第2話 波野梨子のプロローグ

 お風呂から上がった私は、ベッドに飛び込んで枕に顔をうずめました。


「個性を出せって言われても……」

 

 思い出すのは学校での出来事です。

 今日は文化祭の出し物の、演劇の役をくじ引きで決めました。先生が脚本を用意したのですが、いろいろと手が込んでいて大変そうです。

 コンセプトは「個性」。台本はあくまで参考で、各自ある程度自由に台詞を変えてもいいのだそうです。

 しかもなんの因果か、私は身の丈に合わない主人公の役を引き当ててしまいました。

 この主人公というのが難役で、最後のシーンのセリフが用意されていなくて、それを演者が自分で考えなくてはいけないのです。

 来週の火曜日には、さしあたって考えた台詞の内容を披露しなくてはいけません。

 万年脇役……どころかエキストラな私にはこんな大役、どう考えても荷が勝ちすぎています。


「ナギくんが羨ましい……」


 ナギくんというのは柳屋凪くんのことで、私の幼なじみです。彼は見事自分の希望通りの役を引き当てていました。

 

「でも――」

 

 でも、頑張ったらナギくんも私のこと見てくれるかな……。

 そんなことを考えて、思わず恥ずかしさに足をバタバタさせてしまいます。

 正直なところ、悩みとしては演劇のことよりナギくんとのことの方が何倍も根深いものでした。

 何せ物心ついたころから絶賛片思い中。友だちはみんな、絶対大丈夫だから告白してみな、と言うのですがそう簡単にいくわけがありません。

 なぜならナギくんはあまり人と関わるのが好きではないのです。私は完全に眼中から外れてしまうのが怖くていろいろお節介を焼いているのですが、絶対に踏み込みすぎないよう気をつけています。

 ……それでも多分うざがられてるとは思いますけど。

 別に都合のいい女でもいいんです。ナギくんのそばにいられて、ほんの少しでもナギくんの役に立てさえすれば。

 でもナギくんにとっての都合のよさを追求すると、究極的には多分私の存在は消えてしまうわけで……。


「それはやだぁ……」


 私は枕に顔を押しつけながら渾身のため息を吐き出しました。我ながら気持ち悪いです。

 ここで1つポジティブに考えてみましょう。みましょう、というかもうこの3年くらい考え続けているんですけど。

 なんの話かと言えば、突破口につながる仮説です。つまり、「ナギくんが人と関わろうとしないのは、今までに関わりたいと思える人が1人もいなかったからだ」という仮説。

 要するに、ナギくんにとって魅力的な人間になれれば堂々とナギくんと関わる権利を獲得できるのではないか、ということです。そこから好きになってもらえるかどうかはまた別の問題ですけどね。

 

「チャンス……なのかな」


 そう考えると、この演劇の主人公役は新しい私をアピールする千載一遇のチャンスと言えなくもないかもしれません。

 無個性で無価値で空気みたいな、都合のいい世話焼きな幼なじみ。

 そんなつまらない存在から、ナギくんが思わず意識してしまうような女の子に――日常と舞台の上、両方でなることができたら。


「いやいやいや!」


 ――見てくれるってことは、大失敗したらそれを見られちゃうってことでもあるわけで……! 

 ――逆にやたら熱烈にアピールしすぎたら、面倒なやつだと思われて避けられちゃうかもしれなくて……!

 そんなことをとめどなく考えながら、しばらく手足をじたばたさせていた私は、やがて疲れ果て、糸が切れた人形のように脱力しました。


「でも、このままじゃ駄目だよね……」


 私はなんとなく枕元のスマートフォンを手に取ると、インターネットブラウザを開きました。

 検索ワードは「ヒロイン」、「個性」の2つ。

 一体私は、どんな個性を持ったヒロインになればいいのでしょうか。

 まあ、そこですぐにネットに頼る辺りがすでに無個性極まってるような気がしなくもないですが、それはそれです。

 都合の悪い考え方からそらした目でダラダラといろんなページを見ていく中、1つ気になる記事を見つけました。

 タイトルは『個性的な愛されヒロインを徹底分析! これで今日からあなたも人気者!?』というもの。

 開いてみると、目次にはあまり馴染みのないカタカナ語がたくさん並んでいました。


「ツンデレ……」


 よくは知りませんが、聞いたことはあります。

 知らないけど聞いたことがある、というのは要するに定番中の定番ということなのでしょう。

 詳しく見てみることにします。


「普段はツンツンしてるがふとした拍子に好意を表す、もしくはツンツンしてるようでその裏に好意が透けて見える……」


 そういえば、友だちの晴香が言っていました。「恋愛とは駆け引きだ」と。

 つまり、気がないように思わせておいて、「やっぱり好意を寄せられているのかも」と思わせるそのギャップが気を引く鍵なのでしょう。

 ……ツンデレ。これは有力候補ですね。

 まあもう少し他の個性も見てみましょう。


「ガンデレ……? いや、銃は持てないし……素直クール……冷静に好意を表現……うん、私には無理」


 それにしても驚きです。世の中にこんなにもたくさん個性や性格の分類があったとは思いもしませんでした。よくわからないものもありますが、結構納得のいくものもあって面白いです。

 しかしなんだかんだいってもやっぱり私は自分の考えだけで何かを決めようとすると不安になってしまって……。


「……ツンデレにしよう」


 結局、一番ポピュラーそうなツンデレを選んでしまうのでした。

  

「んー……とりあえず、『ナギくんが好き』って気持ちにつながるような行動をとらないようにすればいいってことなのかな……?」


 と考えた私は、とりあえず日頃の行いを顧みてみます。

 まず朝は通学路の途中で待ち構えて一緒に登校して、学校に着いたらずっと気にしつつ何か役に立てそうだったらすぐ声をかけて、帰りはたまに偶然を装って一緒に帰る……。

 ……あれ? もしかして私の1日ってほぼ全部ナギくんへの好意で構成されてる……?


「と、とりあえず一緒に登校はなし? そしたらデレってどう出していけばいいんだろう……。いつもみたいに世話焼いたら駄目だよね……」


 それから自然と眠りについてしまうまで、私は悶々と悩み続けたのでした。

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