第1話 締切と謎の光
蝉の声がけたたましい季節だった。夏の風物詩である蝉の鳴き声が夏を感じさせ、青年の体温を上昇させていた。額一面に広がる汗を青年は拭う。ただし、この汗は蝉の影響だけではなかった。暑い日に限って車の空調が壊れているおかげで、車内はサウナ状態であった。もちろん、彼は動くサウナに乗って、何も目的なくあたりを徘徊はいかいしているのではない。人探しをしているのである。
その人は急に放浪ほうろうしてしまう癖があるため、何か用事があるときに困ってしまう。さらに悪いことに、危険な場所ばかりを巡るくせがあるらしく、樹海や渓谷けいこく、自然の脅威きょういと表裏な場所でいつも発見する。たまに心霊スポットにもいるのだが。如何にせよ青年は何度命の危機を感じたかわからない。今回も例に漏れず危険な場所にいると青年は考えている。ただし今回は稀に見る自然と関係のない危険な場所であるが。
その危険地帯は眼の前にあるトンネルであった。かつて南北朝期に四條畷しじょうなわての戦いという合戦のあった地だそうだ。この地に関する有名な話しを知っているだろうか。このトンネル、何度通っても、抜け出せない。抜けてはトンネルへ。抜けてはトンネルへ。を繰り返すらしいのだ。その挙げ句落ち武者に襲われて命を絶つという噂が多くネット掲示板などでつぶやかられている。眉唾からもしれないが、青年は怪奇現象かいきげんしょう、非科学的なことが苦手なのだ。なかなか通過する決心がわかない。しかし先程この先いると、目当ての人から連絡があったのだ。
「利光よ、ワシはかの小楠公しょうなんこうが眠る地にいるので来てほしい。依頼の品、ほしいであろう。」
このように挑戦じみた発言のみを一方的に発し、青年―間宮利光まみやとしみつ―の話す間もなく一方的に電話を切った。この老人は自分を見つけてもらうことが趣味で放浪している面もあるのではないかと疑うぐらい。老人は自分の居場所を報告してくる。今回も同様であったが、老人はこちらの話しなどお構いなしに伝達事項だけを述べ、切ってしまう。言いたいことは山ほどあるが、文句はいってられない。老人を捕まえるのが今の仕事だ。これは出世のためだ。
なぜ、利光が老人を追っているか。端的にいうと、青年は編集者で、老人は有名漫画家である。これだけで今の構図がよくわかるだろう。編集者は作家から期限までに依頼品を回収するまで、家にも帰れないし、会社にも戻れない。編集者にとって作家を捕まえることは、自分のプライベートを享受きょうじゅする時間が長くなることを意味する。つまり、少しでも早く作家に漫画を脱稿してもらうことで、編集者は重責じゅうせきから開放され、自分の世界に浸れるのだ。編集者はその重責を精算するためならば、作家を地球の裏側まで追って行く所存で
「行くぞ。」
一度胸を叩き、自分の縮み上がった心臓を喚起する。そして、青年は足を震わせながらアクセルをゆっくりと踏み込む。日産の技術力の粋を詰め込んだモンスターマシン(今は世界一の動くサウナマシンである)がその能力を多分に持て余す形でゆっくりと進み、ジリジリと利光はトンネルへ近づいていく。何度も生唾を飲み込みながらも車を走らせる。トンネルの腹部を超えても、緊張感は絶えない。その緊張感のせいか、今は夜であるにもかかわらず、トンネル出口から光が差し込んでいるように錯覚する。しかし、錯覚したのは刹那の時であった。気がつくと目の前は真っ暗で、利光の意識は朦朧もうろうとしつつあった。ただ利光は最後に聞いた一言を覚えている。「強く生きろ」と言う一言だ
レジスタンス―武装都市E・D・Oへの反逆― 証秀 @kentobarius
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。レジスタンス―武装都市E・D・Oへの反逆―の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます