第15話 白昼の宣戦布告 3/3

 先に仕掛けた龍二のほうだった。


 一気に距離を詰め、勢いを利用した鋭い右ストレートを詩音めがけて打ち込む。

 詩音は迫りくる拳を上体を半身にすることで躱し交差した瞬間、彼の開いた脇腹にカウンターを放つ。


 だが龍二も身をよじることで間一髪で避け、仕切り直すように一度距離を取ると、詩音も相手の出方を見るように距離を維持する。


 龍二は顔に笑みを貼り付けた。


 初手ということもあってわざとガードの甘いストレートを放ったが、詩音は予想通り躱しつつ、逆に甘さを的確に見抜いたカウンターを仕掛けてきたのだ。

 詩音もあえて誘われていることを承知でカウンターを打ち込んだが、それを驚異的な反射神経と身体能力で避け切って見せた龍二には内心で驚いていた。


 そして両者は初手の攻撃だけで実力がほぼ互角と言えることを悟る。


 前に出した右手で拳を作りつつ体に寄せた左手は開いた構えを崩さず、龍二が口を開いた。


「昨日のを見てても思ったが、ずいぶん手馴れてるな。前の学校でケンカばっかな生活でもしてたのか?」

「アンタに関係ないでしょ」

「それはないだろ、仮にもこうして拳を交えてる仲なんだから」

「だからなに? 答える義務は……無いッ」


 敵意を露わにしながら詩音は一瞬で距離を詰め、足を払う。

 背中から倒れ込んだ龍二に追い打ちをかけるように詩音は拳を握ったが、龍二は後転ですぐに態勢を回復する。


 そこに詩音が追撃のハイキックを放つが、龍二はそれを右でガード。

 そのまま詩音の足首を左手で掴むと力任せにぶん投げ、バランスを崩したものの詩音はそのエネルギーを自ら回転することで逃す。


「お前こそなんだ、動きが昨日とはまるで別人じゃないか」

「そりゃどうも。まぁ、種も仕掛けもあるんだが、別人っていう指摘は割といい線いってるぜ。当たらずも遠からずってやつだ」


 はぐらかすような態度でそう言って、今度は龍二から距離を詰めて意趣返しとばかりに右の蹴りを仕掛けた。

 もちろん、詩音は当たらない位置に上体を移動させて避ける。


 龍二はそのままパンチやキックを打ち続け、詩音に攻撃する隙を与えぬようにするが、速度に慣れてきたのか、龍二の放った右ストレートを詩音は抱えるようにして真正面から受け止める。

 少し頭を動かせば、お互いの額がぶつかるであろう距離で両者は互いを見据え合う。


「どうした、昨日の警棒は使わねぇのか」

「素手の真剣勝負に武器を持ち出すなんて無粋なことはしない」


 詩音の言葉に龍二は意外とばかりに口元を釣り上げる。


「へぇ、意外とお堅いんだな。大方、どっかの道場通ってんだろ」

「…………なぜそう思う」


 平然とした顔でそう言った詩音だったが、龍二は彼女の体がピクリと反応したのを見逃さなかった。


「敵であっても他人を思いやる精神ってのは素人のケンカじゃ教えてもらえないし、出てこないからな」


 口元に笑みを浮かべながら答えると同時に、龍二は掴まれたままの右手を強引に振りほどく。

 肩を回しながら、手ごたえのある相手に内心歓喜する。


 普通、素人のケンカというのはルールもへったくれもない無秩序なものだ。


 それこそ、不意打ちや騙し討ち、素手の相手に武器を使ったりと普通なら卑怯や姑息と言われてもおかしくない手を使うことなんて珍しくもなんともない。

 現に本来ここで戦うはずだった大我はそうやって成り上がり、中学の三年間学校を支配してきた。


 しかし詩音にはまったくもってそれがない。


 演舞のように華麗でありながら的確に戦況を見極めて相手の隙や弱点を突く。

 非常に合理的で的確、洗練された戦い方だ。


 そうやって膠着状態の中で相手を分析していた龍二はある疑問を抱く。


 何故この少女はこんなにも強いのか。

 仮にも経済的に裕福な人間の多い一区に住む少女が。


「お前みたいな奴がなんで武道を習ってる? 一区に住んでるならもっと別の道だってあるだろうに」

「会って数日のお前に何がわかる。知ったようなことをいうな」


 鋭くもっともな返事を詩音は言う。

 彼女の纏う獣のような殺伐とした空気には、明らかに龍二の問いかけに対する拒絶の意思があった。


 それを肌で感じた龍二は目を細める。


 世界の全てを敵視し、拒絶するような目。

 その目は過去に見覚えがあるものだった。


「大切なものでも守れなかったのか」

「……ッ!」


 彼の呟きにキツく縛られていた詩音の目が見開かれる。

 やはりか、と内心で思う。


 大切な物や人に拒絶され裏切られ、世界の何もかもが自分の味方ではない。

 全てを憎く思える時に形作られる顔。


 それはかつての龍二もしたことがあるし、させてしまったことのある顔だ。

 それを目の前の少女がしていることに奇妙な縁を感じながら龍二は続ける。


「俺にも覚えがあるぜ。辛いだろ、自分のせいで誰かが傷つくのは。だからそうして人を遠ざけて一匹狼気取ってんのか」

「……黙れ」

それ警棒もだ。学生がそんなもの持ち歩くなんて普通しねぇだろ。警棒はつまり身を守る道具だ。お前は――」

「黙れッ!」


 遮るように詩音が叫んだ瞬間、彼女の姿が龍二の前から搔き消える。


「……ッ!?」


 来たッ。

 龍二が待ってましたとばかり心で呟きながら身構えようとすると、背後から殺気を感じ咄嗟に左腕を頭に持っていく。


 直後、腕に衝撃。

 ジーンと腕越しに頭に響く重い一撃に顔を歪めた龍二と詩音の目が合う。


「お前が、私の、何を、知ってるって言うんだッ」


 追撃に合わせて言葉を区切りながら龍二にトドメを刺そうする詩音。

 防御したが、彼女の攻撃は先ほどまでと比べてスキの多く大振りで精彩さも欠いていて、不意打ちのダメージを引きずりながらでも避けていなすことができた。


「私は、お前が嫌いだッ」


 その言葉とともに詩音が右のストレートを放ち、龍二は拳を避けるとともにその腕を掴む。


「おらッ!」

「ぐッ……」


 そして気迫と共に腕を巻き込むようにして詩音を背負い投げた。


 背中から地面に倒れ、うめき声を漏らした詩音だっだが、その目に戦う意思を宿したまま往生際悪く立ち上がろうとする。

 しかし龍二はそれを彼女の首に手刀を突きつけることでそれを制した。


「はぁ、はぁ……俺の、勝ちだ」


 左手を彼女の首に、右手で腕を押さえたまま静かにそう告げる。

 詩音はしばらく放心したように手刀を見つめていたが、悔しそうに唇と噛むと顔をそらす。


 勝者である龍二の体は戦いが終わったことを認識し、全身の筋肉を弛緩させながら緩く息が漏れる。


 心理的に相手を動揺させるという少々卑怯な手だったが、勝ったものは勝ったし、詩音の態度から負けを認めるのは明らかだ。


 そう思って龍二が上から退こうとした時、勢いよく屋上のドアが開かれた。


「コラーッ! お前らなにやってる!?」

「げッ、やべ……」


 その顔を見た瞬間、龍二は呟く。

 ドアのほうから近づいてくるのは五十代くらいのハゲ頭で、この前の全校集会で龍二たちを説教した教頭の兵藤だった。


「なにをしとるんだ貴様ら……」

「えっと……プロレスごっこ?」


 目の前にやってきた兵藤の言葉に視線を逸らしながら龍二がそう返す。

 ビキッと彼の額に青筋が浮かび、兵藤は続けて質問する。


「ほう、屋上でか」

「えぇ、ここなら広いですし……」

「ほうほう。そういうことか」


 腕組みをしながら納得したようにウンウンと頷く兵藤。


 珍しく相手が自分の意見が聞き入れられるような気がして言葉を続けようした時、兵藤がカッと目を見開いた。


「そんな言い訳が通じるかッ、バカモンッ! お前ら二人とも来いッ!」


 雷のような一喝と共に兵藤は二人の首根っこを掴むと、そのままドアの方へと引きずっていった。

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