第11話 姉からの依頼 1/2

 次の日。

 昨日の騒動から一夜明け、龍二と優はこの時期の早朝独自の涼しさの中、学校へと至る坂を登っていた。


 優の右顎には絆創膏、龍二に関してはおとといのケガに加えて新たに頰に擦り傷を増やしており、両者はゾンビのような重たい足取りで歩いている。


「おはよ龍二、優……ってどうしたの二人とも? また傷増えてるね」


 そんな辛気臭いオーラを放つ二人に合流した葵が怪訝そうに訊ねる。

 いつもと変わらない彼女の姿を一瞥してから、優は龍二を指差した。


「詳しくは隣のやつから聞いてくれ」


 葵の視線が龍二のほうを向き、彼はげんなりとした調子で答える。


「別に……猛獣の尻尾踏んで痛い目にあっただけだよ」

「もしかして、姫宮さんのこと?」

「よく分かったな」

「分かるよ、それくらい。いつも見てるし……」


 照れたように顔を俯かせて葵は答える。

 普段から一緒に行動する機会が多いのだからそれくらいは見抜かれるか、と龍二は内心であっさりと片付けてしまう。

 切り替えるように葵は訊ねた。


「で、なにしたの?」


 そこからは優がいつものお喋りな口で事の顛末を語り聞かせる。

 もっとも、これからその暴君な姫さまのいるであろう学校に向かうためいつもより声のトーンは低めであったが。


「へー、じゃあ、その傷は別に姫宮さんから直接つけられたものじゃないんだ」

「……まぁな」


 葵の言葉に二人は渋々頷く。


 昨日の一件では散々追いかけられたものの、詩音は最後まで龍二たちに何かしらの直接的暴力を振るうことはなかった。

 龍二と優の傷が増えたのは互いに自らの過失で負ったものである。


 ちなみに途中でバテてリタイアした理久も特にケガなどはしていないが、今日は筋肉痛で学校は欠席するらしい。


「ちょっかいをかけるのはいいけど、無茶だけはしないでね。龍二」

「……あぁ、分かってるよ」


 事の顛末を聞いて困ったようにはにかんだ葵の言葉にバツが悪そうに視線を逸らす。

 まるで母親に隠し事が見つかった子供のような気分になるが、アレがちょっかいのレベルで済むあたり普段からどれだけのことをしているのかが窺えた。


 そんなことを話しながら三人が校門に近づくと妙に校門前がガヤガヤと騒がしいことに気づく。


「なんだ?」


 優が呟くと同時に龍二は校門前に停車している一台のミニパトの姿を視認する。

 ついでに言えばその車体に寄りかかる一人の婦警の姿も。


「ねぇ、龍二。あれってもしかして……」

「……ご明察」


 げんなりした声で応じつつ制服をきっちりと着こなした婦警のほうへと歩いていく。

 途中で相手もこちらのことに気付いたようで婦警はニコニコと笑みを浮かべた。


「おはよう龍二。ひどい顔ね」

「ほっといてくれ。こんな目立つ場所で一体なにしてんだよ」

「自分の母校を訪れちゃ悪い?」

「こんな朝っぱらにパトカーと仕事着姿で無ければね」


 こんな朝っぱらから校門前に現れたミニパトとそれに寄りかかるスカート姿の婦警を見て驚かない者などほとんどいないだろう。

 まさにいま校門を通り過ぎる生徒のいらぬ注目を浴びているし、中には足を止めてヒソヒソと話し出す者までいる。


 要件を済ませて早くここから立ち去ってもらおう、と思いながら龍二は切り出す。


「……で、何の用だよ。姉さん」


 嫌そうな顔で問いかけられた龍二の姉――大神律子は後ろのミニパトを指差した。


「ここで話すのはあれだから、とりあえず一緒に来てもらえる?」

「嫌だよこれから授業なのに。だいいち、こんな目立つところにパトカー止めて嫌がらせかよ」

「回りくどいのが嫌いなだけよ。さっさと乗って、拒否権ないから」


 そう一方的に律子は言いつけると、腰の手錠をトントンと指で叩く。


 どうやら、嫌がるなら手錠をしてでも連れて行くという意味らしい。

 昔から変わらないその強引さに辟易しながら、龍二は近くで様子を見守っていた葵に告げる。


「そういう訳だから葵、先生に伝えといてくれ。大神龍二は姉貴に連れて行かれたって」

「う、うん。それはいいけど……」

「じゃあ、頼む」


 そう言って龍二は嫌々ながらもミニパトの後部座席に乗り込む。


 言付けを頼んでミニパトに乗り込むその姿はどう贔屓目に見ても婦警に補導される非行少年にしか見えない。

 さらに言えば、律子がご丁寧に後部座席のドアを開けてくれるものだから、その印象がより濃くなる。


 先程まで律子を見ていた視線が自分に注がれているのを意識しながら龍二は今すぐ弁解したい気持ちに駆られたが、そんな選択肢を奪い去るようにミニパトは発進する。

 車内でできるのは、絶対にあらぬ誤解を生んだなと窓越しの視線を浴びながら黄昏れることだけだ。


 しかし、この時彼は気付いていなかった。

 これを見ていた一人の仲間によって自分の予想を超える大きな波紋を呼ぶことになるなどとは。

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