第9話 戦争の狼煙 2/3

 詩音にイタズラがバレた彼らの取るべき行動――それは目の前の猛獣から一目散に逃げることだった。


 幸いと言うべきか、いつでも逃げられるような状態で隠れていたこともあって、昇降口から飛び出した龍二たちは校門へと向かう坂を一気に駆け降りる。

 もちろんすれ違う生徒の視線など無視だ。


「どうするんだよ!」

「僕に聞くなッ」

「いいから逃げろ! 捕まったらタダじゃすまないぞ!」


 走りながら龍二が答えると、危うく地面の凹凸に足を取られそうになる。


 六坂高校は山の斜面を切り開いて建てられた学校だ。

 必然的に学校敷地内の道も坂が多くなる。


 逃げる龍二たちからすれば、自分のペースで走れなくなるので、こういう時のために坂は無くすべきだと高らかに主張したかった。


「逃げるってどこま、グエッ……」


 最後尾を走っていた優の言葉が蛙の轢かれたような声とともに途切れる。


 目だけを後ろに向けてみると優が首根っこ掴まれた状態で引き倒されており、その隣にはこちらを睨む詩音がいた。

 どうやら逃走中に後ろから追いついた詩音にシャツの襟首を掴まれたらしい。


「ヤバい。優が捕まった! アイツ追ってきてるぞ!」

「勘弁してくれッ」


 追走する詩音の姿を時々確認しながら駆け下り、二人は校門へとたどり着く。

 しかし、運動が苦手な上に基本頭脳労働が主な理久はすでに限界で、膝に手をついて肩で息をしていた。


「龍二……これ使えッ」


 息も絶え絶えに理久はカバンから何かを取り出して龍二に渡す。

 手渡されたのは黒に赤のアクセントがつけられたシンプルなデザインのスケボーだった。


「昨日、優と作った……それ使って、逃げろ。僕は、もう無理……」


 そう言うと緊張の糸が切れたのか、理久は青い顔してそのまま地面に倒れる。


 できるならここで「仲間なんだから見捨てる訳ねぇだろッ!」と理久に肩を貸して少年マンガばりの友情を発揮すれば非常に燃えべきところなのだが……。


「サンキュッ! 絶対逃げ切るから!」


 残念ながら、今の龍二に観客ギャラリーを気にしている余裕などなく、渡されたスケボーに乗って駅前へと向かう坂を下る。


 スケボーは電動式らしく、龍二が乗った途端に下り坂も手伝ってどんどん加速していく。

 ちらりと後ろを確認すると、未だに詩音は追ってきていたが、さすがに電動スケボーには勝てる脚力はない。

 差がどんどん広がっていき、最後には見えなくなった。


 龍二はそれでも警戒を解かずに昨日理久と別れたいつもの四つ辻を突っ切ってしばらくスケボーを走らせる。


 そして何度も後ろを確認してからスケボーから降りる。

 そこは駅と四つ辻の間にある神社前だった。


 入念に詩音の気配がないことを確認してからスケボーの端を蹴り上げて神社の石段に腰掛けた。


「はぁー……しんどッ…………」


 荒れた息を整えながら呟く。

 途中から距離を稼げたとはいえ、校門までは必死で走っていたので心拍数は爆上がりだった。

 呼吸を整えながら龍二は他の二人のことを思う。


 二人はどうなったのであろうか。

 流石に拷問まがいのことはされていないと思うが、問い詰めるくらいはされているかもしれない。


 そんなことを考えているとふと鼻につく匂いが背後から漂ってくる。


 神社の本殿の方から流れてくるそれが気になって立ち上がる。

 遅れてその匂いの正体がタバコのヤニの匂いだと気づくと同時に神社の裏手から複数の足音が聴こえてガラの悪そうな不良たちがゾロゾロと現れた。


 奇しくもそのグループは昨日、ボコボコにしてくれた不良グループだった。

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