第31話 捕物劇 1/2
深夜。
人々が寝静まり、街灯の明かりだけが寂しく街を照らす頃。
龍二たちの学校の最寄り駅。
そこにある商店街は静寂に包まれていたが、突如一台のワゴン車が現れる。
様子を伺うようにワゴン車は徐行運転でトロトロと走っていたが、やがて車体を端に寄せて停車し、開いたドアから六人ほど若い男たちが出てきた。
「ホントにここに宝石なんてあるのか、あぁ?」
「い、いつもは空き店舗だけど、昨日から特別展示として置いてるんだよ」
その中の一人の金髪の青年が怪訝そうに訊ね、メガネの少年――風間先輩がビクビクしながら答える。
目の前にはシャッターの降りた建物があり、埃や塵で薄汚れた外装はお世辞にもあまり綺麗とは言えない。
彼ら――巷を騒がせている連続強盗事件の犯人たちの目的は中にあるとされている金品を根こそぎ奪うことであった。
「金目のものが集まってるし、やってる期間も数日だから早めに伝えた方がいいと思って」
そう付け加えて風間先輩はリーダーであるニット帽の男を見る。
「金目のもんがあるかどうかは中を見ればすぐにわかる。やれ」
ニット帽の男はそう言って、隣にいた大柄な丸刈り男に顎で命じる。
男は頷いてシャッター前へと踏み出し、右手で触れると目を閉じた。
しばらく待っても男にもシャッターにもなにも変化は起きなかったが他のメンバーはジッと見つめる。
やがて男がシャッターから手を離し、数歩後ろに下がる。
そして助走をつけてドアを真正面から蹴破った。
通常、人の蹴り程度で破れる訳がないのだが、男が触れたシャッターは足の形に凹み、アルミホイルのように裂けた。
「いつ見てもスゲェな。どんな手品使ってんだが」
「行くぞ」
金髪の男がニヘラッと下品な笑みを浮かべ、短くニット帽の男が告げる。
見張り役の風間先輩以外の五人が穴をくぐって店内へと侵入した。
中は真っ暗でなにも見えず、シャッター近くにいた仲間の一人がスイッチを見つけるも反応しない。
「電気がつかないぞ」
「おい、なんも見えねぇじゃねぇか」
「慌てるな。ライトを使え」
指示を飛ばしながらニット帽の男は腰につけていたペンライトをつけて店内を照らし出す。
「なにもないぞ」
「場所間違ってんじゃねぇのか」
スマホや懐中電灯など各々がライトで店を見回した後に口々にボヤく。
確かに宝石店でよく見るような横長のショーケースはあるものの、中にはなにも入っておらず、彼らが持ち帰れるような物はなかった。
ニット帽の男は状況に不可解さを感じつつショーケースに触れてみる。
ガラスには埃が積もっており、長らく使われていないのが明らかだった。
嫌な予感がして男がこの場を離れるように仲間に指示しようとする。
「みんないますぐ外に――」
「なにか探し物ですか?」
しかし、それに遮るように声が投げかけられ全員が振り返る。
そこには壊れたシャッターの外に仁王立ちし、不敵な笑みを浮かべる龍二に姿があった。
「金目のものをお探しですか、強盗犯さん」
「まずいッ! 罠だ、逃げろ!」
「逃げるったってどこに!?」
「こっちだッ!」
リーダー格と思われるニット帽の男の声で犯人たちは一斉にシャッターとは逆方向にある裏口へと走っていく。
しかしシャッター前に立った龍二は犯人たちの慌てようを冷静に見ながら動じることなく指示を出す。
「逃がすわけがないだろ、ネット班!」
店内両端の物陰に隠れていた理久と大我が跳ね起き、手に持った筒状の物体のトリガーを引く。
すると筒の先からネットが勢いよく発射され、逃げ遅れた犯人二人を容赦なく絡め取る。
「ハハッ! どうだ、自作のネットランチャーは! もう逃げ場はねぇ! 大人しくお縄にかかりやがれ!」
理久が制作したネットランチャーを構えながら鬼の首でも討ち取ったような清々しさで大我が笑う。
どこの奉行所の回し者だお前は、と龍二は内心でそう突っ込んだが、言動としてはむしろ旅商人を襲う野党の方がしっくり来そうだ。
ネットランチャーからなんとか逃れることのできた三人は裏口を開けようとしたが、ドアは内側からは開けられないよう細工を施して対策済みだった。
だが逃げるのに必死なニット帽の男は丸刈り男を引っ張り出す。
「おい、やれ!」
そしてシャッターの時と同じ要領で男が扉に触れると扉は紙くずのように壊れ、犯人たちはその穴から外へと脱出する。
「あ、逃げた」
「なっ!? 待てやコラァァァッ!」
追う者の定番のセリフを吐きながらネットランチャーを投げ捨て大我が追いかける。
コメディじゃあるまいし、そんなことを言って相手が大人しく待つわけがないのだが。龍二たちも大我の後に続く。
裏口を出るとそこはいかにも下町らしい入り組んだ細い路地で、少し先を走る大我に背中を追いかけながら龍二は犯人たちに少しばかり同情した。
大我の言動があまりにもヤクザなせいで、絵面としてはどう見ても夜逃げを見られた憐れな債務者なのだ。
そんなことを呑気に考えながら龍二たちは表通りに出てくる。
犯人たちは死に物狂いで背後から追いかけてくる龍二たちを振り切ろうと走っていたが、それを遮るように前方からフラッと詩音が現れる。
その手には愛用の警棒が街灯の灯りを妖しく反射させながら展開された状態で握られている。
突然目の前に現れた詩音に先頭を行くニット帽の男は歩みを緩めたが、彼女は警棒を男の脇腹、腕、首へと打撃を叩き込み、あっさりとニット帽の男を無力化した。
「ははっ、すごいな。瞬殺か」
背後で理久が感嘆の声をあげる。
詩音の警棒捌きを見るのは龍二以外は初めてだった。
そうこうしているうちにリーダーが倒された動揺に乗じて大我が最後尾を走っていた犯人の一人に体当たりをかまして捕まえる。
「ったく手こずらせやがってッ! 大人しくしろってんだ!」
馬乗りになりながら大我はそんなセリフを吐いて笑みを浮かべた。
どう見てもヤクザだ。これで黒スーツとサングラスでもしようものなら完璧である。
そんな大我の様子から目を外し、龍二は残った丸刈り男に声をかけた。
「残ったのはお前だけだ。観念しろ、痛い目は見たくないだろ」
丸刈りの男は逃げ場を周囲に目をやったが、前には詩音、後ろには大我に挟み撃ちにされては逃げる場所などない。
顔を歪めて男は降参とばかりに両手を挙げた。
「理久、アイツを拘束してくれ。ついでに能力も」
理久に指示を出しながら龍二はポケットから端末を取り出して電話をかける。
数回の呼び出し音の後、電話の相手は出た。
『もしもし?』
「姉さん、いまいいか?」
『いいけど、今度はなにやらかしたの?』
「やらかしたの前提かよ」
電話口の律子の口ぶりにそう言って応じたが、龍二はそんな姉の次はどんな反応をするのか楽しみにしながら続ける。
「連続強盗事件の犯人を捕まえたから身柄を引き取りにきてもらえるか?」
『……はぁ!? 捕まえたってアンタどういう――』
「話は後でするから。とにかく学校の最寄駅のところで待ってる」
一方的にそう告げてから通話を切った。
この状況を電話で喋り出したらキリがないのはわかりきっている。
端末をポケットにしまい、龍二は詩音たちの元へと向かう。
すでに犯人たちはそれぞれ両手を結束バンドで縛られた状態で地面に座らされており、詩音たちはその隣に控えていた。
「みんなお疲れ。誰もケガはしてないか?」
「あぁ、無事作戦成功だ」
「いいねぇ、やっぱこういうのは血がたぎるぜ」
理久、大我の順で互いに拳を突き合わせて健闘を讃える。
そして龍二は詩音にも他の二人と同じように拳を差し出した。
「悪かったな。わざわざ来てもらって」
「別にいいよ。帰っても対してやることないから」
そう返しながら、詩音も自分の拳を龍二の拳にぶつける。
やっぱりまだぎこちないな。
笑顔作りながら、龍二は内心でそう思う。
まだこの前の一件からの距離は埋めきれていないらしい。
こればかりは時間が解決してくれるのを待つしかなさそうだ。
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