第2話 不安

古ぼけた木の寝台の上には煎餅に近しい素っ気ない布団が乗せてある。寒々しさを漂わせるそれにしがみ付き嗚咽を吐いた。後ろから大きな腕が震える背中を抱いた。

少年には誰かは見なくても分かった。筋肉隆々のゴツゴツとした肩や腕は暖かい。


「月詠、お帰り……。」


「ただいま。」


養父の手には大きな麻の袋が提げられており、身動ぎをする度に金属の擦れる音がする。


相賽そうさい様は、もう帰られたの?」


「……ああ、慧彗を引き取ると直ぐに帰ってしまわれたよ。薄情な官吏様だよ。」


絞り出されたのは苦汁に満ちた声音。彼らの間にどんなやり取りが行われたのか安易に予想出来てしまった。



下民は民の中で最も下位の身分だ。それに比べ、相賽は王宮の官吏を束ね、王の補佐をする官吏の中で最も上位の身分である。つまりふたりとは対極にある人間だった。

別にふたりはこの生活に不満が有るわけではなかった。


捨て子の少年にとっては着るものや食事・住む場所を与えてくれたこの男がいなければ、生きていたかも定かでないし、また生来贅沢や豪遊を好まないこの男は貧しい生活が苦ではなかった。そうはいっても大切なものを奪ってゆく相賽等、権力者は好きではない。

前にも仲の良い妖魔がいたがそれも相賽の下へと売られた。それは売買するために育てていた為仕方がないとしよう。だが慧彗は金持ちに売るために育てていたのではない。


人里から離れて暮らしている為友達も作る機会が無いに等しい少年へ、一匹手懐けるのも大変なのにわざわざ使役してくれた妖魔なのだ。なので気に入ったからと、権力に任せて友を奪ったことがどうしても心の中で消化できずにいる。

養父の大きな腕の中で、彼ははじめて身分というものに不満を感じた。



最近気になっている事が少年には有る。養父、月詠の様子がおかしいのだ。具体的にどういう風におかしいとは上手く説明出来ないのだが、彼は何処か疲れているように思える。何よりも人世を捨てた世捨て人の月詠がねぐらを離れることが多くなった。


朝早くに出掛けては夜遅くに帰ってくるという不規則な違和感のある生活は一ヶ月ほど続いている。何処へ行っているのか聞いてもはぐらかしたりして教えてくれない。


「濫、俺は出掛けてくるけど大人しくしているのだぞ。」


今日も彼は何時もの優しい笑みを浮かべて早朝の朝日が昇る頃には使役する妖魔の一匹、蘇芳すおうに跨り颯爽と空へと飛び立っていった。濫陽は無理やりにでも笑って送りだしてやる。話してくれないのなら話してくれるまで待つしかない。


本当は如何してこんなにも早く出掛けるのか、何処へ行っているのか、問いただしたい。でも、自分は貰われっ子だから……といういじらしい思いが邪魔をして聞けない。

だから何時も「いってらっしゃい」と無理してでも笑って見送らないといけないなんて使命感が優先される。


そんな健気な少年の思いや感情を無視して急速に迫る闇は彼らの知らない場所奥深くで蠢いていた。

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鳳凰の丘に昇る @moeko1995

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