「一歩」

青葉 一華

第1話

 立ってみようか。

 屋上の端、崖の上、滝の始まり、山の奥、歩道橋。その下を覗けば、一歩踏み出せば。

 一瞬にして私はこの世から消える事ができる。


 生きる事が辛い時、悲しい時。私は決まって死の一歩手前に行く。そして、風を感じる。

 風を体いっぱいで喰らったら、「私」は「僕」になれる。


 ねぇ、浮かんでこない?


 何も考えていないその時、新しいフレーズが。頭の中に、僕に訴えてくる。


『生きろ』『文字を綴れ』

『君はそれでいいのか』


 誰かに言われるのとは違う、しかし自分でもないもう一人の「誰か」が、僕の心に語りかけるのだ。


 一歩。


 一歩前に出れば、僕は自由になれる。辛い。悲しい。苛立たしい。そんな邪気を振り切って、僕は、本当の意味での幸せになれる。


 何かを気にすることも、誰かの為に少ない心をすり減らすことも、もう、しなくて良いのだ。


 僕は自分を変な奴だとは思わない。

 人間一人ひとりに個性があるように、僕の「イカれている」と言われた考えもその個性の一つでしかない。


 だが、僕は人間ではないのかもしれない。人間でないのなら、この変だと言われた考えも、思いも。理解されない死生観にも。しょうがないと諦めがつく。


 矛盾しているだろうか。自分でも分かっている。

 僕は神ではないし、人間様よりもずっと格下でしかない。そんな事は、自分が一番分かっているのだ。分かっている。だから苦しい。


 ────苦しいのだ。





 私は、逃げを求める。毎日の変わらない、与えられた繰り返すだけの人生から。逃げたくて、今日も端に立つ。

 否定される世の中に、混ざらないように、自分を見失わないように。


 そんな私を風は押す。優しく包んで、背中を押してくれる。


「ごめんね、まだ、生きなきゃ」


 死ぬも勇気、生きるも勇気。

 僕らは今日も、死の一歩手前に立つ。


 いつでも一歩踏み出せるように。

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「一歩」 青葉 一華 @ichikaaoba

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