第10話 戦争の狼煙 3/3

「あ! お前、昨日の!」

「げッ!」


 人気のない神社でタバコでも吸っていたであろう不良たちが龍二の顔を見るなり声を上げる。


「あぁ、もう最悪だッ……!」


 思わず呟くと、不良たちがアクションを起こすよりも先にスケボーに乗って再び逃走を開始する。


「あ! 待て、コラァッ!」


 案の定、不良たちは逃げる龍二の後を追ってくる。

 しかし詩音の時とは違って距離が近かったため、気を抜けば追いつかれそうだ。


「間が悪すぎるだろうがよ、チクショーッ!」


 悪態をつきながら龍二は自分の運のなさを呪う。


 だいいち、なぜ人間は逃げるものを追いかけるのだろうか。

 不良たちにせよ、あのまま穏便に放っておいてくれればいいものを。


 そんなことを考えていたせいか、道路を横断するようにかかる側溝にタイヤをとられる。


 大きくバランスを崩した龍二はそのまま放り出されるように転倒しアスファルトの上を数回転ほどして転がってから停止した。


「ははッ! ダセェ、転けやがったぜッ」

「俺たちから逃げるからそういうことになるんだよ」


 大の字になって空を見上げる姿に不良たちの下世話な笑い声をあげる。


 龍二は転倒のおかげで頭がクラクラとし立ち上がることができない。

 たとえ立ち上がったとしても、今の状態では身体能力の劣る不良たちにも負けるだろう。


 …………奥の手を使うか。


 そんなことを考えた龍二だったが、すぐにその考えを否定する。


 使えば自分は特に何の被害もなく、この場から去ることができるだろうが、代わりに不良たちが病院送りになるだろう。

 それで後で訴えられたら本末転倒だ。


 仕方ない。

 ここは勝手に奥の手が発動しないように祈りながら、小突かれるしか……。


 と考えて龍二は不良たちの足音が途切れていることに気づく。


 不思議に思ってピリピリとする顔を上げると、いつの間にやってきたのか龍二と不良たちの間を塞ぐようにして詩音がその場に立っていた。


「お前…………」


 龍二の言葉に答えることなく、詩音は不良たちと相対する。

 突如立ち塞がった彼女に不良たちは怪訝な表情をしていたが、その中の一人が気づく。


「お前ッ、昨日の猿女かッ!」

「こいつは私が追ってんだ、邪魔すんな」

「なんだ俺たちとやりあおうってのか」


 妙に落ち着き払った詩音の言葉など聞こえていないかのように不良たちは威勢良く言葉を吐く。

 彼らの態度から交渉の余地はないとみたのか、小さくため息をついて詩音は鞄を龍二に投げ渡す。


「持ってろ」


 そして右手を腰にやると、巻いたベルトに沿うように取り付いている長さ二十センチにも満たない黒いバトンのようなものを手に取る。


 黒のつや消しが施されたそれは、一目見ただけではちょっと色の変わったリレー用のバトンにも見えなくもない。


 龍二も最初、それが何かわからなかったが、詩音が手首のスナップを効かせてバトンを一振りすると、カシャンッという音と共に掴んでいた柄が倍くらいの長さに伸びたのを見てそれが伸縮式の特殊警棒であると理解した。


 詩音は左手を前に出し、警棒を持った右手を体に寄せて引く。


「昨日のお礼参りだ。やっちまえッ!」


 チームワークも連携もなく問答無用で襲いかかってくる不良に対し、詩音は動かない。

 そしてあと数歩で不良たちの手が詩音に届く距離に入った距離で、光を切り裂くように漆黒の警棒が閃いた。


「がッ!」

「ひゅッ!」

「おぅ……」


 奇妙な呻き声とともに、最初に突進してきた不良三人がほぼ同時に倒れる。

 それを見た他の不良たちは一瞬何が起こったのか分からないような顔で足を止めたが、詩音はそんな不良たちへと切り込んでいく。


 その戦い方は非常に洗練されていて、基本は一撃必殺になり得る首を狙いつつ、無理なら手足――特につなぎ目である関節などを重点的に狙って戦闘不能に追い込んでいる。

 大勢の男を前に怯むことなく警棒を振るうその姿には一点の迷いもなく手馴れ、そして美しいものだった。


 だがその挙動をすべて目で追っていた龍二は彼女が時々、瞬間移動でもしたかのような不自然な動きを見せることに気づく。

 その光景をじっと見ながら昨日、逃げ出した時の彼女の不自然な挙動を龍二は思い出す。


 まただ。

 あの一瞬姿が搔き消えるような現象。

 瞬きする程度のほんの僅かな時間に生まれるズレ。


 視覚と触覚を通して感じるその違和感をシンプルな言葉に変換できずに龍二がモヤモヤとしている間に、詩音は最後まで意識を刈り取られなかった不良の首筋に警棒を叩き込んでいた。


 詩音が振り向いてこちらに近づいてくる。

 次は自分の番かと思いながら、龍二は覚悟を決める。


 こちらは罰せられるべきはずなのにむしろ助けられてしまったのだ。

 なら、警棒を叩き込まれるくらいの痛い目はみるべきなのかもしれない。


 だがしかし、そんな覚悟とは裏腹に詩音は警棒を縮めてベルトに戻すと龍二の持っていた鞄を手に取る。


「疲れた。もう帰る」


 そう言い残して、詩音は龍二に背を向けて痛みに呻くか気絶した不良たちを跨ぐように駅の方へと歩いていく。


「お前って、もしかして……」


 龍二は呆然と見送るしかなかったが、詩音の不自然な挙動を思い起こしながら聞こえるはずのない呟きを遠くなる背中に投げかけた。

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