第7話 嵐の予感 2/2

「間違いないのか? アイツがお前を置き去りにしたフードの女だって」

「あぁ、僕を生贄にした女だ」


 弁当をせっつく理久の問いかけに龍二は昨日フード越しに見たあの眼光を重ねながら忌々しげに購買のサンドイッチを一口食べる。


 センセーショナルな転校生の登場から数時間後。

 理久と優、そして龍二の三人は昼休みに屋上のフェンスを背に昼食を取っていた。


「まさか噂の転校生と龍二を置いていった奴が同一人物だとはな。でもアイツ、葵とか他の女子に話しかけられた時にあんまり嬉しそうじゃなかったな」

「確かに。喜ばしい感じではなかったな」


 自分の弁当に入ったハンバーグを頬張る優の呟きに理久が同意する。


 授業の間の小休憩中、詩音に席には好奇心旺盛な男女が取り巻いていた。

 特に女性陣は黙っていれば美人な詩音に強く興味を示し、噂を聞きつけて他のクラスからもわざわざ見にくる生徒もいた始末だ。


 そんな生徒たちから飛んでくる矢のような質問に詩音は答えていたが、それを自分の席から聞き耳を立てていた龍二は何か引っかかりを覚えた。


 返答がおかしかったわけではない。むしろ当たり障りのない平凡な答え方だ。

 しかし彼女自身の纏う空気や言葉には、どことなく他者を拒絶する雰囲気があった。


 それを無意識的に感じ取ったのか、ギャラリーたちはひとり、またひとりと彼女から離れていき、お昼前には彼女に話しかける人間はほとんどいなくなっていた。


 ここにはいない葵も実は彼女にアタックを仕掛けていたが、その結果は他の生徒と同じようにあたりさわりのない無難な会話だけをしたという。


「お前はどうすんだ龍二」


 彼女の午前中の様子を思い返していた龍二は弁当を食べ終えて立ち上がった優の問いかけで我に返る。


「悪い、聞いてなかった」

「だからあの転校生との付き合い方だよ。同じクラスでやっていくんだから、今後アイツとどういう形で向き合っていくのか決めなきゃいけないだろ」

「…………」


 そう言われて、龍二は無言で空を見上げた。


 空にはなんともいえない感情渦巻く心とは裏腹に抜けるような青空とその上を優雅に泳ぐ白い雲がたゆたっている。

 それらから視線を外して龍二は立ち上がると、校内へと戻って階段を下っていく。


「なぁ、なんかアイツをギャフンと言わせる手はないか」

「なに言ってんだよ。いつも一計を案じるのはお前だろ。俺たちは時にその計画に乗せられるピエロとなり、時に面白おかしく脚色するだけだ」


 後ろから同じように階段を降りてくる二人に訊ねると、優が呆れたような声でひねくれた意見を返してくる。


「言ってくれるな。でも、いつもいい案が出る訳じゃない」

「なんだ、お前らしくないな。じゃあ定番のあれでいくかッ!」


 優が龍二を追い抜いて二階と三階の間の踊り場に降り立つ。しかしそこで凍りついたように固まった。

 不自然に立ち止まる優の視線の先にはウワサの人物――姫宮詩音がいた。


 美人な印象を打ち消す目つきの悪い双眸がジッとこちらに向けられ、腰まで伸びた長い髪が同世代に比べて高めでスレンダーな体型に合わせて揺れる。


 そのまま詩音と龍二たちはじっと互いを見ていたが、先に詩音の方がクルリと龍二たちから目をそらして背を向ける。

 三人は口を噤んでその場から動かなかったが、耐えきれずに龍二は口を開いた。


「おい、なにか言うことがあるだろ」


 詩音の足がピタッと止まり、再びその目がこちらを向く。

 しかし先ほどとは違い、その目には胡乱げな感情が込められていた。


「…………なに? アンタとは初対面のはずだけど?」

「いや同じクラスだし……、それに昨日会ってる」


 そう言われて詩音は龍二の顔を凝視したが結局は首を傾げる。


 全く心当たりがない。

 そんな様子にじれったくなって、龍二は苛立たしげに言った。


「昨日お前を不良から助けた奴だよッ。昨日のことくらい覚えておけよ」

「……あぁ、あのガラの悪い連中の仲間じゃなかったのか」


 合点がいったとばかりの言葉に龍二は唖然とさせられる。

 さらに彼女は付け加えた。


「あいつらの仲間と思ったんだよ。そういう新手のやり口が増えてるからな」


 そういえば絶賛停学中の大我からそんな話を前に聞いたことを思い出す。


 襲われているところを助け、相手が安心したところで助けた男が本命の仲間がいるところへ案内するのだという。


 不良たちもずいぶんとちょこざいなことをするものだと思いながら聞いていたが、よもや自分がそう見られるとは夢にも思っていなかった。

 彼女の言葉に呆れと苛立ちを募らせながら、龍二は首筋に手を持っていく。


「それはわかった。なら、それはそれで言うべきことがあるだろ」

「弱いのに関わるからそういう目に遭うんだ」

「なに…………?」

「あんなの私ひとりでなんとでもできた。アンタがいなくてもね」

「だからって――」

「もういい。正直ウザい、私に関わらないで」


 ただでさえ鋭く目つきを険しくし、詩音はきっぱりとそう言うと身を翻して教室の方へと姿を消す。


「おいッ!」


 制止の声も聞かずに去っていく詩音を龍二は呆然と見つめるしかなかったが、彼女の姿が消えるといままで黙っていた理久が口を開いた。


「あれは筋金入りだな」

「どうする? 焚きつける訳じゃないけど、ここままやられっぱなしでいいのか?」

「……いいわけないだろ」


 理久の言葉に龍二は答える。

 さすがに今回の詩音の態度は許せなかった。


 向こうが自分を誤解していたことはいい。

 誰だって間違いはある。

 しかし、誤解していたなりに謝罪があってもいいはずだ。


 なのに、向こうに反省の気配は一切ない。

 ここまでコケにされては黙っているわけにはいかない。

 目には目を、歯には歯をである。


「理久、優、手を貸してくれ。いっちょ派手にやってやるぞ」


 龍二は彼女との全面戦争を決意する。


 半端な気持ちではアイツには勝てない。

 甘い気持ちは一掃しなければならない。


 彼は怒りの炎に目を爛々と輝かせた。

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