第27話 変わりない日常 1/2

「なぁ、こういう場所だと居心地が悪いのって俺だけか?」

「安心しろ。僕も居心地が良いとは言えないよ」


 隣に座る優の唐突な問いかけに龍二は答える。


 彼らがいるのは高校の最寄り駅から三駅ほど行ったところにある大型ショッピングモールだった。


 フードコートや書店、シネコンまである巨大なショッピングモールで、二人はレディースものの洋服テナントの中で手持ち無沙汰に時間を持て余している。


「なんで女子の服選びを待たなきゃいけないんだよ」

「仕方ないだろ、詩音の入部を祝うって言われたら断るわけにもいかないだろ」

「そうだけどさぁー、こんなところにいるの見られたらダブルデートと誤解されるだろ」

「それ詩音の前では言わないほうがいいぞ」

「俺もそこまでうぬぼれ屋じゃない。ただ言ってみただけだ」


 お前のうぬぼれを心配してるんじゃなく、詩音の鉄拳制裁が飛ぶ可能性があるからなんだが......と龍二は内心で呟く。

 だが、そんなことを知るはずもなく優は手持ちの無沙汰な感じをまったく隠さない。


 詩音の入部を祝う歓迎会代わりとしてこのショッピングモールへ出向くことを提案したのは葵だった。


 先輩からの同意の上で、彼女の下駄箱に細工を施して監視カメラを仕掛ける算段がついたことで龍二や優もここへ来ることを特に断る理由もなく了承した。

 詩音はやや渋ったのだが、葵の強い姿勢に気圧されて、あれよあれよというまに連れてこられたのだ。


 そして詩音と葵はいま、各々に気に入った洋服を持って試着室にいるため、龍二たちは店内でやることもなく待ちぼうけをしているというわけである。

 すると、優のポケットから電子音が響き、端末を確認する。


「理久たちからの定期の報告だぜ」

「進捗は?」

「まぁまぁって感じかな。理久が次の犯行を予測して大我がそこらを見回ってるし、サナカナは地道に情報集めて回ってるってよ」


 目を落とした端末に指を走らせつつ、優は答える。


 二手に別れた龍二たちだったが、緊急の対応を迫られた時のために定期的に連絡をとって進捗を報告し合っていた。


 それによると、この前律子から受け取った警察の資料やサナカナが独自に集めた情報を元に理久が次に犯人が狙いそうな店舗やエリアを探し出しているそうだ。


 時間に自由の効く大我がその周囲を見回り、サナカナは新聞部などの情報網を使って引き続き情報収集に勤しんでいるらしい。


「こっちの進捗を聞かれたか?」

「あぁ、カメラを設置したことは伝えたけど、ここに来てることは言ってない」


 龍二たちのほうも生徒会に申請を通し、下駄箱にカメラを仕掛け終えたので、あとは贈り物を届けにマヌケな犯人がカメラに映るのを待つだけである。

 それを終えたからこそ、ここに遊びにきているのだが理久たちにはそのことを言っていない。


 基本的にチームで分かれた場合、それぞれの時間の割り当てはチームのリーダー役が決めているので別に問題はないのだが、熱心に理久たちが調査を進めている間にこっちはショッピングモールで遊んでました、なんて言ったら面倒なことになるのはわかりきっている。


 特にサナカナコンビ女性陣はこの手の類には敏感だ。


「にしても長いな。そんな何着も持っていってないだろうに」

「そういうもんだよ。気長に待とう」


 イラついたような優の呟きに龍二はやんわりと返す。


 姉がいる龍二にとっては女性の買い物はそういうものだという割り切りがあったが、正直早くこの場を去りたいと内心では嘆いている。

 何故かと言えば、先程から店内にいる女性たちの視線が痛いのだ。


 それなりの人気店なのか、今日は火曜日のはずなのにちらほらと客が入れかわり立ちかわりで店内へと入っており、そのたびに学生服で試着室前にたむろする自分たちに視線が向けられているのがありありと感じられる。


 その視線から逃げるように龍二は周囲の服に目を向けたが、女性のファッションに関してはどちらかといえば疎いほうの龍二ではイマイチピンとこない。


「なぁ、ふと思ったんだけどさぁ。姫宮って『一区の戦姫』なんじゃねぇの?」

「え?」


 突然飛んできた優の言葉に龍二は目を見開く。


 『一区の戦姫』というのは中学時代の龍二たちの間で流れていた噂だ。


 誰しも学生時代に友人などからホラ話や胡散臭い噂などを耳にしたことなどはひとつやふたつはあるだろう。

 『一区の戦姫』の噂はそういった類の話で、数年前に六坂市で学生たちのコミュニティで一気に広まり話題になった。


 内容としては一区の中学校に通う女子生徒が六区の不良グループを壊滅させたというとんでもない話なのだが、所詮は噂で誰もがすべてを信じているわけではなかった。


「どうしてそう思うんだ?」

「昨日のケンカを見たからだよ。能力抜きにしてもあれはヤバすぎだろ。同世代の動きとは思えねぇ」


 頭の後ろで手を組んで優が呟く。


 それは龍二も思っていた。

 むしろ直接彼女の技を見て手合わせしたからこそ、その異常性は一番理解している。


 相手の動きを読む先読み能力。

 スキを突きながら的確な攻撃を行う判断能力。


 戦うという面において彼女は卓越しすぎている。

 それらを踏まえた上で考える。


 もし『一区の戦姫』の噂が本当なら噂の戦姫は龍二たちと同じ年代。

 詩音の戦闘力が卓越していることはすでに分かっているし、多少の不利をもろともしないことは以前不良たちから助けてもらったので分かる。


 それらを鑑みると、詩音が『一区の戦姫』だと言われてみればそう思えて仕方なくなった。

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