第22話 散歩と遭遇 2/2
詩音の不機嫌な表情にどう言い訳しようかと考えると同時に自分の知っている表情であることに少しばかり安心した。
「脅かさないでくれ。心臓止まるかと思ったわ」
「勝手に人の後をついてくるような奴に言われたくない」
「なんだ気付いてたのか……」
バレていると知っていれば、ストーキン……追跡などしなかったのに、と龍二は苦い表情を浮かべながら内心で愚痴る。
考えてみれば、不良に絡まれても動じず、昨日の屋上でも戦えることを証明した彼女がそういった尾行や追跡を看破できるという可能性を考えていなかった。
「なんの用? 性懲りもなく後をつけて」
ジトッとした目を向けながら詩音が尋問してくる。
もちろん先ほどまでの普通の女子高生のような雰囲気は皆無だ。
「い、いやー、僕も偶然いまから病院行くところでさー」
「…………」
「…………」
「……もしもしポリスメン?」
「だーーッ! わかった! 僕が悪かったッ! だから携帯を仕舞え!」
無言のジト目攻撃をしつつ、携帯を取り出した詩音にさすがに危機を感じて叫ぶ。
同級生をストーキ……追跡しただけで、逮捕なんて笑えたものではないし、姉が警察官であることも含めれば、もはや塵に消え去れレベルだ。
そんな龍二の心が伝わったのか、詩音はため息をついて携帯をポケットにしまう。
そして彼の隣に控えるバーディーの姿に気づいた。
「お前のところの犬か?」
「え? あぁ、ウチで飼ってるジャーマン・シェパードのバーディーだ」
「シェパード?」
おうむ返しで詩音が呟いて首を傾げる。
それもそうだろう。
普通シェパードと言われれば、屈強な身体に黒と茶色の毛色でイメージされるが、バーディーは体格はシェパードのそれだが全身が真っ白な毛に覆われているので、パッと見ではシェパードには見えない。
「バーディーはシェパードの中でもホワイト・シェパードっていう種類なんだ。だからこの毛色も珍しいだけで別に変なことじゃない。元々は警察犬だったんだけど、うちの母親が警察を辞めるときに引き取ったんだ」
「母親も警官なのか」
少し驚いたように詩音が言い、龍二は頰をかいた。
「いまは専業主婦だけどね。代わりとばかりに姉が警官やってるよ。親父に至っては自衛官だ」
「エリートなんだな」
「家族はね。僕は至って普通。ホント呆れるほどにね」
龍二はそう自嘲気味に言ったが、それは半分間違いでは半分正解とも言える。
確かに龍二自身はどこにでもいそうな普通の男子高校生だ。
だが、その内に抱えているものは色んな意味で普通とはちょっと違う。
ともかく、いまの龍二の回答はどっちつかずの曖昧なものだが、詩音は「ふぅん……」言ってかがむとバーディーの瞳をじっと見つめる。
その目を見て、龍二は彼女がなにをしたいのかを察した。
「触りたいのか?」
ギクッと肩を揺らした詩音は視線を逸らしながら口を尖らせる。
「ち、違うし……。モフモフでカワイイなとか思ってないし」
別にそこまで言ってはいないんだが……と、内心でひとり呟きながら龍二は続けた。
「いいよ、触っても。逆にあんまり見つめるとバーディーが居心地悪そうにしてる」
さっきからバーディーの視線が落ち着きなく詩音と龍二を往復しており、今もその瞳はどうしたらいいんだとばかりに龍二に向けられている。
「ほら、この人はクラスメイトだ。撫でさせてやってくれ」
龍二がそういうと、仕方ないとばかりにバーディーはおずおずと詩音の方に歩み寄る。
詩音はそんなバーディーの頭に右手を置くとゆっくりと撫でる。
「……カワイイ」
いつのまにか両手を使ってワシャワシャとバーディーを撫でながら詩音は呟いた。
じっとそれを見ていた龍二はチラッと詩音の表情に目を向け、そして意外とばかりに目を見開く。
彼女は笑っていた。
笑顔というには少々物足りない微笑だったが、それでも彼女の顔にはしっかりと年相応の少女の笑みが浮かんでいる。
こいつも笑うのか、と龍二は普段とはあまりにかけ離れた表情につい口から言葉を漏らす。
「そんな顔もするんだな」
先ほどまで動いていた詩音の手がピタリと止まった。
突然撫でることを止められたバーディーがどうしたとばかりに覗き込むが、詩音はすくっと立ち上がり顔を上げる。
そこに先程までの微笑を浮かべていた少女の片鱗はなく、いつものクールな一匹狼である詩音の姿があった。
「私がここに来てることは誰にも言うな」
豹変とも言えるレベルでキッパリとそう言った詩音に龍二は肩をすくめた。
「言わないよ。そもそもベラベラ喋る話題でもない。でも、もし良ければその理由を教えて欲しい」
龍二はそう条件を出す。
屋上で激情と共に拳を振るった詩音と犬を撫でて微笑を浮かべる詩音、どちらが本物の彼女の姿なのだろう。
そもそも自分が見ている姫宮詩音に本当の姿はあるのだろうか。
ふとそんな疑問が浮かぶ。
詩音は考えるように口を閉ざしたが、やがてポツリと呟いた。
「私の友達が入院してるんだ。私のせいで。だから本当は彼女に会う権利なんて私にはない」
「どういうこと?」
詳しく言いたくないのか、曖昧な表現でボカす詩音に龍二は訊ねたが、彼女は答えることなく背を向ける。
「もういいでしょ。プライベートまで邪魔されたくない」
「……あぁ、悪かった」
正直言って龍二はまったく納得していなかったが、これ以上は何も聞けないことを感じ取り大人しく引き下がった。
真実は知りたいが彼女の嫌がる部分までは触れるようなことはしたくないし、なによりも彼女の背中がもう聞くなと語っていた。
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