第15話
「で、先輩は助かったというわけですか。不思議なこともありますね」
「君にとっては、それが本職だろ? そんなに等閑(なおざり)な感じにまとめないでくれ」
あれから三日が経った今日、僕は神社にお墓参りに来ていた。
生き残りはしたけれど、思い出のスーツは何故かズタズタになっていたため、僕は違うスーツを身にまとっている。前のものは、しっかりと家の中に置いてある。
通常、お墓と言えば神道というより仏教というイメージが先行しがちであるが、その実、神社にもお墓というものはあるし、なんならお盆という期間もしっかりとある。
しかし、肝心のお墓は神社から離れた山の中にあるらしく、僕は会社の後輩かつ神主である上代成樹に先導を任せ、山を登っている。ちなみに、何故神社とお墓が離れているのかというと、彼曰く「神社は神聖な場所ですからね。普通は、死という不浄なものを嫌うんです。それこそ、血は死を連想させるようなものですから不浄なもですし」とのことだった。
「まあ、助かったとはいえ不思議と言えば不思議なんだけどな。何せ、当初落下するはずだった線路の上から大きく外れて、その向こう側の線路の上に落下したんだから」
「さながら、怪異の仕業みたいですね」
「怪異はどちらかというと、神主じゃなくて陰陽師の領分じゃなかったっけ?」
「あれ、先輩結構知ってますね。正直、びっくりしました」
「あー。うん。君から聞いたんだよ、確か」
「ですよね。公園のベンチに座って話しましたもんね」
そうそう、狭いベンチに二人で座って……って、おい。
「いや、あれは僕が見た走馬燈みたいなものだろ!? どうして当然のように知っている!?」
「どうしてって言われても、言ったじゃないですか。霊を祓いに来たって。まあ、悪さをするような類いのモノではないし、むしろ、結果として人を救っちゃうようなモノだったので、見逃したんですけどね」
誰のことを彼が言っているのか、それは今更言及する必要もないほど明白であろう。
そうこうしているうちに、目的地に着いたようであった。
その後僕は、お墓参りをつつがなく。そう、洗練されたかのように、さながら、職人のように丁寧にお墓参りをしたわけだけれど、そのことを詳しくここに記述するのは止めておこう。それはあまりにもプライベートな内容だし、そもそも、僕が一時間くらい彼女に思い出話という名の独り言を垂れ流すというものなのだ。きっと飽きてしまうこと請け合いである。上代君もしびれを切らしていたっぽいし。
ともあれ。
こうして、かねてからの目標であったお墓参りを終えた僕であったが、そんな僕を彼はこんな言葉と供に迎えてくれた。
「不慣れな手つきで、かなり時間をかけて準備したと思ったら、一時間以上独り言を垂れ流すとかどういう神経しているんですか? 僕の存在忘れてませんか?」
少し――いや、かなり頭にきているようだった。
彼はそうは言っても実はそれ自体どうでもよかったのだろう、僕の返答を待たずさらなる質問をした。
「先輩はこれからどうするんですか?」
それは非常に難しい質問であった。曖昧で概念的な思いはあるのだが、具体的なモノはないのだ。その場では一旦保留として、下山する間に考えてみたけれど、結局は概念的なモノしか出てこなかった。
だから、別れ際に僕はこう言ったのだ。
「とりあえず、生きるよ。彼女の思い出を糧にして、なんとかね」
日は暮れ、光の届かない夜の世界に僕は入り込んでしまったけれど、ならば、夜の帳とともに人生の終幕も降りてくるまで、彼女と過ごした暖かい思い出に心を寄せようではないか。優しい光を僕はまだ追っていくつもりである。
対して、僕の後輩はこう返した。
「先輩には是非とも、夜を越えて朝日を拝んで欲しいんですけど、まあ、こればっかりは先輩が決めることですからね。僕は何も言えません。先輩の言うとおり夜は過ぎないかもしれないし、逆に、思い出に浸っているうちに朝を迎えるかもしれませんし」
それはきっと明子が喜ぶ意見だろう。
思わず右を向いて彼女に聞こうとしたけれど、傍から見れば奇行にしか映らないだろうし、そもそも彼女がそこにいるのか分からない。左かもしれないし、前かもしれない。後ろ、上、下、背中。もしかしたらお腹の位置にいるのかもしれない。
想像したら、あまりにも絵面が面白すぎたため変な表情を浮かべてしまった。
まあいい。
僕はこれからも生きるだけである。夜で最期を迎えても、夜を越え朝を迎えたとしても、心の中に彼女との思い出があることは変わらないのだから。それさえあれば、僕は生きていける。
進んでいける。
もっとも、しばらくは彼女の光を追いかけて進むのだろうが。
茜色の君 現夢いつき @utsushiyume
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