第4話 仲間とトラブル 1/2

 夕方。

 地平線に近づいた太陽が赤く色づく頃。


 龍二たちは担任の村刀から押し付けられた雑務を終え、六坂北高校の校門を出たところだった。


「あー、疲れた。結局こんな時間までかかっちまったよ」

「あの書類の束の整理は地味な作業だったな」

「確かにね」


 車が行き交う片側一車線に沿う歩道を下りつつ先頭を歩く優とその後方の理久がボヤき、葵が同意する。


 押し付けられた仕事は簡単な事務仕事だったが量が多かったため、こんな時間までかかってしまったのだ。


 村刀本人は転校生の手続きで忙しいと言ったが、それは半分の理由で残りはただ単に雑務が面倒臭いという本人の性格によるところだろう。


「なんかいつもより疲れてる? 龍二」


 斜め後ろを歩く突然葵がそう言い、龍二は驚きながら肩を回して返す。


「あぁ、昨日はちょっと寝つきが悪くてな。肩も凝ってるし」

「じゃあ私が揉んであげようか」

「いいよ。そこまで」

「ふふっ、よいではないかよいではないか」


 そう言って背後から葵が飛びかかってくるが、龍二はそれを上体を動かしてひらりと躱す。


 葵とは中学時代からの付き合いだが、今では昔からの知り合いである優たちと同じくらい仲がいい。

 ちなみに理久とは葵と同じ中学時代から、優に関しては小学校時代からといずれも付き合いの長い友人だ。


「イチャコラしやがって……、ラブコメじゃねぇんだぞ」

「なんか言ったか?」

「なんでもねぇよ」


 そんな旧知の仲である優に睨まれたが、その意図を理解できずに首を傾げる。

 何か気に触ることでもしたかな?


 何故か、理久が励ますような優の肩をポンポンと叩くが優は構わずお得意のおしゃべりを始めた。


「にしても、いくら奉仕の精神を掲げたところでこれだけ働いて報酬なしとか割りに合わねぇよ」


 彼らが所属、もとい創設までした六坂北高校ボランティア部は、無償の奉仕という名の活動を大前提としている。

 しかし本当に無償で働く人間などただの物好きか聖人くらいなものだ。


 なので、時には何かしらのお礼をもらうこともある。

 まぁ、そのほとんどは相手のご好意であり、特に泣いて喜ぶような代物という訳ではないことのほうが多いのだが。


「今度、労働の対価として昼飯でも奢ってもらうか」

「いいな。それ賛成だ」


 優が理久の提案に声を弾ませる。

 本人は半分面倒臭くてこんな仕事を押し付けているのだから確かにそれくらいしてもらってもバチは当たらないだろう。


「にしてもサナカナの奴らはズルいよな。新聞部の用事で逃げやがったし」


 口を尖らせる優に、そういえばこいつ新学期入ってから文句しか言ってないなと龍二ははたと気づく。

 葵が記憶を辿るように視線を宙にやって呟いた。


「いまは学校の七不思議を取材してるんだよね?」

「真夜中に動き出す人体模型とか、トイレから聞こえてくる謎のうめき声とか大方そういったものだろう」

「そんなどこにでもある与太話を記事にする暇があるんなら、もっと現実的なとこでその手を使ってもらいたいもんだな」

「仕方ないだろ。あの双子はボランティア部と掛け持ちしてるんだから」


 サナカナというのは同学年の新聞部員だ。

 ボランティア部設立の際、頭数として半ば強引に引き入れたのだが、新聞部という特性上、情報を仕入れるコネクションも多くボランティア部の活動でもそれは大いに役立っている。

 要は持ちつ持たれつの関係ということだ。


「いや、あれはどう見ても逃げただろ。人手が足りないってのに……大我は大我で夏休み中に停学食らってるし」

「獅童くん、なんで停学になったの?」


 葵の問いかけに優は肩をすくめる。


「さぁ、知らね。本人は何も言って来ないし大したことじゃないだろ。あと数日もすれば顔を出んじゃね?」

「だといいけど……」


 そんな雑談をしながら坂道を下っている間に、龍二たちは四つ辻の交差点へと出る。


 ここから優と龍二、理久の自宅へはそれぞれ交差点を左右に別れ、バス通学の葵はまっすぐ駅のほうに行かなければならないのだが優は理久の背中についていく。


「じゃ、俺は山科のとこで手伝いがあるから」

「また実験に付き合うのか」

「まぁな。お前は?」

「今日は駅前の本屋に用事だ」

「そうか、じゃあまた明日な」


 優は手を挙げて理久の自宅がある左の道へと進んでいく。


 別れた龍二と葵は駅へと向かう正面の青信号になるのを待つ。

 龍二と葵以外に人はおらず、時折車が目の前を通り過ぎていく。


「及川は駅バスだろ。送るよ」

「ありがと。でもいいよ。無理しなくても」

「無理なんてしてないよ。本屋も駅前にあるし、ついでだ」

「じゃあ……お言葉に甘えさせてもらおうかな」


 龍二の言葉に葵は嬉しそうに目を細めて微笑んだ。


 夕日に染まった空を背にして笑う彼女の姿はとても絵になるなと思って、龍二も自然と口元が緩むが同時に青になった信号に急かされるように歩き出す。


 駅は高校から十分もしないところにあって、二人で雑談しながら歩けばすぐに駅前に差しかかる距離だった。


 午後七時を過ぎても駅前は活気立っており、夕日に照らされた幅の広い道を子供の手を引く主婦が笑顔で歩いていたり、会社帰りらしいスーツ姿のサラリーマンたちが徒党を組んで居酒屋に入っていく姿が見受けられる。


「バスの時間は大丈夫か?」

「心配しなくてもこの時間帯ならまだバスはあるよ」

「そうなのか?」


 彼女の言葉に龍二はぎこちなく返す。

 普段高校まで徒歩か自転車で通学している龍二にとって、まったく乗る機会のないバスの時間帯などさっぱりである。

 葵はそんな龍二を見てくすくすと笑う。


「こんな会話、前にもしたよ」

「……そうだっけか?」


 視線を宙に彷徨わせながら記憶を辿ったが、こうして葵と歩いた覚えはあるのにバスの関する会話の覚えはなかった。


「龍二って変なところで忘れっぽいよね、あと鈍感」

「失敬な。僕だって――」

「聞いてんのか、ゴラァッ!」


 彼女の言葉に反論しようとした時、それを遮る怒鳴り声が龍二の耳に飛び込んできた。

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