第14話 白昼の宣戦布告 2/3
放課後。
龍二は屋上への階段を登っていた。
意識せざるえないほど心臓の音が強く聞こえ、じわりと汗で濡れる手を動かす。
機械のようにただ動かしている足も、緊張のせいか震える感じがある。
だがそんな足で歩いても北館屋上までの道のりは問題なく進み、龍二はあっさりと屋上のドアを前に立ち止まる。
生きた心地がしない。
まるで死刑台に登らされる死刑囚の気分だ。
だが、ここで決着をつけておかないと後々こじれるのは明白だし、龍二自身もスッキリしない。
気は進まないがやるしかないのだ。
深呼吸を一つして気持ちを整え、龍二はドアを開く。
以前、屋上で昼食を取った時と同じように抜けるような青空をもって屋上は出迎えてくれた。
遠くに大きな入道雲の浮かんだ青空に風化によって少しざらついた屋上。そしてフェンス。
何ひとつとっても平穏な屋上の風景だ。
しかし視線を正面に移せば、屋上の真ん中にはポツリと詩音が立っており、ゆっくりとこちらを振り返る。
「……遅い」
「ごめん。準備に手間取った」
龍二は謝罪の言葉を口にした。
屋上は事前に大我たちに人払いを命じていたので野次馬はおらず、屋上には詩音と龍二の二人だけだ。
「面倒なのは嫌いだ。さっさと済ませよう」
「僕もそれに関しては同感だ。でもできるなら、平和的解決を模索するって案は――」
「あるわけないだろ。だいたい提案してきたのはそっちだ」
そう言って詩音は構わずに身構える。
ごもっともな意見に龍二は苦笑するしかない。
「だよね。じゃあ早速――」
相手に平和的和解の意思がこれっぽっちもないことを悟りルールを説明しようとした時、突然詩音の姿が搔き消えると同時に彼の視界が真っ暗になり、気がつけば視界には澄んだ青が広がっていた。
頭がガンガンする。何が起こった。
龍二は突然の鈍痛に見舞われながらも遠ざかりそうな意識で理解に努めたが、気付いたのは自分が仰向けになっており、青空を見上げていることだけだった。
そんな龍二を詩音は観察するようにじっと見る。
詩音は反応する暇もなく一気に距離を詰め、龍二の顔面に掌底を見舞って吹っ飛ばしたのだ。
だが喰らった側がそんなことが分かるはずもなく、心身ともにロクな構えをしていなかった龍二は勢いよく背中から地面に倒れ、仰向けになったまま意識を途切れさせてしまう。
不意打ちなワンパンを決めた詩音は油断なく視線を注いでいたが、数十秒経っても倒れたままなんの反応も示さない龍二からついに視線を外す。
「……私の勝ちだな」
呟いて、詩音は彼に背を向けて逆の方向にある塔屋のドアへと歩き出す。
もし他人が見ていればこの戦いは無効だというかもしれないがそんなこと言う人間はここにはいない。
「……ッ!」
しかしちょうど半分くらいまで歩いた時、ゾクリと悪寒が詩音の背中を貫き、本能に従って横へ飛んだ。
それと入れ替わるようにさっきまで詩音がいた場所を鋭い蹴りが通り抜ける。
そのまま詩音は十分に距離を取ってから、蹴りを放った相手を睨む。
「あー痛てぇ……まさか不意打ちかましてくるとは思わなかったぜ」
「お前……」
向かい合うように立つ彼女の視線は泣く子も黙るような鋭いものだったが、それに臆すことなく、むしろ面白いとばかりに不敵な笑みで龍二は返す。
「さっきの不意打ちへのお返しだ。結構効いたぜ」
詩音の顔が僅かに歪む。
不意打ちをしたことへの罪悪感か、一撃で勝負を決められなかったことへの悔しさか、もしくはその両方か。
だが龍二にとって、そんなことはどうでもよかった。
手が出た時点で、この争いは自らの反射神経と拳で相手をねじ伏せるしか決着する方法がないのだ。
そこに言葉による平和的解決はない。
例えそれが同じ学年、同じ教室に属するであっても。
そんなピリピリとした空気の中で時折強く吹く風に長く伸ばした髪をなびかせながら、詩音が問いかける。
「なぜ、私に構う?」
「俺はアンタを見極めたいんだよ。アンタは俺たちと同じ人間なのか、仲間に引き入れられる人材なのかを。でもお前の戦い方を個人的な理由もできたぜ。俺はお前に勝ちたいってな」
下ろしていた前髪を手で横に跳ねさせて龍二は淀みなく答えた。
詩音が自分たちの同類なのか、仲間に入れるべきなのか判断する。
それは確かに龍二の目的としては正しかった。
しかし龍二は個人の意思として、目の前の狼のような鋭く、殺伐とした空気を纏う詩音に勝ちたかった。
この学校の中で歯向かう者はいないであろう強さを秘めた彼女に。
「だから俺が勝ったら――」
そんな気持ちがあるせいだろう。
龍二は右手の人差し指をビシッと詩音に向け、高らかに宣言する。
「俺たちの仲間になれ」
堂々とした言葉に詩音は一瞬驚いたような顔したが、キツい眼光を少し和らげて口を開く。
「お前……なんて言ったっけ、名前」
「……龍二。大神龍二だ」
まっすぐ詩音を見て、龍二は答える。
詩音は一言「……そうか」と漏らすと、拳を固め、ファイティングポーズを取った。
「なら、私が勝ったら二度と私に近づくな」
「いいぜ。お前が勝ったらその約束は守ってやる。もちろん俺が勝ったら俺の約束は守ってもらうぜ、姫宮詩音」
「望むところだ」
一瞬の静寂が訪れる。
不敵な笑いを見せた龍二も同じようにポーズを構え、彼女の意思に応えた。
そして二人はほぼ同じタイミングで地を蹴った。
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