第33話 作戦会議と選択 1/2
「大神くん」
次の週の水曜日。
雲はあるものの、今日もキャンバスに描かれた絵画のような青空が広がっている。
いつもと変わらぬ様子で龍二が学校の門を潜ろうとした時、ふと声をかけられた。
見ると登校する生徒の間に風間先輩の姿があり、龍二は彼の前まで歩いていく。
「おはようございます、先輩」
「やめてくれ。僕は君に先輩と呼ばれるような人間じゃないよ」
謙遜するように風間先輩は苦笑して視線を逸らす。
「もう停学明けたんですか」
「あぁ、警察からの厳重注意と学校からは一週間の停学をいただいたよ」
「随分と軽いですね」
未成年とは言えど、犯罪に加担した身である風間先輩の処分はもっと重いと考えていた。
それが厳重注意と停学とは犯罪に対する処罰にしてはあってないようなものである。
「君のお姉さんが情状酌量の余地を作ってくれたらしい。本当に感謝しかないよ」
風間先輩は真剣な顔でそう告げて頭を下げたが、龍二からすれば自分が知らないところで姉の活躍を聞くというのはぎこちない表情で返すしかない。
これは後々知ったことだが、実は風間先輩と強盗犯の主犯格であるニット帽の男とは親戚同士だった。
彼から強盗の誘いを受けた時、風間先輩は最初、それを断っていたが結局は誘いを断りきれず仕方なく強盗を手伝ってしまったらしい。
だが結局、犯人たちは龍二たちの仕掛けた罠にあっさりとはまって逮捕され、連絡強盗事件は無事解決した。
盗まれた金品の行方などは未だ不明だが、これから警察が厳しく捜査するだろう。
「君たちのほうが大変だったんじゃないのかい」
「いえいえ、そんなことはありませんよ」
逆に訊ねられて龍二は首を横に振ったが、実を言えばかなり大変だった。
犯人たちを警察に突き出した後は各自解散を考えていた龍二だったのだが、何故かそのまま犯人たちと一緒に警察署に連れられ、別室で数時間ほど厳重注意を受けたのである。
ただ逮捕に貢献、というか実際に捕まえてしまったので警察側も非常に言いにくそうではあったが、律子だけは「依頼したのは調査の協力であって犯人の逮捕じゃないッ!」と激怒していた。
あまり思い出したくなくて龍二は話を本筋に戻す。
「停学が解けたってことはもう学校に戻られるんですか?」
「いや戻らない。僕は学校を辞めるよ」
「え?」
予想外の答えについ声を漏らす。
確かに風間先輩の服装は龍二たちと同じ学生服ではなく、チェックのシャツにカーゴパンツというラフな私服姿であることに違和感を覚えてはいた。
だが、そんな予想外な方向へ舵を切るとは思わなかった。
驚きが全身から抜けきれていない龍二に対し、風間先輩が続ける。
「警察や学校は許してくれた。でも僕自身が自分のやったことを許せてないんだ」
風間先輩は少し俯いてそう言う。
脅されてやっていたとしても自分が罪を犯したことは変わりない。
その手が堅く握られていることに気付き、龍二はなにも言えなくなる。
「僕は自分の保身のために街の人にも、まつりさんにも自分の気持ちを押し付けて悪いことをした。だからケジメをつけたいんだ。彼女が言ってくれたように」
「そう、ですか……」
彼女というのは紛れもなく詩音のことである。
風間先輩が学校を辞めることに責任がないかといえば嘘になるが、そういう状況に追い込んだ龍二にそれを止める権利はない。
代わりに龍二は問いかける。
「これからどうするんですか?」
「まだ考えてないけど、バイトでもしながらゆっくりでも考えていこうと思うよ」
そう言って空を見上げた風間先輩の目はキラキラとしているような気がした。
―――――
「へぇ、じゃあ風間先輩はそのまま帰っちゃったのか」
登校前の龍二と風間先輩との会話から数時間後。
お昼休みとなった屋上で龍二は、理久に優といつものメンバーで塔屋の外壁に背中を預けながら昼食をとっていた。
「あぁ、まつり先輩に依頼が終わった報告ついでに聞いてみたら本当に退学するらしい」
「ふーん。随分と肝の座ったことをするもんだな、あの先輩」
人ごとのように反応薄く優が答える
まつり先輩と風間先輩は同じ学年で同じクラスだった。
同級生からストーカー被害を受けるというのもなかなかな話だが、事の顛末を聞いたまつり先輩は特に嫌悪を表したりする様子もなく、むしろ同級生が突然いなくなってしまうことを気にかけているように思えた。
「まぁ、うちにもまだ日常に戻れていないメンバーが一名いるようだが」
「詩音のことか?」
「病欠、にしては一週間は長すぎるだろう」
「季節外れのインフルエンザかな」
「まだ九月だ。なくはないかもしれんが早すぎるだろう」
「だよなぁ。一体どうしたってんだろうなアイツ」
肩をすくめた理久と頬杖をつく優から視線を外し、龍二は難しい顔をする。
連続強盗犯の逮捕以降、詩音は学校に姿を見せていなかった。
姿を見せなくなった理由はわからないし、そもそも彼女がいまなにをしているのかも龍二たちには不明だ。
だがあの連続強盗事件の一件が関わっているのは間違いない。
理久が訊ねてくる。
「連絡は?」
「いや……なにもない」
「じれってぇな。なんだったらこっちから電話でもして直接聞いてやればいいだろ? なんで学校に来ないんだって」
「無理だ。連絡先を知らない」
「なにも交換していないのか、電話もメールも」
「あぁ、アイツに連絡する手段はなにも持ってない」
「はい、アウトー」
野球の審判のような動作で優がおどけたように言う。
龍二はポケットから自分の端末を取り出してみたが、特に新しいメッセージやメールは届いていない。
そもそも、なんだかんだであたふたしていて連絡先を聞きそびれていたので向こうからこちらに連絡を取れるはずもない。
「授業も部活もサボってどこをほっつき歩いてんだが。連絡も取れないんじゃ生きてんのか死んでんのかすらわからねぇ……。まぁ、理由なんてわかりきっているが」
そう言って立ち上がった優は二人を交互に見て、理久は重苦しく呟く。
「ゼロワン……か」
ゼロワン。
彼女が激しい反応を示した単語。
金髪に男が放ったその言葉になぜ執着を見せたのか不明だが、それが詩音が学校に来ない理由に関わっているのは明白だ。
実際龍二がそう考えて律子に今回の連続強盗事件の犯人たちの話をすでに聞いていた。
この前律子から聞いた話によれば風間先輩がニット帽の男に誘われるより以前、犯人たちはある人物と接触しており彼から強盗の話を提案されたのだという。
犯人たちは疑いせずにその提案に乗り、警備の甘い宝石店などから金品を奪い、それ以降のことは提案をしてきた人物に任せていたのだという。
「つまり奴らは盗む以外の行程は全部、そいつにおんぶに抱っこだったってわけか」
「強盗団は実働部隊――ただの操り人形で後ろで糸を引いていた人物がいる。それがおそらくゼロワンだ」
もちろん情報を教えてくれた律子たち警察も「ゼロワン」が黒幕であることに気付いているが、犯人たちからそれ以上のことは聞けていないそうだ。
だが少なくとも今回の事件に関わっているのは確実だろう。そしておそらく詩音の過去にも。
「あ、やっぱりここにいたにゃ」
「こんにちは龍二さん、理久さん、優」
ガチャと扉が開く音がして、サナカナのコンビがひょこっと顔を出す。
「よう、どうしたんだ二人とも」
優が問いかけると、サナは得意げな表情をする。
「ふふん! 聞いて驚け、見て驚け! リーダーが知りたい情報持ってきてやったにゃ〜」
そう言って彼女が取り出したのは一枚の紙切れで、よく見ると紙には住所が書かれていた。
その紙切れを手にとって龍二は訊ねた。
「これは?」
「ヒメちんの住所と連絡先にゃ」
さらっと言われた言葉に龍二たちは顔を見合わせる。
まるで図ったかのようなジャストタイミングすぎて疑いたくなってしまうが、優が呆れ半分な様子で聞く。
「お前どっから仕入れたんだ、これ?」
「ふふっ、私の情報網を駆使すればこんなこと造作もないにゃ」
任せろとばかりな顔をするサナに対して妹であるカナが補足するように付け加える。
「姉さんのホラは気にしないでください。ただ葛葉先生に聞いただけですから」
「にゃ!? ホ、ホラとは失敬にゃ、交渉も実力のうちにゃ」
確かに担任の村刀なら詩音の電話番号や住所も把握しているはずなのだから、適当な理由をつけて彼からそれを引き出すのが一番手っ取り早い方法だ。
三人は今更ながらにそのことに気付いてガックリと肩を落とした。
「どうしたのにゃ? なんでそんな「あぁ、俺たちは愚かだ……」みたいな顔してるのにゃ?」
「姉さん、察してあげて。ほら行くよ」
キョトンとした顔で聞いてくるサナをカナが強引に引っ張って連れて行く。
カナなりに気を使ってくれたのだろうが、それが三人の傷を広げていることにはまったく気付いていない。
「と、とにかく! ここからはリーダー次第にゃ。頑張ってくれにゃ〜」
妹に背中を押されながら、サナの陽気な声が龍二たちの耳に届いて消えていった。
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