第28話 変わりない日常 2/2

 深く考えこむ龍二に対し、優は話題を作って意識を店内へと向けないようにしていたが辛抱たまらないとばかりに立ち上がった。


「あーダメだ。本屋でも行ってきていいか? こういうところとは無縁だから余計に居心地が悪い」

「いいわけないだろ、お前だけに楽させてたまるか」

「せめて店の外で待とうぜ? お前だって逃げられるならすぐに逃げ出したいだろ」

「服を見てくれって言われたんだ。店内にいないと意味ないだろ」

「そのまま入部祝いに部長が買えってことになるかもよ」

「……やっぱり外で待つか」

「おまたせ~」


 優の言葉で怖気づいた龍二が店を出ようとした時、試着室のカーテンが開いて葵が現れ、逃げ出そうとしていた二人はさもずっと待っていたように取り繕う。


「ごめん、待った?」

「い、いや、むしろ思ってたよりも早かったよ!」

「お、おう。に、似合ってんじゃん! なぁ龍二?」


 話を逸らすように優がそう言いつつ、バシンと龍二の背中を叩く。

 その強さに顔をしかめるも、龍二はそこで初めて葵の服装に目を向ける。


 紺色のVネックのシャツに白のフレアスカートと非常にシンプルな服装をしており、柔和な女の子らしい雰囲気の葵の個性と相まって、その威力を存分に表していた。


「変じゃない? 似合ってる……かな?」


 全体を見せるようにクルリと一回転してから恥ずかしがるように顔を俯け、上目遣いに葵は訊ねてくる。

 その可愛げな仕草に龍二はついドキッとしてしまい、顔を逸らして答えた。


「あぁ……、似合ってるよ」

「よかった。本当はワンピースとかも着てみたかったんだけどね」

「じゃあ着てみればいいんじゃないのか、ワンピース」


 龍二はそう言ったが、葵は困ったような顔をして首を横に振る。


「そうなんだけどね。私って胸が大きいからワンピースとかを着ると太って見えちゃうんだよね」


 困った表情を浮かべる葵の切実な悩みに龍二の視線はつい彼女の胸元にいってしまう。


 葵は他の女生徒に比べて胸が大きい。

 男女両方から羨望の眼差しを向けられる二つの膨らみは中学時代から成長しだしたらしく、いまではその成長っぷりは明らかだ。


「龍二、そんなに見られると恥ずかしい……」

「ッ!……わ、悪い」


 恥ずかしそうにそう言った葵に龍二は反射的に謝って視線を外す。

 そんなにまじまじと見ているとは気づかなかった。

 葵はそんな龍二の反応にクスッと笑みを浮かべる。


「いいよ。むしろ龍二がせっかく言ってくれたんだし今度着てみるね。その時は……ちゃんと見てくれる?」


 甘えるような声とともに見つめられ、龍二はその瞳から目を離せなくなったが、やがて頷いて「あ、あぁ……」と曖昧な返事をした。


「あれ? 佐藤くんは?」


 龍二に褒められて満足した葵が周囲をきょろきょろと見回したのにつられて見ると隣にいた優が忽然と姿を消していることに気づく。


 同時に、ポケットの端末が震えたのでみると、『お前らのイチャイチャを見てるのに飽きたから、本屋にいるわ』と短いメッセージが届いていた。


「逃げたな、アイツ……」

「佐藤くん、こういう場所苦手そうだもんね」


 逃げ出した優に苦笑混じりにそう述べて葵はカーテンの閉まったままの試着室に向き合う。


「ほら、詩音も着替え終わってるでしょ」

「私はいいって……」


 するとげんなりしたような声とともにカーテンの隙間から詩音が顔だけをのぞかせる。

 その顔はまったく乗り気ではないのだが、葵はそんな態度を無視して彼女の手を取った。


「だーめ。詩音のために来たんだから主役が着飾らなくてどうするの!」

「ちょ!?」


 龍二たちに前へと彼女を引っ張り出す。


 試着室から引っ張り出された詩音はいつもの制服姿とは違い、デニムのズボンにチェックのシャツ、それに上着と葵と同じようにシンプルな装いをしていた。


 女の子らしい葵とはまた違う装いだが、詩音の服装も彼女の雰囲気とうまくマッチしていた。


「おー……」


 その姿を見た龍二の口から感嘆の声が漏れる。


「なんだ着替えてるじゃない」

「これは、その……」


 葵にそう指摘され咄嗟に詩音は言い訳しようとしていたが、うまく言葉が出ずにしどろもどろになってしまう。


 こういった服装に慣れていないのか、ソワソワと落ち着きなくしていたが、龍二の視線に気付くとキッとこちらを睨む。


「……なんだよ、おかしいと思ってるんだろ、私がこんな格好してると」

「いや、むしろ似合ってるぞ」

「なッ……!」


 真顔でそんなことをいう龍二に詩音は頬を赤くして唖然とした様子で口をパクパクさせる。


 実際、葵のような女の子らしさを全面に出すようなものとは違ったが、詩音の服装はクールな感じが出ており、尖った彼女の雰囲気と非常に合っていた。


 冗談抜きで似合っていて綺麗だ。


 そんなことを考えていると、なにも言えずにわなわなとしていた詩音がボソッと呟く。


「……買え」

「は?」

「似合ってるっていうなら買え! 今日は私の入部祝いなんだから!」

「む、無茶言うな!」


 詩音の無理難題な要求に龍二は思わずツッコむ。


 学生が入れる店といえど、ここは龍二がいつも行くような安物の服屋とは違う。

 服一着にしてもそれなりに値がはるもので、社会人ならともかく、学生のお小遣いで一式揃えようものならぞっとしない額になるはずだ。


「だいたい、いくらするんだよこれ」


 ボヤきながら龍二は詩音の着ている上着の首元についた値札を見ようとする。


 もちろん買うつもりはないのだが、いくらするのか自体には興味があったのだ。

 だが値札を引っ張り出したその時、パンッと甲高い音が店内に響き渡り、龍二の手が思いっきり弾かれた。


 同時に店にいた客と店員の視線がこちらを向き、龍二も驚きで思わず後ずさる。


「姫宮さん、どうしたの?」


 葵がとっさにそう訊ねながら、詩音はその手を避けるように後ずさり、そのまま試着室に入るとカーテンを勢いよく閉めてしまう。


 その場に取り残された葵と龍二はしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて龍二はクルリと身を翻す。


「悪い、及川。僕は外で待ってるよ」

「え、でも……」


 龍二は葵の言葉を待たずに店内を出る。


 客や店員たちもただのカップルのケンカだと思ったのか、なにごともなかったかのように再び、自分の興味のあるものややるべきことに戻っていく。


 手を払いのけた彼女の顔はまるでなにかに怯えるように強張っており、同時に寂しそうでもあった。

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