第16話 エスケープ 1/2
さっきまでの緊張に満ちた空気はどこへやら、兵藤に捕まった詩音と龍二は大人しく一階へと向かう階段を降りていた。
「まったく、新学期になって大人しくなるのかと思えば、さっそく転校生と問題を起こしおって……、貴様に反省の二文字はないのかッ」
怒り肩で階段を降りながら兵藤は龍二に対してそう愚痴る。
なにをしたとばかりに詩音が視線を向けてくるが、龍二は素知らぬ顔で無視した。
「教頭の頭みたいに綺麗さっぱりできればいんですけどね〜」
「やかましいわッ! この期に及んで人をバカにしおって……」
嫌味のこもった言葉に兵藤は声を荒げる。
ハゲがコンプレックスな兵藤にはそれに絡んだ内容はご法度という暗黙の了解ができているのだが、よく彼と対立する龍二たちからすれば挑発のための格好のネタでしかない。
「これもお前が仕組んだのか」
悠長に人をイジる龍二に対し、詩音が小さく問いかけてくる。
どうやら兵藤の登場も昨日の下駄箱爆破の一件のようにこちらが仕組んだものだと思っているらしい。
龍二は彼女の言葉に答える代わりに肩をすくめることでそれを否定した。
「はてさて、どうしたもんかな……」
小さく呟きながら龍二はどうやって職員室での説教から逃れようかと考える。
兵藤の登場は龍二のシナリオにはないものだ。
大方、昼休みの騒ぎを聞いていた生徒から屋上での決闘を聞いていたのだろう。
小声で言ったものの、あれだけのギャラリーがいれば聞かれたとしても不思議ではない。
いつもなら適当な言い訳をしてその場をやり過ごすのだが、今回は龍二の頰に殴られた痕があるので残念ながらその手は使えない。
昼にこっぴどく受けたばかりなのに、日に二回も椅子に座らされて何時間もあーだこーだ言われたい奴がどこにいるだろうか。
なので、龍二としては本日二回目の説教を受けるのは絶対に避けたい。
一応、理久たちにはもし不測の事態が起きた場合にはなにかしたらの手を打つようには言っているのだが……。
「センセー、センセー、センセーッ!」
三人が二階の踊り場に立った時、それを待っていたかのように声がかかり足を止める。
声のした方向を振り返ると、顔の造形がそっくりな二人の少女が兵藤に詰め寄ってきた。
「ああ、なんだ?」
「どうもー! 突撃、新聞部でーすッ! インタビューさせてください!」
片方の外人のような明るい金髪少女が真っ先にそう言う。
兵藤は突然の新聞部からのインタビューに困惑していたが、ハッと我に返って首を振る。
「あー、ダメだダメだ。いまからこいつらの指導に――」
「センセーはこの学校に勤めて何年になるんですか!」
「え? あー……。いや、だからいまは――」
「いままでの教員生活で特に印象に残る生徒はいますかッ? いますよね!」
「あの――」
「先生の趣味はなんですかッ、もしくはハマっていることでもいいですよ!」
兵藤の答えなど聞いていないかのように金髪少女は右のサイドテールを波打たせながら次々と質問を突きつけた。
その圧倒的な食いつきに押されて兵藤は次第に流されて徐々に質問に答え始めている。
兵藤を質問攻めにする金髪少女の傍ら――そっくりだが地味な黒髪に金髪少女とは逆の左側にサイドテールを作った眼鏡の少女が、龍二の方へと近づいてくると彼にだけ聞こえるような声で囁いた。
「消火器にご用心を」
そう言われ、彼女は小さく頷くとそのまま何事もなかったかのように下がって金髪少女の肩を叩いた。
「姉さんそろそろ……」
「あ、そっか。じゃあ私たちはこの後お茶会があるので失礼しますッ!」
「あ、あぁ……」
「ありがとね。センセー!」
「どういたしまして……って、コラッ、廊下を走るなッ」
「ごめんなさーい。にゃはははッ!」
「す、すいませーん」
去っていく新聞部の二人を見ながらお茶会ってどこの童話のウサギだ、と龍二は内心で突っ込む。
「ったく、なんだったんだいまのは」
呟きながら嵐のように去っていった彼女らから意識を外し、兵藤は再び階段を下り始める。
一階へと降りてくると廊下には誰もおらず、妙に静かな空間が広がっていた。
そして龍二は自分たちと職員室とのちょうど中間あたりに消火器と書かれた鉄製の箱があるのを視界に入れる。
「おい、ちょっと下がってろ」
「なんで?」
「いいからッ」
そう強引に詩音のシャツの袖を引っ張ってジリジリと兵藤との距離を離していく。
一方、兵藤は後ろの二人が徐々に離れていることに気づかずにそのまま消火器の方へと歩いていたが、ふと気配がなくなったことを感じ取ったのか立ち止まって振り返る。
その瞬間、彼の四メートルほど先にあった消火器の箱が突如として破裂音を響かせながら爆発を起こした。
「なんだ!? 何が起こっ……どわあぁぁぁッ!」
目の前にいた兵藤が霧のように濃い煙の中に消えたのを確認して龍二は詩音の手を取る。
「今のうちだ。逃げるぞッ!」
「えっ?」
背後で兵藤が叫んだような気がしたが、そんなものはもちろん無視して二人は廊下を突っ切った。
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