第12話 姉からの依頼 2/2
「学校はどうなの?」
しばらく住宅街を走り、同じ制服姿の生徒を見かけなくなった頃。
信号待ちの車内で律子が問いかけられる。
ちなみに律子は現在龍二の暮らす実家を離れて一人暮らしをしており、時たま家に帰ってきたりはするが基本日常生活で一緒になることはなかった。
姉の迷惑千万な行動のせいで、朝からとんだ見世物にされたショックから立ち直りつつある龍二はそっけなく答える。
「別に。いつも通りだよ」
「一緒にいた女の子はもしかして彼女さんかしら?」
「ただの友達だよ」
龍二がシンプルに答えると、同時に信号が青になり車が走り出す。
ハンドルを握りながら律子はバックミラー越しに意味ありげな笑みを口に貼りつけ、こちらの反応を伺う。
「なんだよ?」
「いや、ただ私にはそうは見えなかったけどね」
その言葉がどういうことか理解できず龍二は首を傾げたが、これ以上私生活をあれこれと詮索されるのはごめんなので話を切り替える。
「世間話するためにわざわざ連れ出したのか」
「姉が家族の心配しちゃダメ?」
当然とばかりな律子の言葉に思春期真っ盛りな龍二は不機嫌そうに眉を寄せた。
もちろんその言葉が彼女の性格から出たものであることは家族である龍二にとっては分かっていたが、姉との差がそれを阻む。
大神律子は高校時代、全校生徒から憧れるような人望ある成績優秀な生徒会長であり卒業後は警察官になるという実に真っ当な人間の生き方をしている人間だった。
天は二物を与えず、というが律子にはその限りではないらしい。
どちらかといえば凡庸な部類に入る龍二とはまた別種の存在だ。
「学校があるんだ。早く話を済ませてくれ」
自己嫌悪に陥りそうになっているのに気付いた龍二はブンブンと首を振って話を先に進めようとする。
そんな反応に苦笑しながら律子は本題を切り出した。
「いま巷で起きてる連続強盗事件のことは知ってる?」
「最近よくニュースで取り上げられてるやつだろ。ウチの生徒の間でも話題になってる」
おととい、始業式のあとに優がそんな話題を振ってきたなと頭の片隅で思い出す。
確か事件が始まったのは丁度、龍二たちの夏休みが始まる頃だ。
いままで起きた件数は六件。
ニュースでは手口が同じなので同一犯として報道されており、最初の事件からほぼ一週間おきに街の宝石店やブランド品の取扱店などを襲っては金品を強奪している。
街の特色もあってか、事件の半数が二区で起きていた。
「警察の方でも捜査はしてるんだけど、なかなか進展しなくてね。被害は大きくなる一方だし」
「姉さん、生活安全課でしょ? 強盗事件も担当してんの?」
龍二の記憶では、律子は防犯や保安活動が主な生活安全課に配属されているはずでそういった刑事事件とは縁遠いはずである。
「細かいことは気にしなくていいの。それで要件はその捜査に協力して欲しいの」
しかし律子はそう言って龍二の疑問をはぐらかす。
そのことを気にしながらも、龍二は依頼を理解して頷く。
普通なら一介の学生が警察の捜査に加わるなどありえない話なのだが、龍二たちボランティア部はある特殊な事情で警察と協力関係を結んでおり、律子はその窓口になっている。
もちろん「協力」という形なので、そこまで大掛かりなことはせずに情報収集などの後方支援的な役回りが多いことに表向きはなっているが、ボランティア部に集まっているメンバーがメンバーなので、正直「協力」で済むことはあまりない。
「とりあえず捜査協力をすればいいのは分かった。で、具体的には?」
「あなたたちの情報網とその嗅覚で是非とも事件の犯人を特定、もしくは証拠を掴んで欲しいのよ」
ボランティア部と警察が手を組んでいるのにはいくつかの理由があるが、そのひとつに広い人脈がある。
龍二を筆頭に所属している部員は癖が強く、様々な分野の人間がいるので、その分情報収集には持ってこいなのだ。
このシステムだけを見れば、ちょうど刑事ドラマで刑事が引退した犯罪者などの伝手を頼るのと同じものである。
まぁ、頼っているのが現役の学生なので立場は大違いだが。
「でも僕らに依頼してくるってことはそれだけじゃない。あれも絡んでるってことでしょ」
龍二の核心を突くような言葉に律子は賞賛の意味を込めて右手の指を鳴らす。
「そういうこと。でももう一つ、犯人たちがあんたたちに年が近いっていうのもある」
「犯人の顔分かってるのか」
「ほとんど顔隠してたけどね。この前の犯行の時に店の防犯カメラに写ってくれたの」
そんな情報は初耳だった。
おしゃべりだがそれなりに情報通な優も言っていなかったことなので、本当に捜査をしている警察だけが知っている情報なのだろう。
とんでもない重要情報をさらっと口走った律子はそのまま続ける。
「犯人は五人グループで行動、特に大した機材もなしに壁面に大穴を開けて、お金になるようなのをごっそり持って行ってる。こっちでも情報は集めてるけどやっぱり限界があるし、あなたたちみたいな同世代のコミュニティからもアプローチしてほしいのよね」
龍二はため息をつきたくなった。
要は手がかりがないから手当たり次第に当たっているということだ。
「毎度毎度、よくも人を犬みたいに使ってくれるよ……」
「あら、これでも
ため息の代わりに吐き出した龍二の嫌味を意にも返さず、律子は笑みを作ってやり過ごす。
その余裕な素振りを見ていると、姉の手の平で踊らされているような気分になるし、実際そうなのだから実に言葉にし難い居心地の悪さだ。
それを感じ取ったのか、律子はガラッと声の調子を明るくして訊ねてくる。
「それにしても、その傷誰にやられたの? タイマンでもしたワケ?」
「関係ないだろ。ただ姫宮詩音っていう転校生とやりあっただけだ」
龍二は即答した。
デフォルトの時でさえ、詮索好きな姉に質問にこれ以上答えていれば龍二の心の防壁はとことん蹂躙され、丸裸にされてしまうだろう。
何故、みんな人の傷口を開こうとするんだ、と内心でボヤきながら窓の景色に視線を逸らす。
ミニパトはすでに学校近くの住宅街を離れ、街の中心へと向かう大きな幹線道路を走っている。
しかしハンドルを握る律子はまったく別のことを考えていた。
「ヒメミヤシオン……姫宮詩音……。どっかで聞き覚えがあるような……」
そう呟きながら律子は記憶を辿るように眉を寄せて首を傾げる。
龍二としては、この詮索好きな姉と二人きりという気まずいこの空間から早く逃れたくて仕方がない。
「これで用は済んだんなら降ろしてくれる? 学校近くでいいから」
「残念ながらそれはできない相談ね。このまま警察署まで来てもらうわ」
律子の返答に龍二は怪訝な表情をする。
「……なんで? 警察の厄介になるようなことはしてないはずだけど」
「昨日、不良に追われたでしょ。あと同じ学校の生徒からも」
忘れる訳がない。
それのおかげで顔の傷が増えたのだ。
だが、追いかけてくる人間から逃走していただけで別に法を犯すようなことはしていない。
それとも追いかける人間から逃げるのが犯罪だとでもこの姉は言い出すのだろうか。
龍二がそんなしょうもないことを考えている間に律子は続ける。
「ウチの所轄の交番がたまたま見かけてね。アンタ逃げる時に電動スケボー使ったでしょ」
「それがなんだよ」
「スケボーは交通の頻繁な道路における使用が禁止されているのよ」
「……は?」
一瞬何を言われたのか理解できなかった。
だがしかし、徐々に脳の理解が追いつくにつれて龍二は頭を抱える。
「というわけだから大人しくお姉ちゃんに補導されなさい」
律子は目前に迫った警察署を前に愉快そうに言った。
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