第35話 照らされた真実 1/2

 なにかの聞き間違いだと思った。

 しかし、龍二の五感はそれを正しい情報だと叫んでいて確かめるために質問する。


「いま、血の繋がった親子じゃないって言いました?」

「ええ。あの子は孤児で私たち夫婦が幼い頃に引き取って養子にしたの。幼いといってももう小学生だったんだけどね」

「それは……初耳です」


 姫宮夫人は「でしょうね」と言って手元のコーヒーに口をつける。


 小学生の時に孤児になり、養子として引き取られるなど人生を変えるほどの衝撃的な出来事のはずだ。

 そんな過去を話すほど、詩音との関係は進んでいるわけではないことは龍二も自覚していたが、こんな形で知ることになろうとは思いもしなかった。


「昔のことがあって、あの子は養子になってからも人間関係を深くしたがらなかった。けど中学生の頃にある事件があってからそれが顕著になって、いまじゃあの調子よ」

「中学時代の事件って?」


 不自然にぼやかされていたのが気になって龍二は聞いたが、姫宮夫人は首を横に振る。


「それは本人から聞いてあげて。あなた自身もあの子の話を他人の口から聞くのは本意ではないでしょう」


 姫宮夫人のいう「あの調子」というのは彼女の最初から人を拒絶する雰囲気のことだろう。

 肯定の代わりに沈黙し、龍二はポツリと呟く。


「あなたたちは……とても複雑なんですね」

「複雑なのよ、とてもね」


 そう姫宮夫人は同意して、姫宮夫人は一枚のメモを龍二のコーヒーカップの隣に置いた。


「これは?」

「あの子が行きそうな場所の住所。もしいなかったら私にはお手上げよ」


 ソファの背もたれに背中を預け、姫宮夫人はそう言う。

 要はあとはメモを使って自分で探せということだ。


 手に取ると、メモには確かに四つほどの住所が書かれている。

 龍二はその中にひとつ、見覚えのある住所を見つけた。


「これだけでも十分そうです。ありがとうございます」


 短くお礼を言ってから龍二がソファから腰を上げる。


 善は急げだ、学校を休んでまで追っているのだからもうゼロワンにまでたどり着く直前かもしれない。

 やる気が高まる中、玄関で靴を履く龍二に姫宮夫人が追いついてくる。


「もう行くの?」

「早く行ってやらないとなにをやらかすかわかったもんじゃありませんから。それに――」


 そう冗談めかしつつも最後は口調を改め、龍二は真剣に続けた。


「アイツは一人で抱え込みすぎなんだと思うんです。だから早く僕たちがその荷物を一緒に背負ってやらないと」

「あの子は今度こそいい友達を持ったのね」


 姫宮夫人は安堵するような微笑みを浮かべながら言う。


「あの子に会ったら伝えておいてもらえる? 家が寂しいから早く帰ってきなさいって」


ドアを開けたとき、投げかけられたその言葉に龍二は頷き、見送られながら姫宮家を後にした。



 ―――――



 日の沈みかけたその日の夕方。

 空が赤から青へと色味を変え、星が輝き始めた頃、詩音は一区と二区の境にある病院に来ていた。


 長い髪は相変わらずだが、紺色のパーカーにホットパンツと非常に地味な服装で病院へと繋がる道を歩いている。


 奴を――ゼロワンを追うようになったのは中学からだ。


 ある時、友人がひどい目に遭っていると聞かされて助けに行った。


 その時に邪魔をした不良グループをぶっ潰し、なんとか友人を助けることはできたが、彼女は心に消えることない深い傷を負ってしまった。

 その時のことで詩音は『一区の戦姫』なんていう別に嬉しくもない二つ名をもらったが、そんなことがどうでもよかった。


 詩音が気になっていたのは友人がなぜ事件に巻き込まれたかということだ。


 傍から見ればそうでもなかったのかもしれないが、詩音とその友人は仲が良くどういう人間かくらいは知っていた。

 だからこそ、彼女が事件に巻き込まれたことこそが詩音の中で引っかかり自らの足で調べ始めた。


 そして、その件にゼロワンが関わっているのを知ったのは事件から数カ月ほど後のことだ。


「よう、久しぶりだな」


 唐突にその背中に声がかかり、詩音は振り返る。

 五メートル離れたところに声の主――大神龍二が立っていた。


「……なんでここにいる」

「家に行ってお前のお母さんからいそうな場所を聞き出してきた」


 答えつつ、龍二はポケットから姫宮夫人のくれたリストを出して見せる。

 詩音は不愉快さを微塵も隠そうとしない表情で訊ねた。


「私の家にまで来て、聞き出すなんて趣味が悪いな。一体なにしに来たの」

「決まってるだろ。お前を探しにきた。いや、正確には止めにだな」

「私は帰らない。奴を見つけるまで」

「探してるのか、ゼロワンを」


 質問に答えることなく、詩音は立ち去ろうとする。

 龍二はその手を掴んで引き止めた。


「離せ」

「これ以上、黒幕を追いかけるのはやめろ。ここから先は僕たちが踏み込む領域じゃない。警察に任せておけばいいだろ」

「それじゃダメなんだよ。奴とは私がケリをつけなきゃならないんだ」

「奴がどんな人間かは知らないが、どんな人間であれ、僕たちの出る幕はもう――」

「黙れ! うるさい! お前になにがわかる!」


 突如振り返り、そう怒鳴った詩音に龍二は目を丸くする。


 キッと向けられたその目には強盗犯たちを捕まえた時と同じ激情が宿っており、その気迫に龍二は気圧されてなにも答えられなくなる。


 だが、詩音はお構いなしに感情のままに言葉を吐いた。


「これは私の罪なんだ! 私の責任なんだ! だから私はアイツに償わせなきゃいけない。私がどうなろうと奴とのケリは私がッ!」

「彼女はそんなこと望んでないッ!」


 思わず叫ぶ。

 詩音の動きがピタリと止まり、見開かれた目がこちらを射抜く。

 かすかに震える唇から言葉が漏れ出す。


「彼女ってまさか、会ったのか……」

「あぁ、会った。お前があの病院で会ってる人に。なぜお前がそんなにゼロワンに執着するのかも教えてもらった」


 そう告げてから、龍二は病院で語られた出来事を思い出しながら語りかける。


「ゼロワンはお前の唯一とも言える友達を傷つけた。お前はその復讐をしようとしてるんだろ」

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