第13話 白昼の宣戦布告 1/3

 警察署での厳重注意を終えた龍二が学校へ戻ってきたのは午前中の授業が終わりちょうど昼休みに差し掛かる頃合だった。


「はい、以後気つけますー。失礼しますー」


 生徒たちが購買パンや弁当などを好きな場所で開けている中で、龍二は事なかれ主義の中間管理職のようにヘコヘコしながら職員室のドアを閉める。


 警察でこってり絞られて学校に戻ってきたと思えばどうやら警察の方から連絡が来たらしく、今度は学校側からの呼び出しと指導を受けたのだ。

 龍二はすれ違う楽しげな生徒たちを見つめ、ため息をつく。


 警察と学校という二つの機関からネチネチと指導されて午前中からいままでの時間潰したのだから、彼がうんざりしたように気だるげな表情をするのも仕方ない。

 しかしそんな彼に追い打ちをかけるように階段の方から優が慌ただしく廊下を走ってきた。


「龍二、大変だぞッ。早く来いッ」


 挨拶も労いの言葉も無しにそれだけを言うと、再び来た道を戻っていく。


 正直いまは放っておいてくれ、と龍二は言いたかったが、優の慌てた様子にただならぬものを感じて後を追う。


 職員室のある中央棟の一階から二階への階段を駆け上がり、そのまま北館へと移動する。

 二階の廊下に出ると、すれ違う生徒たちの視線が龍二のクラスのほうに向けられており、その先にできた人だかりからは怒鳴り声らしきものが聞こえた。


「テメェのせいでダチが朝からパトカーに連れてかれてんだ。どう責任取ってくれんだ。あぁ?」


 近づくにつれて明瞭に聞えてくる声に龍二は人だかりの身を滑り込ませて進路を確保する優を捕まえて言った。


「この声ってまさか大我か!? もう停学が解けたのか?」

「あぁ、アイツのおかげでとてつもなく面倒なことになってるぜ」


 優がそう言うと同時に人だかりが消え、二人の男女を囲むように観客が集まっている。


 ギャラリーの注目を集める中心の男女のうち、片方の髪を跳ねあげた少年――獅童大我がものすごい剣幕で怒鳴っており、彼と向き合うようにして詩音が立っていた。

 龍二はその絵面を目にしても目の前で一体なにが行われているのか理解できず、すぐに隣の優の腕を掴んで尋問する。


「おい、どうなってるッ! なんで大我がアイツにケンカを売ってんだよッ」


 問いかけに対し、呆れ半分申し訳なさ半分といった様子で優は口を開く。


「それがな……。今朝お前が姉貴に連れて行かれるのを大勢の奴らが見てただろ。それで、昨日の一件を絡めて『転校生にケンカを売ったせいで捕まった』っていう噂が広まって、それを大我が鵜呑みにしちまったんだよ」

「なら誤解だって言って止めろよッ!」

「そう言って止まるようなやつだと思うか? あの単細胞が」


 優の返しに龍二は大我に目をやってから黙り込む。


 制服のシャツのボタンを開け、前髪を跳ねあげた大我は言わずもがなの不良である。

 不良と言っても、殴り合いもしたことがないのに底辺生徒から金を巻き上げたり、イチャモンをつけるような調子乗った小物ではなく、ガチのケンカや殴り合いなどの修羅場を経験してきた本物だ。


 彼は市内でもピカイチに治安が悪く、絶滅危惧種ではないのかと疑われるような不良たちが跋扈している六区に住んでいる。

 乱闘やケンカが日常茶飯事に起こる地域で大我は、入学した中学でたった数ヶ月の間に腕っぷしだけで学校のトップに登りつめ、卒業までその地位を譲らなかった人間なのだ。


 それが何故こんな地元から離れた学校に通っているのか、どのようにして仲間になったかは置いておくとして、龍二は二人の口論をどう止めようか考える。


 頭に血が上っているのかどう見ても大我は周りが見えておらず、ちょっとでもスイッチが入れば今にも殴りかかりそうだ。

 もしかしたら、周囲にこれだけの人が集まっていることにすら気づいていないかもしれない。


 対して詩音は無言ながらいかにも面倒臭そうな表情を隠さずに相手をしている。

 反論はしているようだが、正直すぐにこの場を去りたいという態度が余計に大我の怒りに油を注いでいるようだった。


「俺と戦えッ! さっきから人形みたいに黙りやがってッ、拳で決着つけてやる」


 龍二が状況を把握しようとしている間に大我がそう言って詩音に一歩近づく。


「ちょ、待てってッ!」


 さすがにマジな空気を感じ取った龍二は観察を止め、咄嗟に二人の間に割って入った。

 突然割って入ってきた彼の姿に程度の差はあれど、両者が驚いたように目を見開く。


「僕は大丈夫だから。警察と学校から注意されただけだから、もういいって」


 そう落ち着いた口調を意識して龍二は両者、特に怒り狂っている大我を必死で制止する。


 普通の生徒からすれば、警察と学校の両方から注意されれば深く反省するものだが、龍二にそういったオーラは感じられない。

 何故かと言えば、彼らはそういった普通から半歩はみ出したところにいるからなのだが、本人である龍二にはその自覚がなかった。


 そんな自覚なき龍二はそう言って説得を試みたが、面倒だとばかりに大我が首を回す。


「どけッ、理由はともかくそいつはケンカを買ったんだ。ここからは俺とコイツの話だ」

「だからってそういうのは良くないだろ。だいいち、大我が僕のために怒ってくれてるなら、ここは俺に免じてここは引いてくれよ。な? お前もそう思うだろ?」


 同意を求めるように、龍二は詩音に声をかける。

 彼女の性格なら話がこじれるのを面倒臭がるはずだと踏んだからなのだが、予想を裏切るようにクールに言い放つ。


「私はいいよ。その勝負受けてやる」

「……は? お前なに言って……」

「口で延々と口論するよりは実力で決着をつけるほうがずっといい。私もシンプルな方が好きってだし。それにアンタの友人は受けないと収まりがつかないみたいだけど?」


 そう言われて龍二は大我の方をちらりと窺う。

 大我は頭に血が上っているせいもあってかまったく引く気配がない。


 彼は一度決めたことは曲げない頑固者だ。

 それがここまでコケにされて黙っているはずがなく、自分の意見は最後まで主張するだろう。


 龍二は考える。

 この状況を打開するための策を。

 そして考えた末に彼はこの争いを収めるある結論を導き出した。


「わかった。僕が彼女と戦おう」


 キョトンとした表情で詩音が目を瞬かせる。


「正気?」

「元はといえば、僕が君に近づいたのが原因だ。ならケリも僕たちでつけるべきだ。それに――」


 と言ってから龍二は押し込めていた感情を発露するように睨みながら言った。


「僕もやられっぱなしで色々と溜まってるもんがあるんでね」

「……いいよ、受けてやる」


 龍二の表情を見て本気であると悟ったのか、詩音はこれまでのやる気のない態度を改めて獰猛な笑みを見せ、龍二は彼女にだけ聞こえるように近づいて静かに耳打ちした。


「じゃあ、今日の放課後。十六時に屋上で決着つけよう」

「わかった。この前みたいに逃げるなよ」


 そう言い残すと、詩音が龍二たちに背を向けて去っていく。

 合わせるように人だかりが自然と割れ、廊下を歩いていく詩音の姿は見えなくなった。


「さぁ、このことは他言無用だ。わかったらさっさと散れ散れ!」


 芝居がかった仕草で優が集まっていたギャラリーを散らしてくれる。


 あまり長い時間固まっていれば教員や風紀委員などに知られてしまうため、ものの一分としないうちにギャラリーは消え、廊下にいつもの騒がしさが戻ってきた。

 その場に残ったのは龍二、優、大我の三人で、やり場のないエネルギーを残した大我が龍二に食ってかかる。


「龍二ッ! なんで止めた」

「止めるに決まってるだろッ。こんな白昼堂々廊下でケンカ売られてたまるか。ついでに言えば、お前は停学明けで首が危ないってのに自分の身を危険に晒してどうするんだよ」

「そ、それは……」


 痛いところを突かれ、威勢の良かった大我が一気に小さくなる。

 よく言えば仲間思いで正直、悪く言えば猪突猛進なバカである彼に小さくため息つきながら、龍二は切り替えて話を進める。


「とにかく、二人に頼みがある。いますぐ理久の家に行って、アイツを引っ張り出してきてくれないか? アイツの目が要る」

「おいおい、それってアイツが能力者だってのか」


 割って入ってきた優の言葉に龍二は頷く。


「それを確かめるんだ」

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