさにたわいもないです話だった。

 すると彼女は何かを思い出したらしい、先程までとは違う疑問に満ちた表情をしていた。


「そういえば最近この街で奇妙きみょうなものに出会ったってみんなが言ってる」


「奇妙なもの?」


「耳が狐で体は人間、顔も人間、でも狐の尻尾がついている、そんな妖怪? に出会ってるらしいよ」


「妖怪? この街にか?」


 と言うかその姿は中々僕の想像を膨らませてくれるものがある、がしかしし落ち着いて考えろ、男というパターンも無きにしもあらず、さてここで聞くべき質問は。


「あ、ちなみに女性らしいよ」


「まじか!!」


「小鳥山君、顔に書いてあるよ」


「なんて?!」


「僕は変態ですーって」


「僕は紳士だ!」


 ほんとに書いてありそうで怖い。


「話の路線を戻そう、妖怪ってほんとか?」


「そう、あった人曰く「夜、狐照(こしょう)神社にそいつは出てきてこっちを見てお前じゃないって言ってくる」と言われるそうよ」


「ふむ、面白いな」


 僕が興味を示すと彼女はからかうように。


「あまり変な事はしないようにね、学園祭の決め事1人じゃ厳しいから」


「僕の心配は二の次ですか」


「当たり前じゃない」


「天秤にかけられて負けた!」


「天高く吹き飛んでいったよ」


「僕の価値はそんなものか!」


 ふふふと笑うと自転車に乗り帰ってしまった。

 もう少し情報を聞き出したかったのだが失敗した、そしてその分 好奇心こうきしんが高まっていた。決してよこしまな好奇心では無いとだけ言っておこう

 これは行くしかないそう僕は思い神社に向かった。


 自転車を漕ぐこと10と5分、狐照神社に着いた。


「ここだよな」


 石を彫り名が書いてあって確定した。

 然し、夕方の神社とはこうもおくゆかしい幻想げんそうと何か1歩引きたくなる不気味さを兼ね備えておりそれが4:6位の割合である為本当に神秘的しんぴてき雰囲気ふんいきを創り出している。


「さてと、着いては見たものの居なさそうだな」


 中に入って境内けいだいとか少し回ってみたのだが、僕の目的である狐の妖怪は姿を見せない、いや見せないというよりでまかせであった可能性の方が元から9割近くあった。残りの1割程に全てをかけてみたがくたびれ損に会ったという訳だ。


「まあそんなものだよな」


 そう道を引き返そうとする、だがどうも敷地から出るのに嫌気がさす。出ようとすると何故か出たくないと言う矛盾が頭の中で脳内パラドックスを起こす。


「何が起きているんだ?」


 さっぱり分からない、焦っていないと言うと嘘にはなる、然しそれ以上に恐怖心が心を襲う。

 恐ろしい何かが自分を襲ってくるのではないか、そんなオカルトチックな愚想ぐそうにふけてしまう。


ぼうや、お前さんは正解かな?」


 後ろから声がする。恐る恐る振り返る、そこには信じられない光景が広がっていた。


「なんだ⋯⋯これ?」


 一言で言うなれば満開まんかいの桜が舞っていた、季節は春ではない、とっくの昔に桜は散っている、それにこの神社にそんな規模きぼの桜は咲いているわけない。

 その下に無知原から聞いた狐耳でそれ以外は人間、そして尻尾がここのつつ生えていた。

 彼女は美しかった。

 この世のものとは思えないくらい、りんと鋭い輝きを持ち、その中にやんわりとした妖憐ようれんさを兼ね備えている絶世ぜっせい美女びじょだった。


「⋯⋯」


 普通の人であれば僕を認知している時点で僕はこの人の胴体のちょっと上の山二つ、谷がある所に突っ込んでいくだろう。だけれど僕はそれが出来ない、いやすることを拒否しているんだ。何故なら彼女はこの世のものとは思えない血の凍るような冷たさを兼ね備えていたからだ。


「そないに警戒せんでもええよ」


 くすりと笑いながらそう彼女は言った。


「いや警戒するよいきなりそんな手厚い歓迎を受けたらね」


「ふーんその割には坊やうちにお構い無しで話してるみたいやけど」


「今この場で現実と非現実の区別を捨てることにしたのさ、そうすればこの現象も現実だと思えて受け答えくらいできる」


「へえ、よう分からんけどまあええわ」


 無愛想な態度で喋ってくる、いやそちらの方が僕としてはやりやすい変に興味を持ってもらうより楽だ。

 それよりも、根本的こんぽんてきな話をしたい。


「一つ質問はいいか? 何故僕は家に帰れない?」


「ふーむ家出したからではないか?」


「僕はそんな不良少年ではない」


「いや、どちらかと言うと人生という物に行き詰まって家族から見放され自分の居場所は自分の部屋、そこから立ち退くように言われ逆ギレを起こし自ら出ていった不良品少年だと思ったのよ」


「僕はそんな不良品でも無い!」


 ふふ、冗談じゃよと着物の袖で口を隠しながら笑った。

 さて本題なんやけどと入りその場を一回転してこちらを向く。


「坊や、陰陽師おんみょうじは知っとるか?」


「え? まあ一応」


 魑魅魍魎ちみもうりょうの類をやっつける集団程度の認識を僕は持っている。


わしの正体は見たらわかると思うけど妖狐、神が居た時代からうちはいた」


「は、はぁ.....」


 全くを持って話が壮大すぎて分からない。


「まあ言ってしまったら天照大御神あまてらすおおみかみとかがいた時代からうちは生きとった」


「お前は神なのか.....?」


「そうじゃよ」


「そうなのか?!」


「嘘じゃよ」


「どっちなんだよ!」


「どっちでもありどっちでも無いって所じゃ、然し坊よ耳元でうるさいわい」


「す、すまん.....」


 解るが分からないそんな話を彼女は続ける。


「神をも恐れる狐としてその昔は暴れ回っとった、遂には9本の尾をもって今から千代ちよほど前の頃は京の地で暴れ回っとったんよ」


 とりあえずやばいやつとだけ分かった。


「だけどな、うちは5つの家系の5人の陰陽師にこの地で封印されたんや」


滋岳しげおか家、弓削ゆげ家、三善みよし家、賀茂かも家、安倍あべ家、この五家に封印された」


「つまりは」


「それに坊も引っかかったという訳じゃ」


 冗談じゃない、僕はそう叫びたかった。

 然し、この馬鹿げた状況を何とかするにはたった一つ方法がある。


「その封印を解けばいいのか?」


「まあそんな所じゃ」


「軽々しく言うなー」


「まあ軽々しく行くものじゃろこの程度」


 結界の解き方以前にまずそれがなんなのかということも頭に入っていないそんな状態、例を挙げるなら小学五年生にいきなり3次関数の専門に近い超難問を基礎も何も教えずに解かせるようなものだ。詰まるところ不可能という言葉を使うのが正しいのだろう。


「然し陰陽師ねぇ」


 聞き覚えの無い家ばかりではあったが一つだけ知っているものがあった。


「安倍って、安倍晴明か?」


「ほお、坊や安倍晴明を知っとったのか」


「いや、まあ有名だしね」


 彼女は何かを思い出すかのように遠くを見つめ。


「あやつは天才だった、他四人と同等の奴があやつの席にいたらわしは殺されてはいなかっただろうに」


 つまり彼女をこの地に封印した殆どの要因は安倍晴明にあるという訳だ。


「安倍家は生まれ持っての陰陽師、天才でありその家系の血を受け継いでいる、それだけで他四人と実力が違いすぎる、だがそれに匹敵する奴もいた────」


 言葉が途中で途切れた、後ろから視線を感じる。


「?!」


「ほう、何故にここまで来たのだ童(わっぱ)共」


 平安貴族のような衣装をした男達が10人程目の前に現れた。

 その中で1人歳を取った男が彼女を睨みつける。


「何か不穏な空気を感じたと思ったら」


「よもや復活をしようと考えておったのか女狐が」


 その眼光がんこうは恐ろしく鋭く、まさに目で殺すとはこの事を言うのだろ全く身体からだが動かない。

 だが彼女は臆することなく、まるで眼中に無いかのように高圧的こうあつてきな立ち振る舞いをしていた。


「だとしたらどうだと言うのだ童(わっぱ)、貴様の出る幕では無いのではないか弓削の下請けが」


 圧倒的な高圧的態度、恐るよほんとに。


「なんだと?」


 明らかに不機嫌な顔になっていた、それを見て彼女は遇うように。


「あの語る事しか脳のない実力 皆無かいむの詭弁者の下っ端とは笑いものだな、そうだな弓削と一緒にその辺で盆踊りでもしておけ」


 その言葉が彼の尺に触った、10人がかりで彼女に襲いかかってきた。


「弓削様を馬鹿にするその口、二度とそのような嘲笑を垂れさせないように、この世に肉片1つ残さず殺してくれるわ!」


 何が何だか分からない、その時彼女は僕に触れた。


「少しの間借りるぞ、その肉体」


 そう僕の体の中に入ってきた。

 意識が変わる訳でもない、身体に変化が訪れている訳でもない、ただ僕の意思で身体が動かなくなっている。いや元から動かなかったがこちらはまるで金縛かなしばりをされたように動かなかった。(実際に金縛りにはあったことは無いがまあフィーリングとでも言っておこう)


「ふむ、使いやすそうだな」


(え? は? は?!)


「そうあわてるでない坊、少し借りるだけだ」


 そう言いどこからともなく刀を取り出した。


「妖刀 心透(こころすかし)、久しいのうこれを使うのも」


 懐かしくそれを振り回している、そうしていると後ろから敵が何か唱えながら向かってきている。


「一般人ではもう無いな、あいつが入っている時点でもうだ、殺せ」


(え? ちょっと待てよ! おい!)


 状況を理解せずとも僕が殺されかけていることくらい理解するのは容易いこと。僕は今、「死」の直前にいる。


「餓鬼が、いきがるでない」


 そう刀で真っ二つにした、然し血が出てくる所か紙が出てきてその紙も火で焼かれたかのように灰となり消えていった。


「やはり式神しきがみでおったか」


「驚いたな、先手必勝で決めたくてかなり腕の立つ式神で挑んだのに」


「餓鬼の式神が何体おっても変わらんよ、お前が挑んでいるのは神も崇める妖狐じゃぞ?」


 いやそこは崇めるじゃなくて恐るだろ⋯⋯。


「そろそろ引退しろや女狐が」


「たかが数十年しか生きてぬ餓鬼如きがわしに引導を渡すなど1万年早いわ」


 そう言って他の8体の式神も斬って刀を男の首元に当てる。

 僕は何が起きているのか分からない、だからこれも現実だと納得させるようにした。


「わしを倒したくば、安倍晴明あべのせいめいでも連れてこい童(わっぱ)が」


 そう言うと彼は舌打ちをして逃げていった。

 彼女はそれを追いかけようとはしなかった。


「ふう、終わった終わった」


 そう言うと僕の体から抜けていった。


「強いな」


「当たり前じゃ、伊達に神に喧嘩は売っとらん」


 そうだこいつ神に喧嘩を売るようなやつだった。


「それよりも、坊の方が大変なことになったぞ」


「え? なんでだ?」


「ほれ、わしは陰陽師から顔が割れている存在、そして忌み嫌われる存在じゃ、それに坊は加担したのじゃもう分かるじゃろ?」


「人を子供扱い────おい、まてまさか……」


 顔を真っ青にして僕が言うとそれを見て笑って。


「まあそういう所じゃ、夜道は気をつけいよ」


 カッカッカと彼女は機嫌よく笑っているが僕はそれどころじゃない、僕は人ではあるが人で非ざる者になってしまったのかもしれない。

 そう思うと腰を抜かしてその場にへたりこんでしまった。


「なんで僕がこんな目にあうんだ……」


 横で巻き込んだ張本人はお酒を飲んでこの状況を楽しんでいた。


「まあわしに絡んでしまったからじゃろう」


「絡んだと言うか無理やりだと思うんだが……」


「気にするな夜道がちとばかり怖くなるだけだ」


「僕の安全な夜はどこに行ったー!!」


 ん、まてよそう言えば彼女はここの封印を解いて欲しいと言っていたはずだ。

 もしかすればボディーガードになってくれるかもしれない。


「お前ここの封印を解けば自由になれるのか?」


「まあな」


「なら封印を解けば僕も出られるって訳か?」


左様さよう


 いいのか? こんな本気で世界中の神様を敵に回しても嘲笑いながら血の雨降らせそうな奴。

 だが然しこれ以外に方法はないだろう。


「どうやって解くんだ?」


 そう言うと目を輝かせた。


「坊、解いてくれるのか!!」


「まあいいけど、その代わり契約みたいなのしてもいいか?」


「契約?」


 彼女は首を傾げる。

 計画通りことを進めるにはここが重要だ。


「契約その一、僕と共に行動をしろ」


「はて、その心は?」


「僕1人では陰陽師に対抗できない、その時のための護衛ごえいみたいなものさ、別に封印を解いた恩人に恩を返す、そんな感じでいい」


 陰陽師に会った時に僕一人であれば死ぬだろう、ならば彼女の手を借りれば大丈夫だ、1番は自分の身の安全だ。

 さて呑んでくれるだろうか。


「ふむ、請け負った」


 案外軽いノリで大丈夫だったみたいだ。


「二つ、僕が力を発動していい許可を出した時以外に力を使わない」


「ふむ、その心は?」


 そう言うと少し睨んで僕を見つめる。


「推測だがお前はその状態では力を出すことは出来ない、そうなれば僕の体を触媒しょくばいとするだろ、でも僕にも一応 社会的地位しゃかいてきちいというものがある、人でも殺して死刑なんてされたらたまったもんじゃない、それに僕を失えばお前も陰陽師にやられてしまうだろう、どっちにも良いように進むと思うんだが」


「嘘じゃろ?! 坊に社会的地位なんてあったのか?!」


「僕をなんだと思ってるんだ」


「不良品少年」


「だからちがーう!」


「ふむ.........」


「まあ別に時と場合によっては許可する、それも今日みたいに陰陽師に襲撃されれば」


「ふむ、請け負った、然し坊お前の推測、七割正解じゃ」


「なに?」


「わしはこの状態でも三割くらいは力を出せる、だが残りの七割を出すには坊の力が必要なんじゃ」


 三割と言ってもその辺の山空き地にする位の力はあるんだろ。

 まあこの二つを守ってくれればそれでほとんどど良い。


「三つ、僕の命令には従ってくれ」


「ふむ、その心は?」


「聞くな」


「.....請け負った」


 なにも聞かず言うことを聞いてくれた。

 それは僕を見てそう思ってくれたのか、それとも心でも読まれたのか。


「それでどうすればいいんだ?」


「ふむ、そうじゃな契約の事もあるし今回はこっちの方をしようか」


「こっち?」


「なに簡単な事じゃ、わしのこの刀に坊の血を1滴流し、この二杯の酒にも血を1滴入れて飲む、それだけじゃ」


「面倒くさそうだな」


「この仕来しきたりの方が結びは強いのじゃ、古来からこういうちぎりは結びの強いものでやるものじゃよ」


 僕はへぇと納得する。


「ちなみに儂もこれは初体験なんじゃよ」


「言い方が妙だぞ.....」


「おや、別に深い意味は無かったのじゃがな」


「僕が変態とでも言いたいのか?」


「それしか無いじゃろ」


「僕と言う概念が壊れたよ.....」


「カカッ! まあ大丈夫じゃ、それよりはよせい」


「あ、ああ.....」


 僕は自分の指の先を彼女の小刀で刺して血を流す。


「いつっ!」


「我慢せい」


 指先から出た血を眺める。


「気持ち悪いな」


 冷たくも生温い自分という存在を表しているようだった。

 僕はそれを刀に1滴流す。

 そして酒の入った杯に1滴ずつ入れる。


「これでいいのか?」


「ああ、そして後はわしの血を入れるだけじゃ」


 そう言って自分の血を流し込む。

 二つの杯のうち一つを持つ、もう一つを彼女が持ち、互いに互いの杯を相手に向ける。


「坊や、これで契約も出来る」


「いいのか? 本当に僕で」


運命うんめいが、わしがそう決めたんじゃ文句ないじゃろ?」


「神様以上のやつに言われたら文句も何も言えないな」


 2人で笑った、面白おかしくて純粋に笑ってしまった、何年ぶりだろうこんなに思いっきり笑ったのは。


「僕は小鳥山(ことりやま) 周(しゅう)」


「名など別にどうでもいいが……ふむ、狐桜(こざくら)とでも名乗っておこうか」


 そう言って名を交わし、杯を交わした僕達は契約を結んだ。


「ふむ、結界を斬るか」


 そう言うと何も見えないはずだった鳥居の場所から赤い結界が見えた。


「これは人の血を通わせた刀でなくては切れぬ代物、漸(ようやく)く切れる」


 そう言うとバターでも切るように結界を斬った。

 たちまちちその結界は崩れ塵のように消えていった。


「やっと帰れる……」


 この安堵あんどから僕は力が抜けたような気がした。

 自転車を止める所に僕は向かう、自転車を見るとやっと帰れるという気持ちと疲れが重しのように背中に乗っかかってきた。


「ふふ、疲れてるようじゃな」


「まあな、速攻で帰るぅ?!」


 自転車に乗ると後ろの荷台の所に孤桜も座った。


「なんでお前は乗ってるんだ」


「契約その一、共に行動しろそれに従ってるまでじゃ」


 自分で何故か墓穴ぼけつを掘ったような感覚に襲われた。

 一つ溜息ためいきをつく


「しっかり捕まってろよ」


「ふむ、しっかりか.....それはすなわち本気でつかめということか?」


「それだけは勘弁.....」


「まあこれからもよろしく頼むぞ坊」


 後ろを見る、変な出会いをした。

 たった一夜、それも数十分程の時間だろ。

 それでも僕らは結ばれた、契りを交わし互いの持っているものを求めた。


「はいはい、こちらこそ」


 僕はそう自転車のペダルを踏んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る