ポチ

陽月

ポチ

「あーあ」

 少年は、なんの感情もなく呟いた。


 少年は地面を見ていた。堅い土がむき出しになった、茶色い地面。

 そこに動かなくなった、両手に乗せられる大きさの鳥が3羽。

 白い腹部には、赤い血がにじみ出している。


 少年は隣にいるモンスターツリーを見上げた。——背丈が少年の倍はあるため、どうしても見上げる形になってしまう。

 モンスターツリーは枯れ木に似た見た目で、その風貌から、そのまま名前が付けられた。

 性格は凶暴、枯れ木の枝のように三枝に分かれたその手で、目に入った動くものを突き刺す。

 少年の傍らにいるモンスターツリーの片手の先にはもう一羽、串刺しにされ、事切れた鳥が。


「ポチ、ダメじゃないか。せっかく生きた鳥が見つかったのに」

 瘴気にあてられ、枯れた木ばかりが並ぶこの地。日が差すことも少なく、生物を見かけることは、ほとんどない。


 ポチと呼ばれたモンスターツリーは、うろの目を少年に向け、鳥を突き刺したまま腕を下げる。それは、反省しているようにも見えた。

「まあいいか。その鳥、そのまま持って帰ってね」

 軋み音をたて、ポチが頷く。


 再び、視線を地面に落ちた鳥に向ける。

「こっちは、いいや。食べちゃっていいよ」

 ポチは逆の腕で3羽を串刺しにすると、少年の眼前に差し出した。

「ボクはいいよ、お食べ」

 3羽を口に入れ、串刺しにしていた指を引き抜いた。あとには、白や青の羽がふわりと舞うのみ。



 思い立ったのは今朝のこと。いつものようにポチを朝の散歩に連れ出していた少年は、珍しく、わずかだが日が差した空を見て、唐突に思い出したのだ。

 いつだったのか、誰から聞いたのかは覚えていない、幸せの青い鳥の話を。


 飼うと幸せになるという青い鳥。それを見つけようと思い立ったのだ。

「ねえ、ポチ。青い鳥を探しに行こうか」

 見つかるとは思っていなかった。ただ、いつもと違うことをしてみたくなっただけだった。


 少しいつもと違う行程を歩いて、「見つからないね」そう言って帰る。真剣に探すつもりもなかった。


 しかし、幸いにと言うべきか、一人と一匹の前に、迷い込んでしまった鳥が現れたのだ。

 それも、ちょうど青い鳥が。

 鳥を見つけ、ポチが反射的に動いた。

 そして、物語は冒頭へと至る。



 家に帰ると少年は、ポチを庭先につないだ。

 木でできた粗末なその家は、モンスターツリーが入るには低すぎる。

「その鳥をちょうだい」

 片手で、受け取る。そのとき、ふとポチの窪みについている羽が目についた。

「ありがとう。ちょっとかがんで」

 空いている手で羽を取る。

「よし、と。ボクは母さんに鳥を見せてくるね」


 二間だけの家に入る。奥の部屋の寝台に、横になる人影が一つ。

 少年はその寝台に駆け寄ると、膝をつき、持ってきた鳥の死骸を寝台の高さに上げた。

「母さん、ポチが青い鳥を殺しちゃったんだ」

 それは、今日はいい天気だったよと報告するのと同じ調子だった。

「だからね、死んじゃったのなんだけど、あげる」


 少年は、枕元に鳥の死骸を置いた。

 すっかり乾燥し乾固した、母であったものの枕元に。

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ポチ 陽月 @luceri

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