第34話 作戦会議と選択 2/2

 放課後。

 サナカナから渡された住所を頼りに龍二は詩音の自宅へと向かった。


 他のボランティア部メンバーは学校で待機している。

 お前が連れてきたのだから最後まで面倒を見ろ、と皆が口を揃えて言ったからなのだが、要は面倒なだけである。


 住所の家は一区の住宅街にある一軒家で、龍二は目の前の姫宮の表札がかかった家を見上げて呟く。


「デケー……」


 立派な門扉にシャッターの降りたガレージ。

 その上にモダンな佇まいの三角屋根の家が乗っており、もはや家というよりはちょっと小洒落た洋館だった。


 裕福でも貧しくもない龍二がその家を見てわかるのは、自分がここにいるのは場違いだと理解できるほどに立派な家だということだけだ。


 なんだかここにいるのが恥ずかしくなってきた龍二はソワソワと緊張しながらインターホンを押す。

 すぐにインターホンから声が返ってきて、玄関から四十代くらいの女性が一人やってきた。


「こんにちは。その制服六坂北高校の人よね?」

「はい、大神龍二といいます。詩音さんの友人なのですが……いらっしゃいますか?」

「ごめんなさい。あの子、いまはいないの」


 龍二がそう訊ねると、女性は申し訳なさそうな表情で呟く。


 学校にいないのなら自宅にいると思ったのだがアテが外れた。

 家にいないとなると、彼女をまだよく知らない龍二には足取りを掴む手がかりは無いに等しい。


「……そうですか。すいません、失礼しました」

「あの……」


 肩を落として龍二が背を向けて立ち去ろうとした時、女性が声をかけてくる。


「もし良ければ入って。せっかく来てもらったんだもの。お茶くらいは出すわ」


 そう言って女性が開けてくれた門扉から龍二は敷地に入り、家の中へと通される。


 足を踏み入れた龍二はまず玄関の広さに驚く。

 黒くシックなタイルと新品のように磨かれた靴、深い色合いの靴箱など非常に綺麗で洗練されていた。


 外装が立派であることからなんとなくわかっていたことだが、家の中もなかなかに立派なものだ。

 そうして玄関を観察していると、案内してくれた女性が振り返る。


「そういえばまだ自己紹介をしてなかったわね。私は姫宮香織、詩音の母です」


 見習いたくなるような見事なお辞儀をした姫宮夫人に龍二はぎこちなく会釈を返す。

 年齢的にそうだろうとは思っていたが、実際に母親だと言われてみると薄化粧でも生来の美しさがわかる顔や立ち姿は非常に若く感じた。


「どうぞ上がって。遠慮はしなくていいから」

「し、失礼します」

「コーヒーと紅茶、どっちがいいかしら?」

「えっと……、じゃあコーヒーで」


 かしこまりながら龍二は靴を脱いで姫宮夫人の後ろについて廊下を歩く。


 まず通されたのは海外の高級ホテルのような広さのリビングだった。

 部屋の大きさに合わせてカーペットや机、ソファに大画面のテレビなど、インテリアなどが配置されている。


 姫宮夫人は「適当に座って」と言うと、右側にあるキッチンの方へと向かう。

 龍二はL字型に並べられた二つのソファのうち、テレビに近い奥のソファに腰を降ろす。


 座ると体がいい感じに沈みこむ。

 いままで座ったソファの中でもかなり座り心地が良かった。


 しばらく待っていると、姫宮夫人がコーヒーとお菓子を持ってリビングに現れる。

 そして空いているもうひとつのソファに座るなり、意味深な笑みを浮かべた。


「なにか?」

「いいえ。ただあの子も友達が家に来るなんて久しぶりなの」


 クスクスという表現が似合いそうな仕草で笑う姫宮夫人。

 そんな彼女に龍二はぎこちない苦笑いを返す。


 まぁ、学校での詩音の態度を見ていれば、友達を家に呼ばないんだろうなということはなんとなく察せられたし、ついでに言うなら普段あんなツンケンして不良のような態度を取っている人間がこんな高級住宅に住んでいることも驚きだ。

 そんなことを考えていると姫宮夫人が興味津々な顔で聞いてくる。


「あの子って普段学校でどんな感じなのかしら」

「学校での詩音ですか?」

「そう。あの子、あまり学校でのこと話してくれないから」


 確かに詩音は率先して物事を話すタイプではない。

 むしろどんな人間に対しても斜に構えるような感じの人間だ。


「まぁ、なんというか気難しいやつですね。会話もそっけないですし、普段からツンケンしてますから。僕たちが仲良くなったのも偶然に等しいですし」

「でも楽しくはしているんでしょう? 部活にも入ったみたいで」

「楽しくはやってますよ、それなりには。とはいっても、アイツが僕たちや部活のことをどう思っているのかわかりませんけど」


 そう答えてから一口コーヒーをすすったところで、龍二はハッとして首をブルブルと横に振る。


 こちらが質問をするはずだったのに逆に相手の質問に答えてしまっていた。

 これではまるで家庭訪問に来た先生と変わらないではないか。


 コーヒーカップから口を離し、咳払いと共に腕を膝の上に置いて訊ねる。


「いますぐ詩音さんに会いたいんですが、彼女はいまどこに?」

「私にもわからないの。今週に入って家に帰ってきてないから」

「家に、帰ってきていない? それはどういう?」

「言葉通りの意味。ここ数日家に寄りついてないのよ」


 そう言って、姫宮夫人はお手上げとばかりに肩をすくめた。


 寄りついていない。

 つまりこの数日、この家に帰ってきていないということである。


 普通の親なら、子供が数日も家に帰ってこないことに不安や心配な感情を抱くはずだと思うのだが、そういった素振りのない姫宮夫人の様子に龍二は眉間にシワを寄せた。


「随分と放任主義なんですね」

「大方いる場所の候補はあるし、毎晩メールでやり取りしてるから大丈夫。それにあの子がそこらへんの人間より強いのは知ってるでしょう?」

「そうかもしれませんが、万が一というものがあるでしょう」


 龍二が返すと姫宮夫人は自分の端末を取り出して画面を見せてくる。


 見てみると、メールの送り主は姫宮詩音になっており、「いまは師匠の所に泊まってるから心配ない」と業務連絡のような味気のない短い文面が表示されていた。


「この師匠というのは?」

「私の弟のことよ。元は自衛官だったんだけど今は二区の道場で護身術なんかを教えているの」

「自衛官ですか。じゃあもしかして詩音があんなに強いのって……」

「弟よ。あの子がどうしても習いたいって頼み込んだの」


 龍二はなるほどとばかりに頷いて理解する。

 本物の自衛官から武術を習っているなら詩音が強いのは当然である。


 できればそういった情報を早く教えて欲しいのだが、と龍二は内心で愚痴りつつ会話を円滑に進めるために顔に笑顔を貼り付ける。


「奇遇ですね。うちの父も海上自衛隊で働いているんです。ぜひ会ってみたい」

「構わないけど、あの子いまはいないと思うわよ」


 会話の切り口にしようとする龍二に姫宮夫人は上品な笑みでやんわりと返してくる。

 なかなかに食えない人だ、と龍二が内心で観察していると彼女は少し視線を下げて続けた。


「あの子にとってここは帰ってくる場所じゃなくて、自分の身を休める場所のひとつでしかないの」


 その言葉の意味がよく理解できない龍二は怪訝な表情をしたが、姫宮夫人は穏やかな笑顔で呟く。


「実はね、あの子とは血の繋がった親子じゃないの」

「……え?」

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