今日の食材は魔物です~悪魔の料理人のレシピ~

笹喰らい

ホグフィッシュ




 時間の表側、"地球"の世界のみなさん、はじめまして。そして、親愛なる時間の裏側、"ムイタ"の世界のみなさん、こんにちは。

 私はこの世界、"ムイタ"の料理人、悪魔のレヴィアルと申します。どうぞよろしく。


 さてさて。今回は、"表側"のみなさんが"裏側"の料理を見たい、ということで。とても光栄ですねぇ。

 住む世界の違うみなさんにご興味を持っていただけるなど、料理人冥利に尽きるわけであります。画面の前の"ムイタ"のみなさんも、大層お喜びでしょう。

 今回は腕によりをかけて、この世界一の料理人の私が!自慢の料理をお届けいたしましょう。どうぞ、よだれを垂らしながらお待ちください。


 それではまず、今日のアシスタント、ホブゴブリンのルードをご紹介いたします。非常に優秀なアシスタントでありまして、私も大変助かって──え、見えない?ああ、背が低くてテーブルの影に隠れてしまったようですねぇ。

 まぁ、彼は無口で一言もしゃべりませんから、見えなくても支障はありません。早速料理に入りましょう。


 今日ご紹介するメニューは、「ホグフィッシュのお刺身」です。

 親愛なる"ムイタ"のみなさん、テキストは125ページでございます。


 ……"表側"のみなさん、もしかしますと、「ホグフィッシュ」を見たことがない?名前さえ聞いたことがない?

 ああ、なんということでしょう。世界が違うというのは、大変不便なものでございますねぇ。


 ホグフィッシュとは、こちらの海に生息する、豚に似た顔と魚の胴体を持つ生き物でございます。エラの代わりに、このように豚の前脚が生えています。

 ……そういえば、エラもなしにどうやって呼吸しているんでしょうねぇ?私はただの料理人ですので、学者のみなさんに解明していただきたい。

 使い魔の情報によりますと、そちらの「アフリカ」という地域では知られているようですね。


 ……豚と魚はお分かりですね?ああ、よかった。

  "ムイタ"にとっては非常に馴染み深い生き物で、ちょっとしたごちそうとして人気の魚です。

 味は豚、食感は魚と、とても美味な魚でしてねぇ。食べれば、"表側"のみなさんも虜になること間違いなしです。


 さて、こちらがホグフィッシュでございます。今朝、水中人マーマンが捕獲したばかりでまだ生きている、新鮮な一匹です。今が旬ですから、まるまると太ってとても重いですねぇ。250kg、というところでしょうか?


 まずは、このブヒブヒとうるさい鳴き声を止めるために、頭を切り落とします。

 頭を取ってもしばらくブヒブヒ言っておりますが、切られたことを理解すればそのうち鳴きやみます。ほら、静かになった。

 間抜けなやつはいつまでも鳴いていますから、今回はラッキーですね。

 耳や鼻、脚は珍味ですから、捨てずに取っておくことをお勧めします。


 次に、体を五枚におろします。

 さて、ここでポイントです。”ムイタ”のみなさんはご存じでしょうが、ホグフィッシュの皮はひどく硬い。使うナイフはミスリル以上がよいでしょう。銀のナイフでは、やわらかくて折れてしまいます。

 

 今日は時間があまりございませんので、一番美味しい部位、ヒレ肉だけ切り落とします。名前の通り、背びれ側にある部位でして、上質で柔らかな身が──なんと、”表側”の豚にも、「ヒレ肉」があるのですか?そちらの世界の豚は泳がないでしょうに……また今度、詳しく聞かせていただきたいものです。


 そして、こちらが本日使うヒレ肉でございます。

 あとはこれを平作りにすれば、完成!と思ったそこのあなた。私がそんな愚を犯すとお思いですか?私は悪魔の料理人レヴィアルですよ?


 ホグフィッシュの身は、いかんせん臭みが強い。魚特有の生臭さと、豚特有の家畜の臭いが混ざり合って、そのままなら大変ひどい臭いです。”ムイタ”のみなさんはもう慣れていらっしゃるでしょうが、”表側”のみなさんには耐えがたいでしょう。


 今回は、魔王城の料理人も知らない、秘伝の臭みの取り方をお教えします。


 使うのは、ドリュアスが守るカシの木から採った葉っぱです。ああ、ドリュアスはご存知のようですね?そう、美しい森のニンフです。


 ドリュアスが守るカシの木は、非常に神聖な木でしてね。穢れたものが大の苦手なのです。

 この葉に包んで数分おけば、あっという間にひどい臭みを消し、太陽の香りまでつけてくれるというおまけつきです。素晴らしいでしょう?


 ただ、ドリュアスから葉をもらうときは、慎重にやらねばなりません。 

 まず、ドリュアス自身をほめるのです。木の枝のように細長くしなやかな手足、太陽の光のようにきらめくドレス、旬の果実のようにハリのある白い肌。

 少し話を聞いてくれるようになったら、次はカシの木をほめる。森を支える太く堂々とした幹。天に向かって腕を広げるその神々しさ。 

 舌がくっつき、のどが干からびそうになるまでほめ続けてください。やわらかくほほえんで、満足そうに木を揺らし、葉を2、3枚渡してくれたらーーおめでとう、あなたの勝利です!

 もし言葉に詰まって、彼女たちを怒らせてしまったときは……いえ、これは語らないでおきましょう。

 

 ルード、あれを持ってきてください。ああ、そこに置いて。どうもありがとう。

 

 こちらが、ドリュアスの葉に包んで数分置いたものになります。うん、ほのかに太陽の香りがしますねぇ。今日もいい仕事をしてくれた葉っぱに称賛と感謝を。


 さて、このままでも肉の甘みが口いっぱいに広がって美味しいのですが、今回は、このお刺身にぴったりなソースをご紹介いたします。このひと手間で、また違った味が楽しめますよ?

 ほかの料理にも使える万能調味料ですので、ぜひお試しを。


 用意するのはこちら。マンドラゴラの葉を3枚と、巨大蜂ジャイアントビー黒はちみつブラックハニーを適量です。


 初めに、マンドラゴラの葉をゆででください。マンドラゴラは、処理の仕方によって味や状態が全く変わってしまうのですが、どの処理をするにしろ、まずはゆでる必要があります。

 理由は簡単です。ゆでずに処理を始めた場合、葉が金切り声を上げるから。


 マンドラゴラが収穫されるときにすさまじい悲鳴を上げることは有名でしょうが、実は葉っぱもうるさいのです。そのまますりつぶそうものなら、断末魔のような叫び声を出します。ゆでるときにも叫びはしますが、水の中なのでそれが軽減されます。

 

 ゆであがった葉は、すりつぶします。少し力を入れて、ゴリゴリとつぶしてください。そのまま粘り気が出てくるまで手を休めないように。

 つぶしたマンドラゴラの味ですか?ふーむ、”表側”のみなさんには何といえば伝わるか……私の使い魔が、「バジルとピーマンを混ぜたような味」と申しております。伝わりましたでしょうか?それはよかった。


 ほどよく粘りが出てきたら、黒はちみつブラックハニーを加えます。

 黒はちみつブラックハニーは、通常のはちみつゴールドハニーよりも精製度が低く、巨大蜂ジャイアントビーの毒が少量残っています。ああ、ご安心ください。この量の毒なら私たちには何の問題もありません。…”表側”のみなさんにはどうか、よくわかりませんが。

 とにかく、この毒が甘さに多少の塩味を加え、絶妙な甘じょっぱさを可能にしているのです。


 さてさて、さて。十分に混ざりましたので、これでこのソースは完成です。あとはこちらをお皿に移してお刺身に添えて……今日のお料理のできあがりです。


 それでは早速、試食いたしましょう。まずはソースをつけずに……うん、海と太陽の香りが共存する、非常に幻想的な味わいです!脂の甘みがとてもやさしい。舌の上でとろけるますねぇ。

 次は、このソースをつけていただきます。……これは!黒はちみつブラックハニーのほのかな塩味が、脂のうまみをより引き立てています。そして最後にマンドラゴラの葉の爽やかさが、舌の上をさらっていく……。素晴らしい、これは素晴らしい!


 ああ、興奮してしまって申し訳ない。最後に、本日の材料の確認をいたしましょう。



『ホグフィッシュのお刺身』

★ホグフィッシュ……一匹

※ナイフはミスリル以上のものを使うこと


『ソース』

★マンドラゴラの葉…3枚

黒はちみつブラックハニー……適量



 それでは、”表側”のみなさんも、”裏側ムイタ”のみなさんも。

またお会いできる日を楽しみにしております。それまでみなさんに、よい日常、よい笑顔──そして、よい絶望がありますように。







 

 

 


 


 







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