第6話 嵐の予感 1/2
次の日。
高く登った太陽の光を浴びる校舎に生徒たちが続々とやって来ては靴を履き替えて自分の教室へと足を運んでいる。
そんな朝特有の騒がしさに包まれる教室の端――自分の席に座る龍二の周りには優、理久、葵といつものメンバーが集まっていた。
「アハハハハハッ!」
「笑うなッ!」
一人で大爆笑する優にムスッと眉間に皺を寄せた龍二が一喝する。
その頰には青あざが、鼻には絆創膏が貼られており、切った口に広がる鉄の味に龍二は顔を歪ませた。
「だってこんなん笑うしかねぇだろ。助けようとした奴に生贄にされるなんて」
龍二本人から事の顛末を聞いた優は腹を抱えながら涙目で答える。
よほどツボに来ているらしいが、彼が笑えば笑うほど龍二のイライラが反比例して募っていく。
「ごめん、龍二。僕が警察にもっと早く警察に知らせておけば……」
「いや、及川のせいじゃないって」
イライラする気持ちを抑え、龍二は朝から落ち込んだ表情を見せる葵に言う。
昨日、助けようとしたフードの少女が逃走した後、葵がすぐに近くの交番に駆け込んで警官を呼んできてくれた。
おかげで龍二は軽傷で済んだのだ。
それを考えればむしろ恩人である。
だいいち、あの動きは目の前にいた龍二や不良たちですらも予想しなかった。
ましてや外から様子を伺っていた葵からすれば相手が龍二を置いて逃げ出すなんて想像すらできまい。
「それにしても壁をよじ登って脱出か。まるで忍者だな」
輪の中でひとり冷静に分析的な発言をしていた理久が呟く。
だが彼も少なからず友人の不幸を面白がっているようで、さりげなく口元をニヤニヤさせおり、視線が合うと口を隠しながら顔を逸らした。
「あれはどっちかと言えばサルだよ、サル」
龍二は嫌味を込めてそう返しつつ、少女の迷いのない動きを思い出す。
男の顔を踏み台にして飛び上がり、狭い路地裏に配置された室外機やそこから伸びるパイプ、時には外壁の僅かなくぼみに手足をひっかけて男たちの上を飛ぶように逃げる。
確かあの軽業師のような動きは龍二たちには思いつかないし、真似のできない代物だ。
結成してまだ一年も経ってないのに集まっている面子のせいでなんだかんだ厄介事に巻き込んだり巻き込まれたりするボランティア部としては、あのような人間はいざという時に役に立つ。
もしウチの生徒であったら迷わず勧誘しているだろう。
しかし
あのフード越しに見た鋭い眼光を思い出すだけでも龍二の中に沸々と怒りが湧いてくる。
そんなオーラを感じ取ったのか理久が別の話題を持ち出す。
「そういえば今日来るんだろう? 昨日言っていた転校生」
「あぁ、そういえばそうだな」
「どんな人が来るんだろうね」
「女子だといいな……。色々と妄想が膨らむ」
「そんなこと転校生本人の前で言うなよ。正直キモい」
「言わねぇよ。てか言えるか」
話がそうして仲間の不幸話から雑談に切り替わった頃、予鈴のチャイムが鳴り響き、教室の生徒たちがそれぞれ席につき始める。
それに倣って葵たちが龍二の席から離れると、測ったようなタイミングで村刀が教室に入ってきた。
「よーし、ホームルーム始めるぞーっと、龍二どうしたその傷」
「……なんでもありません」
いつものように黒板を背にした村刀がこちらの傷に気付くが、龍二は無愛想に答えて視線を逸らす。
まさか守ろうとした少女に逃げられた上に怒り狂った不良たちにボコボコに殴られました、なんて口が裂けても言えなかった。
そんな龍二の意図を汲み取ったのか、村刀とはそれ以上何も聞かない。
「まぁ。なんでもないのならそれでいいが……早速だが、昨日言った通り今日は転校生が来ている。待たせるのも悪いから早速紹介しよう。入ってきてくれ」
村刀のその言葉を待ってましたとばかりに扉が開き、教室に小さく歓声が広がる。
教室全員の視線を浴びながら転校生は毅然とした態度で村刀の隣に立った。
興味なさげに窓のほうに視線を投げていた龍二もチラッと横目で転校生の姿を確認する。
「なっ!?」
そして顔を見た瞬間、金魚のように口をパクパクさせた。
「彼女が新たにこのクラスの仲間になる。自己紹介を」
「姫宮詩音です。よろしくお願いします」
長く茶色っぽい髪が揺らした転校生――詩音はペコリと頭を下げる。
しばし沈黙が起こるが一人また一人とクラスから拍手が起こり、やがて教室を覆う。
だが、龍二は彼らとは別の意味で硬直していた。
なにかを言いたいのに言葉が出てこない。
疑問と困惑が頭を埋め尽くし、余計に思考は混迷を極めた。
何故なら黒板の前に立つ転校生はどう見ても、昨日龍二を置いて逃走したあのフードの少女だった。
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