第21話 散歩と遭遇 1/2

 翌日。

 高い日の光を浴びながら龍二は学校近くの交差点で信号待ちをしていた。


 今日は休みなのでラフなジャージ姿だったが龍二は浮かない顔をしている。

 理由はもちろん詩音のことであり、もっと言えば律子が持ってきた封筒のことだ。


 律子が帰ってから龍二は受け取ったファイルと茶封筒を部屋へと持ち帰り連続強盗事件のファイルには目を通したものの、詩音の封筒は見るどころか開くこともしなかった。


 彼女のことがどっさりと詰まったその封筒の中身を見たい気持ちはあったが、正直気乗りせず、いまでも自室の勉強机の引き出しに放置している。


 龍二としては本人から知らない場所で一方的に秘密を知るのは卑怯だと思ったし、自分に身近な人の秘密を知るという責任を負えるのかという怖さもあった。

 そんなことに考えを巡らせながらモヤモヤとした気持ちに苛まれていると、ワンッという鳴き声が聞こえて我に帰る。


 隣に目を落とすと、そこには真っ白なモフモフ――もとい、大神家で飼われている愛犬バーディーがどうしたとばかりに視線を向けていた。


「悪い、行こうか」


 犬にまで心配させるなんて飼い主失格だな、と思いながら青信号になった横断歩道を渡る。


 バーディーは四年ほど前に大神家にやってきた保護犬だ。

 とある事情から母親が連れてきて以来、バーディーの散歩担当は龍二と律子で、律子がひとり暮らしをするようになってからはもっぱら龍二の役目だ。


 今では朝と夜の二回、家から一区との区境まで行って駅前、そして自宅という一時間程度の散歩コースをランニングするのが日課となっている。


 体に染み付いたいつものコースをバーディーと共にランニングして龍二は一区と二区との境界になっている大きな川までやって来た。


 今日は休日というのもあって、河川敷の小さなグラウンドではクラブチームの小学生が大人と一緒にサッカーの練習をしており、橋を行き交う車も多い。

 何気ない休日の景色に目を向けていると、ふと対岸を歩く女性の姿が目に留まる。


 最初は服装が制服ではなかったのでわからなかったが、長い茶色の髪と歩き方で詩音だとわかった。

 彼女は龍二に気付くことなく、橋からひとつ目の曲がり角を右に曲がってしまう。


「…………」


 龍二はしばらく無言だったが、すぐにそのあとを追って歩き始めた。

 ようは詩音のあとをつけ始めたのだ。

 いつものルートを外れたことにバーディーが不安げな顔をする。


「大丈夫だって。病院行くわけじゃないから」


 嫌そうなバーディーをなだめて角を曲がると、遠くに詩音の姿が見えた。

 そこから龍二は少し早めに歩いて徐々に距離を詰め、あと二十メートルというところで歩調を合わせる。


 彼女はタンクトップにホットパンツという格好で、歩くたびにその健康的な太ももが揺れていた。

 表情も学校で見る不機嫌な感じではなく、いくらか和らいでいるように見える。


 そしてなにより――。


「女の子してんな……」


 どこにでもいそうな休日の女子高生。


 それが目の前を歩いている詩音の印象で、学校や龍二の前で見せていたクールでサバサバとした印象とは似ても似つかない。


 しばらく龍二は詩音の後ろをついて歩いたが、やがて彼女の歩く方向にそびえる建物が目に入る。


 白亜の外壁にはめ込まれた窓。

 正方形と長方形を組み合わせたような形のオシャレな建物だったが、それは龍二も幼い頃に何度かお世話になったことがある地元の総合病院だった。


「アイツ、なんでこんなところに?」


 なにかの病気でも患っているのだろうかと一瞬考えたが、自分を置いて猿のように外壁を飛んで逃走した姿を思い出し、それはないなと否定する。


 だとしたらなんの目的があって来たのだろう。

 知り合いでもいるのだろうか。


「お前、なにしてるんだ」

「おわッ……!!」


 考えを巡らせていた龍二は唐突に声をかけられ、盛大なリアクションで振り返る。


 そこにはイラついたように眉間に皺を寄せるいつもの詩音の姿があった。

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