第3話 地獄の始業式 3/3

「転校生?」

「そうそう。なんでも一区から来るらしいぜ。知らない?」


 ふるふると優以外の三人は首を横に振る。

 龍二は葵と理久の顔を見合わせたが、本当に誰も知らないようだ。


「でも、転校生が来るんだったら先生から何か連絡があるもんじゃない?」

「割と最近決まったみたいだぜ。俺たちに連絡を回ってきてないあたり、本当にここ二週間くらいじゃないか?」

「しかもこの時期にとはまた珍しいな」

「だろ? なんかありそうだよなぁ」


 葵と理久の質問に自信ありげに答えた優は胸を張る。


 言われてみれば夏休み中の登校日ですら、転校生のことを一切伝えられなかったあたり、その可能性はないこともないだろう。

 ついでに言えば二学期が始まると同時に入ってくるというのも一般の考えからすると非常に珍しいことだ。


 さらに優が付け足す。


「しかもただの転校生じゃない。金持ちのお嬢様学校や学歴の高い学校が集中してる一区からの転校生だ。これは色々と何かありそうな気がするんだよな。そう思うだろ龍二?」

「そこで僕に振るか……」


 苦笑を返しながら龍二は考える。

 確かにそれらの情報を合わせると非常に興味をそそられるのは否定できない。


 しかし、はたと考えてみて再び口を開いた。


「まぁ、その情報を信じる信じないは置いておくとして、どっからその話拾ってきた?」

「新聞部のサナカナコンビだよ」


 優がしれっと答えると、その場にいる一同が納得とばかりに表情を変える。


「あの二人か。そりゃ情報が早い訳だ」

「確かに二人ともそういう情報集めるのは得意だもんね」

「特に姉の方はアクティブすぎるからな。正直、火がつくと手に負えん」


 三者三様なイメージで優以外のメンバーが答え、龍二が口を開く。


「情報源があのサナカナとなると、その転校生の話はガセじゃなさそうだな」

「俺もそう思うぜ。こんなガセネタを流す理由もないしな」

「他にもその転校生について何か聞いてるの?」

「あぁ、あとはまだ確定した情報じゃないけどいくつかあるぜ。例えば――」


 優が得意げに転校生に関する情報を言いかけたところでガラッと開いた扉からいつものジャージ姿の先生が入ってきた。


「おーい、席つけー」

「悪い、詳しい話はまた後でな」

「そうだな、また後で」

「おう」


 仲のいいグループで固まっていた生徒たちが散っていく波に合わせて話を切り上げた優と理久が自分の席へと戻っていく。


「じゃあ、私も戻るね」

「あぁ」


 一歩遅れて葵もうなじ近くでひとつに結んだ髪を揺らしながら手を小さく振って席へと戻る。


 全員が席についたのを確認して担任――葛葉村刀は黒板を背に特に代わり映えのしないホームルームを始めだす。


 村刀の言葉を真剣に話を聞く奴もいれば、そういったフリをして隣や前後の席の友人と先程までの談笑の続きをする奴もいる。

 龍二はそんなクラスメイトの様子を伺いつつ、誰とも話すことなく頬杖をついて気だるげに話を聞いていた。


 だそろそろホームルームが終わりそうな雰囲気になったところで、村刀は神妙な顔で「みんなに話がある」と切り出す。

 流れが変わったことに気づいた生徒のささやきが止む。


「あー、突然だが、明日このクラスに転校生がやってくる」


 その一言で静寂に満ちた教室がザワつく。

 どうやら先程の優の話してくれた噂は本当らしい。


 ちょうど教卓の前にいる優に視線をやると、「ほらな」と言わんばかりにニヤッと笑った表情が見えた。


「女子ですか?」

「なんでこの時期に?」


 興味の尽きないクラスメイトの何名かが記者会見のように質問を投げかけるが、村刀は面倒臭そうに短い髪を撫でる。


「詳しいことは明日のお楽しみだ。明日は通常通り授業があるから、夏休み気分のままで遅刻するなよ。以上、解散ッ」


 そのあっさりとした対応に質問をした生徒からブーイングが飛んだが、飽きると大半の生徒はそそくさと身支度を済ませて教室を出ていく。


 一定の興味はあるが、必要以上の干渉はしないし深入りはしない。

 そんなスタンスがよくわかる行動だった。


 龍二もクラスメイトたちに倣って鞄に荷物を詰めて帰ろうとするが、それを邪魔するように村刀から声がかかった。


「あと言い忘れてたが、ボランティア部の面々はちょっと残ってくれ」


 ピタリと動きを止め、龍二の向けた視線が村刀にぶつかると、彼はこちらに来いとばかりに手招きをする。


 嫌な予感を覚えながら身支度を済ませた鞄を仕方なく置いて教卓の方へと歩いていく。


 同じように優、理久、葵が村刀の元に集まる。


「突然で悪いが、ちょっと俺の代わりに仕事をやって置いてくれないか?」

「それ先生の仕事なんじゃないんですか?」


 間髪入れずに問う。

 他のメンバーもこのまま何事もなく帰宅できると思っていたので、それぞれに顔を見合わせていたが、そんな彼らを意に返すこともなく、村刀はマイペースに答える。


「俺は明日入ってくる転校生の手続きとかで忙しいの。それにどんな悩み事も解決する。それがお前ら、ボランティア部だろ?」


 龍二はその言葉に何も言い返せなくなる。

 確かにボランティア部はどんな人間の依頼も引き受けるし、それを掲げたのが誰でもない龍二たちなので今更言った本人がそれを曲げることはできなかった。


「じゃ、そういうわけでよろしくー」


 反論する者がいないのをいいことに村刀はそう言って、龍二に仕事内容が書かれたと思しき紙を渡すと爽やかに口角をあげて去っていく。

 その体育教師のようながっしりした後ろ姿を見ながら優が呟く。


「あとで復讐してやる」

「やめとけ。百万倍で返されるぞ」

「で、どうするんだ? どう見ても雑用だが一応僕たちの顧問だし、やるのか?」


 何か用事があったのか、未だに恨めしそうに視線を向ける優を制止しつつ、理久の言葉に龍二はため息をつく。


「部のモットーまで持ち出されたらやるしかないだろ」


 断ったら断ったでまた面倒な依頼を押し付けられそうなので、という本音は口に出さず龍二は渡された紙に従って歩き出した。

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