春 - 鈴懸 -

こんもり山の神社にて

こんもり山の

こんもりした林の中の

小さな神社の境内で

ひと休み


自転車に乗ることなく

自転車の左側に立って

自転車を引いて歩く老婆がいて


どこまでも続くトウメイ色の田んぼの真ん中の道を

遠近法どおりの田んぼ道を

自転車を引いて歩く老婆いて


一台の水色のトラックが

遠近法の小さなところから

次第に大きくなって

少しスピードを緩めて

自転車を引く老婆を追い越して


少し行った先で

水色のトラックが停まって

水色のドアが開いて

白いタオルを頭に巻いた男の人が

自転車を引く老婆に近づいて


老婆は自転車を停めて

何かを男に伝えて


男は自転車を持ち上げて

水色のトラックの荷台に乗せて

水色のドアを開けて運転席に乗り込んで

灰色の煙を少し出しながら

遠近法の大きいところに向かって走り出して


気がつくと

老婆は少し歩き出していて


ふと目を戻すと

老婆の後ろに 

茶色の風呂敷包みが道路にぽつんと置き去りになっていて


老婆はそれに気がつくことなく

遠近法の大きいところへ歩をすすめて


僕は気がついているんだけど

遠近法の小さいところには

僕の声は届くはずがなくて


こんもり山の

こんもりした林の中の

小さな神社の境内で


ただ 風呂敷包みと老婆を

行ったり来たりして見ているしかなかったんだ




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