第23話 依頼と作戦会議 1/2
月曜日。
龍二は不自然な形で別れた詩音と共に一枚の扉の前に立っていた。
「大丈夫か?」
斜め後ろに控えていた詩音が問いかけてくる。
頷いて龍二は返したが、その顔はこれから嫌なものでも見るかのように歪んでおり、再び扉に視線を戻して生唾を飲み込む。
彼がなぜこんなに緊張しているのか。
それはちょっと前。
授業の終わった放課後まで遡る。
―――――
「えーと、じゃあ内容は便箋で確認させてもらったんですけど、一応説明してもらえますか。まつり先輩」
少し前。
授業を終えた龍二たちは例のストーカーの依頼を持ち込んだ女生徒と向き合っていた。
「まつりでいいですよ。あまり硬いのは私も話にくいし……」
そう言って女生徒――大空まつりは笑みを浮かべる。
龍二たちがいるのはアジトとなっている部室ではなく、その隣にあるこじんまりとした倉庫部屋だ。
流石に机が乱雑に置かれたアジトで依頼人を迎え入れる訳にはいかない。
といっても、この倉庫部屋も窓側にはオオカミの被り物やダーツの的、ポリカーボネート製の盾など、ボランティア部の面々が持ち込んだモノが雑多に置いてある。
そしてパーテーションによって区切られた廊下側はソファと机のある簡易的な応接間になっており、奥側のソファに龍二と優、壁に寄りかかる形で詩音がいた。
龍二と向き合う形でソファに腰かけているまつりは彼らの一つ上の学年で、バトミントン部所属。
後ろでひとつにまとめられた焦げ茶色の髪とジャージ、バトミントンのラケットからもそれは明白だ。
給仕に回っていた葵がお茶を出し、それにまつりが口をつけてから龍二は再び会話の糸口を切り出す。
「では失礼して、まつりさん。説明してもらえますか」
お茶を置いてまつりは頷く。
「今年の七月ごろからなんですけど、私の下駄箱によくモノが入れられるようになったんです。最初はなにかの間違いかなって思ったんですけど、夏休みに入ってからはだんだん入っているモノが高いものになっていって」
「夏休み中もですか?」
「ええ、部活で夏休みもほとんど学校に来ていたので」
夏休み中の体育会系部活は授業がないこともあって活動が活発になる。
特に夏の大会などで三年生の引退が控えている部活はまさに正念場とも言えた。
メモを取りながら、龍二は再度訊ねる。
「それは毎週?」
「はい、これが送られてきた品物の一部なんですけど……」
そう言ってまつりは鞄と共に置いていた紙袋を机の上に置き、中身を引っ張り出す。
出てきたのはお菓子やバトミントンの羽、バトミントン用のシューズまであった。
「これ全部?」
「いえ、これはほんの一部で、まだ家にも置いてあります」
「ずいぶんと犯人も気前がいいもんですね」
優が呑気にそう茶化したが、まつりのほうは相当参っているようで返事代わりに深いため息をついた。
「新学期になれば、人の目が多くなるから収まると思ったんだけど、毎週送られてくるの」
「毎週ってことは決まった日にってことですか?」
「ええ、毎週水曜日の部活のあとに。朝とかはないんだけど、お昼休憩の後とか部活帰りの時には入っているの」
つまり豪勢なプレゼントを送ってくる犯人は、彼女が部活に行っている時間に下駄箱に贈り物を忍ばせているということである。
これがただのイタズラならともかく、決して安くはないであろうシューズまで送ってくるあたりかなり本格的で偏執的だ。
メモ帳に走らせていたペンと止め、龍二はまつりの目を見る。
「わかりました。この件については僕たちがしっかり調べて対処させてもらいます。進捗はちょくちょく報告するので」
「後輩に頼むのも申し訳ないけど、お願い」
「いえいえ、こういう依頼を請け負って解決するのが俺たちの部活ですから」
龍二に代わって、優が営業スマイルを浮かべながらそう言う。
さっきは犯人のことを茶化しておきながら最初と最後だけ心象を良くしようとは調子のいいことである。
葵がソファから立ち上がったまつりを扉まで見送り、その隙に壁に寄りかかっていた詩音がすかさず空いたソファに腰掛けた。
「寝てただろ」
「寝てない。目を閉じてただけだ」
「見てる側からしたらどっちも変わらないよ」
龍二の注意にふんと鼻をは鳴らしてそっぽを向く。
腕を組んでドカッと座る態度はまるで気まぐれな野良猫だ。
彼女の隣にまつりを送り終えた葵が戻ってくる。
龍二は並んだ二人を見比べたが、一般的な女子高生らしい葵に対し詩音には女性らしさの片鱗も感じられない。
むしろ詩音がいることで葵の女子高生らしさが際立っているようにも思える。
これでは月とスッポンだ。
そんな事を思いながら二人から視線をずらしてみんなに訊ねた。
「今回のストーカー犯、どう思う?」
「下駄箱にモノを入れるのは贈り物のつもりだろうな。しかも、警戒されているとわかっていても続けている。俺の予想ではさしずめ、犯人は彼女のクラスで目立たないメガネの男子生徒だな」
「どうしてそう思うの?」
「どうしてって、この手の類はそういう人間が犯人なのが物語とかの定石だからだよ」
首を傾げて聞いた葵に優は肩をすくめつつ得意げに答える。
優は小説やマンガなどの創作物が好きな俗に言うオタクで、こういった事件も創作物の延長線に見ている時がある。
今回もそんな推理を披露する優に呆れたように返す。
「要は当てずっぽうだろ」
「少なくとも犯人は先輩がいつ部活に行ってるかを把握してる。だから彼女に近いところにいると考えるのが妥当だ。例えば、クラスメイトとか同じ体育館を使う部活の人間とかな」
名探偵気取りで優は両手を顔の前で組んで自信ありげな声で答えた。
彼はオタクではあったが逞しい想像力が災いしているのか、推理力はなかなかにバカにはできないものがある。
だが、龍二は難しい顔をして身じろぎをした。
「どうかな。夏休みの部活の活動予定はいつも職員室前に張り出されているから誰でも知ることができる」
「じゃあ、犯人は誰にでもなりえるね」
夏休みのグラウンドや体育館の使用割り振りは事前に職員室前の張り出されるので生徒なら誰でも知ることができる。
この二学期からの予定も、クラスにバトミントン部の人間がいればいつまつりが学校を出るのかなどをおおよそぐらいには知ることは容易だ。
「ついでに言えば夏休みに部活以外で学校登校してるやつはいるし、正直出入りを調べ出したらキリがない」
「なんだ、じゃあ、積んでるじゃないか」
無言を貫いていた詩音がそう突っ込む。
いままで会話に参加してこなかったのに風向きが変わった途端参加してくるあたり、部活に乗り気でないことを隠すつもりはないらしい。
優が詩音の態度にムッとしたようだったが、龍二は逆にニヤッと不敵な笑みを浮かべ詩音が怪訝な顔で聞く。
「なんか策でもあるのか」
「あるかないかで言えばある。犯人は毎週決まった時間帯に彼女の下駄箱に品物を入れてる。ならその場面を押さえればいい」
「そりゃ無理だろ。俺たちだって日々の授業がある」
犯人が先輩の下駄箱に贈り物を仕込んでいるのは授業開始から部活を終えるまでの時間。
その時間帯は基本的に龍二たちも学校で授業を受けているので、常時監視するのは不可能だし放課後に人の出入りの激しい下駄箱前でずっと見張っているわけにもいかない。
むしろそんなことをすれば目立ってしまって犯人に怪しまれたり気付かれたりする可能性だってある。
しかし、そんな三人の心配をよそに龍二は自信満々に続けた。
「僕たちが直接その場にいる必要はない。ただ犯人が誰なのかわかる決定的な証拠があればいい。なら監視カメラで十分だ」
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