定規で測ったら10センチ位の距離
甘深蒼
定規で測ったら10センチ位の距離
「う~ん、絶対にあんたのこと好きだって!」
私は言った。
場所はいつもの喫茶店、席はいつもの窓際のカウンター席。
隣にはあいつがいて。
「この前なんかさ、あんたことばっかり聞いて来るんだもん、疲れちゃった」
「本当に?」
「だから言ってるじゃんかぁ!」
あいつがあまりにも疑い深いので、私はとうとう背中にビンタをいれてやる。これはあくまで愛のムチって事でひとつ。
「おう、そうなのかなぁ。お前が言うんだもんな。うん、確かにそうかもな」
しきりにあいつは頷いた。微笑ましく私は笑ってあいつをみた。
あいつから見た私は、恋愛経験豊富な幼馴染らしいから。私はそれに付き合ってやらないといけない。
だって、それが今の精一杯。
ピンポーンと不意に鳴ったのは手元のアラーム。注文していたものが出来たらしい。
私のだしと席を立とうとするのを、あいつは無言で制す。
「いいよ、相談に乗ってくれたしそれくらいやるって!」
あいつは席を立つと、手にチーズケーキを持ってきた。そのチーズケーキはちょっとだけアレンジされていて、綺麗に区切られたところに、ブルーベリーソースとオレンジソースが混ざらないように掛かっているのだ。
両方ともちょっとだけすっぱい私好みの味。
特にこの店の奴は好きだった。
「ん。感謝しなさい」
「分かってるって。今度の学食スペシャル定食奢りでいいだろ?」
「アンタも中々分かってるじゃない」
「まぁな、伊達に幼馴染やってねーっての」
じゃあな、とあいつは手を振って、店を出て行った。これから勝負に出るらしい。お店のドアがカランと鳴って閉まった。
カウンター席からあいつの後姿を見送ると、早速チーズケーキに手を伸ばす。口の中にはとってもすっぱい味が広がった。
手が震えた。
隣を見ると、まだ春も初旬だって言うのにコートを忘れて居るのが分かった。
手にとって抱き締める。
あいつの匂いがした。
あいつのほのかな体温がまだ残留していた。
……恋しかった。
きっとあいつは告白を成功させるだろう。だって相思相愛だもん。
相手は私の親友。とても可愛らしくて、気さくで面倒見も良くて、非の打ち所もないくらいに、ないくらいに……
抱き締める腕を少しだけ強くした。
なんであの子なんだろう。
私は不意に思う。
だって、私は知っている。
あいつの癖やあいつの趣味。好きな食べ物や好きなグラビアアイドル。小学校のときに好きだった隣のクラスの女の子。あいつ自身も知らないことも全部。
でも、これからは知らないことのほうが多くなるんだろうな。
私の知らないところで、ドンドン秘密が増えていくんだろうな。
どんどん悲しくなった。とめどない感情が溢れてきた。涙が……出てきた。
――好きでした。あなたのことが、子供のときからずっと、好きでした。
その一言が言えなくて。自分の気持ちに嘘をつきまくったり、臆病になって逃げ出したり。そんなことを繰り返していくうちに出来てしまった。幼馴染と言う距離。
それはとても短い距離だ。
手を伸ばせば届く距離だ。
定規を使って計るのなら、それはたったの10cmくらいかもしれない。
でも、その距離が縮まらない。
決して埋まらない距離。
縮められない距離。
すぐ目の前にあるのに決してたどり着けない、ゴールテープのように。
強いなんて言わないで。
賢いなんていわないで。
あなたが知らないだけなんだよ?
私は弱いの。
あんたの知らないところで泣くよ。
あんたに教えるために一杯勉強したよ。
それをやった後に見せるあんたの”ありがとう”が大好きで。何でもやったよ。
伊達に幼馴染やってないって言ったよね?
だったら私の気持ちにも気付いてよ。
好きだって気持ちに気付いてよ!
私を女の子としてみてよ。
恋愛対象としてみてよ。
幼馴染じゃなくて、そう言われるくらいだったら、クラスメイトが良かったのに。そしたらあるいはあんたにそういう目で見てもらえたかもしれないのに。
もう何もかも手遅れなんだね?
口に運ぶケーキとオレンジソースの酸味が口に広がった。
あれ、このソースちょっと酸っぱ過ぎじゃないのかな、酸っぱ過ぎて涙が出てきちゃった。
あれ、おかしいな。
おかしいな。
――食べきれない。
コーヒーが温かすぎるから。オレンジソースが酸っぱ過ぎるから。心にジンジン響いてくるから。
私は会計を済ませる。今日は調子が悪いのかい? と常連の私はマスターに気を使わせてしまった。
「大丈夫です。ちょっと、食欲がなくて」
マスターに言った所で分からないだろう。痛いけど、痛いのは心だから。
ドアを開けた。ベルがカランと鳴る。
涙に濡れた顔を隠すようにあいつのコートに顔を埋めると、私は家路に着いた。
今日は眠ろう。
明日、あいつとあの子を笑顔で祝福できるように……。
終わり
定規で測ったら10センチ位の距離 甘深蒼 @shouhei_okamoto
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