第8話 戦争の狼煙 1/3
放課後。
徐々に傾きつつもまだ明るい陽光を降り注ぐ下、校門からぞろぞろと生徒たちが出ていく。
しかし学校には生徒がちらほらと残っていた。
それは部活に打ち込む者や友人とおしゃべりに興じる者、大学受験に向けて勉学に精を出す者たちが大半だが、また別の目的を持って残っている者もいる。
いまの龍二がまさにそれで、彼はコの字型の校舎の一番南側――昇降口に通じる一階廊下に立って階段から降りてくる生徒たちを監視していた。
しばらく手持ち無沙汰にしていたが何かに目を止めると足早に階段を降りて昇降口の方へと駆け込む。
そのまま昇降口の手前、貸金庫のようにずらりと並ぶ鉄製の下駄箱の群れの一角へ向かう。
そこでは優と理久が廊下側の一番端にある下駄箱を開け、ごそごそと何か作業をしているところだった。
「来たぞ、準備は?」
「こっちもちょうど終わったぜ」
自信に満ちた顔で優が答え、三人は昇降口側の下駄箱の物陰に隠れる。
下校しようとしていた生徒から見れば、その姿は不自然に極まりないものだったが、本人たちはそんなのお構いなしだ。
なぜそんなところで挙動不審にしているか。
理由はもちろん詩音への復讐のためだ。
隠れながら龍二は優に訊ねる。
「仕込みは?」
「バッチリだぜ」
「理久、威力の方は大丈夫なのか?」
「安心しろ。ケガをしない程度には調整してある。せいぜい勢いよく扉が開く程度だ」
「上出来だ」
彼らが仕込みを施したのはもちろん詩音の下駄箱だ。
中身は靴ではなく、水とドライアイスの入ったペットボトルにすり替わっている。
ドライアイスとは固体の二酸化炭素の塊だ。
食品の保冷剤等で使われるものだが、氷と違って常温下では液体になることなく気体へと変化していく。
その時の体積は約七百五十倍にも膨張する。
つまりドライアイスと水の入ったペットボトルは時間が経てば経つほどパンパンに膨れ上がり、爆発するという寸法だ。
物陰に隠れながら龍二たちは下駄箱の列を見つめる。
場所は事前に調べて間違えようがないし仕込みも完璧。
あとは本人が来るのを待つだけだ。
やがて詩音本人が階段の方から現れた。
まさか即席爆弾があるとも知らず、自らの下駄箱まで歩いていき、そして手をかけようとする。
三人は固唾を飲んでジッとそれを見ていたが、不意に詩音の手が止まった。
怪訝な表情をする三人に対して、自らの下駄箱を捉えて動かなくなる詩音。
その顔は「なにか不自然だ」と言わんばかりに怪訝そうだ。
そんな時間がしばらく続いたため、隠れて様子を見守っていた三人は気づかれたのかと不安を抱く。
「どうする? 止まってしまったぞ」
「待て。もう少し様子を見よう」
「でも気づかれてたら早く取り出さないと。爆発しちまうぞ」
「アイツの目の前で取り出すワケにはいかないだろ」
下駄箱を開けもせず、だからと言って去りもしない詩音に龍二は唇を噛む。
もし気づかれていた場合、すぐに下駄箱のペットボトルを取り出して処理しなければならない。
だが、それには詩音が見ていない場所でという大前提が必要になるのだ。
目の前の選択しなければならない状況を前にして、龍二は決断する。
「よし。僕が詩音の気を逸らすからその間に爆弾を取り出せ」
そう指示を飛ばして彼女の元へ出ていこうと一歩踏み出す。
だがその瞬間、爆発音とともに目の前で詩音の下駄箱が空高く吹っ飛んだ。
「え?」
「は?」
「あ?」
色々な意味で予想と違う展開に声を漏らす三人。
宙に舞い上がった下駄箱は、物理法則に従って盛大な音を立てて詩音の足元に落下する。
目の前で下駄箱が爆発し変わり果てた姿となった事態に詩音は唖然としながら動けずにいたが、それは仕掛けた張本人である三人も同じだった。
「ちょっ……、どうなってんだ!? あれはやりすぎだろッ!」
我に返った龍二は仕掛けた二人をそう小声で問い詰める。
「バカな、計算ではあんな盛大に爆発するわけがない。優、お前分量間違えたんじゃないのか?」
「そ、そんなはずは…………あ」
首をブンブンと振って否定した優は作り方が書かれたと思しき紙を引っ張り出したが、なにかを思い出したような声を上げた。
「なんだよッ?」
「仕掛けの分量、間違えてた」
「バ、バカヤローッ! どうしてくれんだッ!?」
小声で怒りながら優の胸ぐらを掴んでグラグラと揺らす。
本来なら下駄箱の扉が勢いよく開く程度で詩音を脅かして終わるはずだった。
だが実際は小爆発どころか大爆発を起こして下駄箱は見るも無惨なスクラップとなる始末である。
そしてそんな不毛な争いをする三人にひとつの影が近づく。
「おい」
「いまこっちは取り込み中なんだよ、後にして――」
「いいからこっち向け」
ドスの効いた、だが聞き覚えのある声に龍二は体を固くし錆びついた機械のようにぎこちなく後ろを振りかえる。
そこには腕を組み、憮然とした表情で仁王立ちする詩音がいた。
「あれ、お前らの仕業か」
「いやッ、知らない知らない」
「こ、こんな、酷いことする奴がいるもんなんだなぁー……」
「ホ……ホントにそうだよなッ!」
乙女にあるまじき、蛇をも殺しそうな眼光に一同は息を飲むが、次の瞬間には全力で否定してしらを切る。
しかし声が上ずっていたり、変に視線を逸らしたりと明らかに不自然であった。
そんな彼らを詩音は数秒凝視し、優を指差す。
「そう。じゃあなんで私の靴持ってるの?」
「へ?」
全員の視線が優の手元に向く。
そこには動きやすさを重視したスポーティなスニーカーがあった。
どうやらすり替えた時に一緒に持って来てしまったらしい。
それを理解した時、龍二の全身からブワッと冷や汗が吹き出す。
「あ、あはは……。さっきそこに置いてあったから誰かの忘れ物かと思って…………」
苦笑いを浮かべながらそう弁解するが、詩音がそう思っているそぶりはまったくない。
それはそうだろう。
物陰に隠れてコソコソとしていた上に、自分たちは関わっていないと言いながら女子のスニーカーを持っているのだから。
こんなの誰がどう見ても確信犯である。
詩音が一歩踏み出す。
それに合わせて三人も一歩下がる。
大誤算だ。
内心で龍二は呟く。
罠を仕掛けたはずなのに、いつのまにかこっちが墓穴を掘って爆死している。
そして仕掛けられた本人はどう見ても怒っているし、謝って許してもらえる雰囲気でもない。
ならば、取るべき行動はひとつである。
「逃げろッ!」
同時に三人は詩音に背を向けて走り出し、昇降口から脱兎の如く逃げ出した。
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