灰と煉瓦

三津凛

第1話

今日の灰はやけに白い。

Bはそのことを、同僚のFに言った。

「灰がずいぶん白いな」

Fは痩せた首元をうるさそうに掻きながら呟く。

「子どもが昨日たくさん死んだからな……」

疲労の滲んだ声に、Bも肩を落とす。

「何人分だろう」

「さあな」

Bは毎日火葬場から送られてくる灰を来る日も来る日もセメントに混ぜては煉瓦を積み上げていた。灰には困らなかった。時折灰には溶けた金歯や銀歯が混じっている。BはFや他の同僚の目を盗んでは、それを抜き取って闇市場で売った。Fの方もまったく同じで、まだ熱い灰が届くたび指先の皮がめくれ、爪が溶けるのも気にせず灰をかき混ぜる。金目のものはすぐになくなる。おかげでBたちの現場はいつも殺伐としていた。Bの指先は連日の火傷で皮が盛り上がり、奇形児の指のように不恰好になっていた。まだ灰は熱い。トロッコでごうごうと運ばれてくる灰をスコップでかきだして、セメントに混ぜる前に金歯や銀歯が残っていないか探し回る。

だが今日運ばれてくる灰は子どもを焼いたものだった。まだ若い柔らかな骨は跡形もなく燃え尽きて、その白さだけが残っていた。金歯や銀歯の類は期待できないので、BもFも異物が残っていないかだけを乱暴に確認してそのままセメントに混ぜ込む。

長く続いた戦争が終わった後は、機関車が次の駅を遮二無二目指すかのように国は復興に向かって走り出していた。大量の労働者が必要だ、セメントが必要だ、煉瓦が必要だ……。

細かくなった灰の粒子が舞い上がる。Bは激しく咳き込みながら、軋む節々を宥める。白っぽい灰は重い空に舞い上がる。Bは無心で灰を運び、トロッコからかきだして、セメントに混ぜ込んだ。それを来る日も来る日も、ただ繰り返した。

稼ぎにはそうならなかった。それでも、何もしないよりかは恵まれていたのだ。



ある朝のことだった。Bは誰よりも早く現場に向かった。昨夜偉い将軍が死んで、灰になった。大層な副葬品を道連れにして火葬されたともっぱらの噂だった。その焼け残りを目当てにして、Bはまだ日が上りきらないうちに現場へ行ったのだ。だが、考えることはみんな同じなのか、将軍の灰目当てに集まった労働者たちが亡霊のように灰の周りにたかっていた。糞尿にたかる蝿とそれはあまり変わらないように見えた。将軍の灰は早くも近くの病院で死んだ病人どものそれと混ぜられたらしく、灰の山がもう出来上がっていた。Bは絶望しながらも、灰の海をかき混ぜた。まだ熱い。だが火傷を繰り返した指先は角質のように厚く硬くなって、もう痛みは感じなかった。

Bの指先が何かを掴んだ。それは紙片のようだった。

Bはそれを引っ張り出して、広げてみた。それは手紙のようだった。宛名はない。だがそれはここに灰を運び、セメントに混ぜ、煉瓦を積み上げ続けるBたちに向けられて書いてあるものだった。



あなたたちの工場で作られたセメントは一体どこへ行きますか。

わたしの子どもは2週間前に死にました。骨は強すぎる炎に焼かれて、残りませんでした。わたしたちは、あの白い灰を手元に置くことも許されませんでした。母たちの手にも置かれず、わずかに灰の中に残らせているかもしれない我が子の破片を拾うことも、探すことも叶わず、トロッコに乗せられて灰は運ばれていきました。

わたしたちは耐えられません。灰はセメントに混ぜ込まれて、煉瓦と煉瓦の継ぎ目、壁の隙間、家々の屋根や柱や駅舎や裁判所や、劇場の天井なんかに収められていくでしょう。

そうした無数の場所に、我が子が粉々に散り散りにされて塗り込められていくのです。

わたしたちは耐えられません。

わたしたちは耐えられません。

わたしたちは……



手紙は途中で切れていた。

Bはそれを丸めて、マッチ棒を擦ってそれに火をつけた。薄い紙片は呆気なく燃えて、よじれて消えた。

「だからって、わたしに何かできるわけもないじゃないか」

Bは灰に塗れた指と、爪の中にまで入り込むセメントの残骸を虚しく眺めた。今日も煉瓦を積み上げて、また家に帰るだけだ。

どこに行くかなんて、行けるかなんて知るものか。分かったものか。

ただBは1日中運ばれてくる灰をかきだして、セメントに混ぜ込み、煉瓦を積み上げていくことしかできない。



Bは疲れて家に帰ると、女房が大きな腹を抱えて味の薄いスープを混ぜていた。それが、昼間の自分と重なって見えた。スープには小さなじゃがいもだけが浮いている。味付けは塩だけだ。

Bよ5人の子どもたちは、みんな色が悪く痩せこけていた。一番下の子は特に栄養状態が悪く、嫌な咳ばかりしている。Bはもしこの子が死んで、その灰をこれまでと同じようにセメントと混ぜてやることができるだろうかと考えた。


わたしたちは耐えられません。

わたしたちは耐えられません。

わたしたちは……


「そんなの、分かるわけがないじゃないか」

Bが呟くと、女房が振り返る。

「お前さん、銀歯は見つけられたかい」

「……いいや」

女房は乾いた声で、Bを見ずに言う。

「もうすぐ6人目が産まれるんだ。少しは灰の中から、銀歯でも金歯でも見つけてきておくれよ」

Bは黙って出来上がったスープを並べる。


錆びた銀のスプーンを持つ手は、白い灰と硬いセメントに汚れていた。

それは生きていながらも、まるで骨のようにBには見えたのだ。

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灰と煉瓦 三津凛 @mitsurin12

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