第5話 仲間とトラブル 2/2

 耳に飛び込んできた怒鳴り声の方に目をやる。

 すると店の間にある細い路地で髪を派手な色に染めたいかにも不良っぽい男たちが固まっているのが見えた。


「とりあえず、持ってる金全部出せやコラッ」

「出した方が身のためだぜ。なっ、悪いようにはしねぇからさ」


 言葉の内容からしてどうやら小遣い稼ぎのために善良な市民を恐喝しているらしい。

 七人ほどのグループで、そのうち二人が行き交う人々を威圧しており、近くを通った人は面倒事には関わらないようにそれなりに距離を開けて避けていく。


「あれって助けた方がいいよね」


 不安そうな裾を掴む葵の問いかけに龍二は男たちの隙間から見える人物に目を向ける。


 白いパーカーにジーンズ姿。

 フードを目深に被っているのでその素顔は見えなかったが、細身のシルエットからして自分とそんな変わらない少女のようだった。


 彼女は不良たちに萎縮しているのか、微動だにしない。


「僕、ちょっと行ってくる」

「え!? でも……」

「大丈夫だって。ヤバかったらちゃんと逃げるから」


 龍二はそう言うと、何か言葉を紡ごうとする葵に気づかないフリをして不良たちの方へと歩き出す。

 冷静に考えれば警察に頼るのが筋なのだろうが、この程度ならボランティア部では日常茶飯事だ。


 見張りの不良たちがこちらに気づくが、龍二は目を閉じて右手の黒のリストバンドに触れてから不良たちの元に一気に駆け寄る。


「おい、なんだテメェは――」


 もちろん見張りがそのままにする訳がなく、不良の片割れが立ち塞がってこちらに手を伸ばしてくるが、龍二はそれをしゃがむことですり抜けて路地に入った。

 そして何事もなかったかのように片手をあげる。


「よぉ! 久しぶりじゃん! ちょっと失礼」

「あん?」


 不良たちが振り返るが、龍二は有無を言わさず、彼らの間を縫って少女の元へ入り込み、いかにも親しげに肩に触れた。


 同時に入ってきた方向にいる三人と反対側に立つ二人の顔や立ち位置を確認し、人数の少ない反対側からの脱出を瞬時に決定する。


「最近顔を出さないと思ってたら、こんなところにいたのかよ。心配したんだぞ」


 少女が「誰だ?」と言わんばかりにフードと長い髪の間から鋭い目つきでこちらを見る。

 龍二は視線を無視して肩に乗せた手を回し、不良たちに聞かれないように小さく耳打ちした。


「ここから逃げるから、僕に話を合わせて」

「…………」


 少女は値踏みするようにジッと見たまま無言を貫く。

 龍二はそれを了承だと受け取り、さっそく彼女に肩に腕を回した状態で路地から出ようと動き出す。


「なぁ、久しぶりだしそこらへんの店で話でも――」

「おいコラ。ちょっと待て」


 しかし不良たちもそこまでバカではなく、呆気にとられながらも路地を出て行こうとする二人を引き止めた。


 声をかけてきた男に目を向ける。

 金髪で他のメンバーよりも背が高い。どうやらこの不良たちのリーダー格らしい。


「おい、何者だ。兄ちゃん」

「こいつの同級生兼クラブの部員です。最近顔出さないから心配してたんですよ。ご迷惑おかけしました。失礼しますー」

「待てや、状況わかってんのか?」

「何がです?」


 引き止める金髪の隣――アロハシャツの不良に対し、何のことだと言わんばかりに龍二は首を傾げた。

 普段ならしないヘラヘラとした笑みを顔に貼り付けた状態で平然と話す龍二に不良たちは困惑の混じった表情で顔を見合わせたが、金髪のリーダーの男が再び口が開く。


「まぁ、いいや。兄ちゃんもここから通りたきゃ通行料渡しな」

「おかしいな。ここはただの裏路地のはずですけど」

「うるせぇんだよ、いいから出せやコラァッ!」


 少し頭の足りない善良な市民を装いつつも、龍二は内心で焦り始めていた。


 最初に目的としていた「有無を言わさず、路地からの脱出」作戦は突飛な行動で不良たちのスキを利用するつもりだったが、冷静になる時間を与えるほどそれは難しくなる。

 つまり、こうして言葉を重ねて時間をかけるほど、この状況からの脱出は難しくなるということだ。


 実際、最初は思惑通り困惑して手出ししてこなかった不良たちが、自分たちのペースを取り戻しつつある。


「もういい」


 威圧的な言葉に応対しつつ必死にこの場から逃げ出す代案を考えていると凛と短い声が響く。


 龍二が声の主に視線を落とすと、しびれを切らしたように少女が肩にかかった手を振りほどいた。


「ちょ、ちょっとッ!」

「いいから。さっさと出すもん出せやぁッ!」


 慌てて離れる少女の背中を捕まえようとするが、その前に金髪に襟首を掴まれてしまう。


 対する少女は自暴自棄になったのか、すでに路地の反対側にいるツンツン頭とピアスの不良たちに向かって歩いていく。


 このままでは捕まってしまう。

 だが次の瞬間、龍二の目の前で信じられないことが起こる。


「逃げ場はないんだ。大人しく、ぶっ――」


 ツンツン頭の言葉が不自然に途切れ、瞬間少女は彼の背後に立って脇腹に蹴りを叩き込んでいた。


「「「は?」」」


 龍二と金髪たちの声が重なる。


 皆が見ていたはずなのに誰も少女がツンツン頭の目の前から背後に移動するまでを捉えていなかった。


 まるで瞬間移動したかのような一瞬の出来事だ。


「ッ! やろッ……!」


 呆然としていたピアスの男が数秒遅れて飛びかかろうとする。

 だが、少女は上方へ跳躍すると飛び込んできたピアスの男の顔面を踏み台にしてさらにジャンプ。

 壁の凹凸に手をかけ室外機に飛び移りながら路地に着地し、そのまま大通りへと姿を消す。


 あっという間の出来事に龍二と不良たちは事態を飲み込めず呆然とする。


 しばらくすると、獲物に逃げられてしまったことを認識した不良たちの視線が自然と龍二の方を向く。

 その視線を感じ取った龍二は不良たちと目を合わせ、実にぎこちない笑みを作る。


「あのー……、見逃してもらったりとかしてもらえません?」


 ブチッと不良たちの血管が切れるような音がした。


「「「「「「ざっけんな、コラーッ!」」」」」」


 六人分の怒号が一斉に降りかかり、逃げることのできない龍二はその怒りの洗礼を受けることとなったのだった。

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