第32話 捕物劇 2/2

「そういえばあの男、やっぱり能力者だったぞ」


 理久の言葉に龍二は険しい表情をした。


 やはりか。

 どんな超人でも一撃で鉄製のシャッターを蹴破ることなど不可能だ。


 これまでの手口からなんとなく予想していたし犯行の一部始終を見てそれは確信に変わっていた。


「で、能力は?」

「触れた物体の強度を変えられるらしい。結構いい能力なのだがな」


 同感だ。

 ボヤいた理久に龍二も頷く。


 物体の強度を変えられるというのは随分と使い勝手のいい能力だ。

 残念なことと言えばそれが犯罪に使われたことだろう。


「にしても、急場でよくもここまで考えつくもんだよな」


 能力者の話題に飽きたのか、組んだ両手を首元に持っていきながら大我が呟く。


 今日ここに至るまでは全て龍二が算段をつけた計画だった。


 まず風間先輩に犯人たちと連絡をとらせて、偽の情報を伝えさせる。

 そして待ち伏せして犯行現場をバッチリ確認した後、なにも知らずに店内に押し入った犯人たちを奇襲し捕縛したのである。


「ホント、悪知恵の高さならお前に敵う奴いねぇぞ」

「それは同感だな。特に大神は悪知恵を考えさせれば天才だな」

「お前ら褒めてないだろ」


 乾いた笑み浮かべつつ龍二たちは犯人を連れて歩き出す。

 あとは犯人たちを律子に引き渡せば今回の依頼は終了だ。


 店舗前まで戻ってくると、優と風間先輩がネットに捕らえられていた残りの二人を縛り上げているところだった。


「やっと帰って来やがった。俺を置いてくなんて酷いだろ」

「悪かったって。でも逃げた犯人も捕まえたから許してくれ」


 龍二は申し訳なさそう謝罪する。

 優には見張り役であった風間先輩とともに万が一、車で逃げられないようにタイヤをパンクさせてもらっていたのだ。


 ちなみにサナカナは用事で欠席。

 葵には危険だということで今回は辞退してもらったので、こんな深夜に集ったのは五人だけである。


「先輩も大丈夫でしたか?」

「あぁ、僕は見ているだけだったから」


 風間先輩は謙遜するように答えたが、そんな光景を見た金髪の男がキッとこちらを睨みながら吠えた。


「テメェ、裏切ったのか。こんなガキどもに俺たちを売ったのか! 冗談じゃねぇぞッ!」


 犬のように喚き散らした金髪に詩音が唐突に膝蹴りを食らわせる。

 ほぼノーモーションからの攻撃だったため、その場にいた全員が驚いた顔で倒れる金髪と詩音を見た。


「先輩はアンタらを裏切ったんじゃない。自分で自分の罪にケジメをつけたんだ。それをとやかくいう筋合いはない」


 地面に這いつくばる金髪を見下ろしながら詩音が言う。


 意外だった。

 まさか詩音が風間先輩を庇うとは思わなかった。


 一方醜態を晒した金髪は眼光だけで人を殺しそうな目でうめき声のような言葉を漏らす。


「うるせぇッ! 風間いまにみてろ、このことをゼロワンが知ったらどう思うか……」


 ゼロワン?

 暗号か何かか?


 聞き覚えのない単語に龍二や理久たちは眉をひそめて互いの顔を見合わせる。

 しかし風間先輩は肩をビクリと震わせ、明らかに怯えた表情した。


 そして詩音も。


「おい、いまなんて言った……」


 ポツリと呟いた詩音は倒れた金髪の襟首を掴んで立ち上がらせるとそのままワゴンの車体に押し付けた。


「答えろ。いまゼロワンと言ったか。この件に奴が関わっているのか」

「あぁ、俺たちの雇い主はアイツだよ。強盗の方法や能力までくれた。アイツがいたから俺たちはここにいるんだよ。じゃなきゃただの不良グループがこんな大胆な真似できるわけないだろ」


 金髪はそう自慢するように高らかに答える。


 どういうことだ。


 金髪のいうことが本当になら、この件には裏で糸を引いている黒幕がいる。

 つまりまだ終わっていないということになる。


 ケタケタと笑う金髪に対し、凄むような低い声で詩音が再び訊ねる。


「奴はどこにいる?」

「おい、詩音……?」


 流石に雰囲気のおかしさを感じて龍二が声をかけるが詩音にはまるで聞こえていない。

 間近で金髪を射抜く彼女の瞳には、なにか鬼気迫る光があった。


「教えると思うか?」


 小馬鹿にしたように嘲る金髪に対し、詩音は空いていた左腕で金髪の首元を押さえつけ、右手の人差し指と中指を彼の目に突きつける。


 突然首に負荷がかかったことで金髪は「かっ……!?」と不自然なうめき声をあげ、突きつけられた指に怯えたような顔をした。


「教えないならこの場でお前の両目を潰してやる。脅しじゃないぞッ!」


 指が金髪の見開かれた目に徐々に近づく。

 少しでも彼女が力を入れれば眼球に指が刺さる距離だ。


「おい、詩音! 落ち着けって!」

「黙ってろ、これは私の問題だ。邪魔すんな」

「止めないわけにはいかないだろ……ッ!」


 流石にまずいと感じた龍二が強引に詩音を引き剥がし、少し離れた場所へと連れて行く。


「一体どうした? お前らしくないぞ」

「うるさい。邪魔すんなって言っただろうが」


 冷静さを失っているのか、いつもよりも口の悪い詩音は再び金髪の元に行こうとするが龍二は自らの体でその進路を塞ぐ。


「ここから先は警察の仕事だ。僕たちの役目は――」


 そこまで言いかけたところで龍二の右腕に激痛が走った。

 あまりに突然のことに声もあげられずに見ると、いつのまにか背後に回り込んだ詩音が彼の右手をひねり上げていた。


「なにもわかってない。お前はなにも……。奴が……ゼロワンがなにをしたのか、お前は知っているのか」

「え……?」


 独り言のようにそう呟いた詩音に龍二は凝視する。

 すると遠くからパトカーのサイレン音が聞こえてきた。


「時間切れだ」


 捻られた腕の痛みを堪えながら言うと、詩音は腕の拘束を解く。


 右腕を押さえながら龍二は振り返ったが、詩音の顔に様々な感情の入り混じった表情が浮かんでおり、龍二はなにも言うことができなかった。

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