港街 にて

 


 どうでもいいプロ野球の実況はまだ続いていた。

 回は7回裏。

 とうに決着がついていると思われるスコアなのに、アナウンサーの絶叫口調は変わらない。

 港町の縄のれんの居酒屋で酒を呑み始めてからどれだけ時間が経ったかわからない。

 たしか、夕焼けが終わりそうな時間にこの店に入って、そのときには カウンターの端の上に備え付けられている小さなテレビでプロ野球をやっていたことはなんとなく覚えている。

 日曜日のこの時間のカウンターには、俺一人しか座っていない。

 俺は、大して好きでもないホッピーを注文して、何杯頼んだか忘れたけど、相変わらず、今もホッピーを呑んでいた。

 

「もしも、誰も見ていなかったら、テレビ消してもらってもいいですか?」

 

 俺は、腕組みをしたまま煙草を吸っている店主にそう言ったら、店主は灰色のリモコンをどこからか取り出して、持っている手をテレビの方に面倒くさそうに手を伸ばして電源を落とした。

 間もなく、テレビの置いてある方向から、有線かなんかの演歌が聞こえてきた。

 途中から始まった演歌は、すぐにサビを歌い終わって、悲しげな三味線の音色で終わった。

 

「ホッピーの焼酎割ときゅうりをください」


 次の演歌が始まる前に、俺は店主に注文して、煙草に火をつけた。


 俺は、いったい何をしにこの街に来たんだろう。

 この店に入ってから数えても何十回目の自問は未だやまず、繰り返してしまう。

 その答えは、夕焼けが終わる前に、いや、今日という日が始まる前に出ているのに、繰り返してしまう。

 無造作に切り分けられたきゅうりに味噌をつけようが、梅肉をつけようが、その答えは変わることはないのを知っていながら、繰り返してしまう。

 辿っていけば、一旦は、俺が嘘をついた昨日で止まるけど、ホッピーを一口飲み干すと、そこではないような気がして、さらに辿ると、半年前にさかのぼり、それでも止まらずに、さらに、一年前、五年前、果ては学生の頃や出生まで行き着いてしまった。

 理由探しの旅を出生まで辿ったところで何の解決にもならず、取るべき態度の結論を先延ばしにしていることを数杯のホッピーと俺は知っていたけど、腕組みをしている店主や、この街に住むあのひとには知る由もないことだ。


「ホッピーの焼酎割をください」


 もう、店主は返事すらしない。

 いや、しているのかもしれないけど、俺には聞こえなくなってしまった。

 ただ、俺の目の前に細かい泡が立っている安酒のジョッキが置かれて、俺は、封印していたドアをそっと開けて、そこから勢いよく押し流されてくるこの言葉に、身を委ねてしまうしかなくなる。



 お前を 俺は まだ待ってるのさ




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