第26話 交渉と雑談 2/2

「で、話ってなんだ?」

「別に、ただの雑談よ」


 書き終わったのか、ペンを置き両手に顎を乗せて冬川は微笑む。

 その笑顔は先ほどまでの大人びたものとは違って、龍二と同い年らしい幼さの感じられる表情だった。


 ふと、かつて見た記憶の中の表情と重なったが、龍二は脳裏に浮かんだそれを消して肩をすくめる。


「転校生を仲間にするなんて手が早いわね」

「誤解を招くような言い方をしないでくれ。流れでそうなったんだよ」

「あなたのところの部員は癖が強いから。あの子もそうなんでしょうね」

「まぁ、そうだな。教室ではほとんど一匹狼だし、人と積極的に関わろうともしない」


 いまのところ、校内で詩音ともっとも親しいのはボランティア部に所属している龍二たちだ。

 詩音がボランティア部に入部してからそれを会話の種に仲良くなろうと近付いた者はいたが、彼女は彼らとの歩み寄りをことごとく断った。


 龍二たちにも単純な受け答えなどはするようになったが、友人レベルまでは正直こぎつけられていないのが現状だ。


 まるで自分で自分を罰しているかのように頑なに他人と仲良くしない。

 そういう意味で彼女は浮いている。


「なるほど。あなたが強引に部に入れたわけ」

「強引にじゃない。タイマン勝負の条件として部の入部を出しただけだ」

「強いの? 彼女」

「あぁ、大我と同格……やりあったら大我が負けるかも」

「そんな人間を引き入れて大神くんはボランティア部をどうしたいのかしら?」


 そう訊ねてきた冬川に龍二は内心で首を傾げた。

 一体なにが言いたいのだろう、と考えていると冬川はいくらか真剣な声で告げる。


「ひとつ忠告しておくわ。部活でしばらく過激なことは控えなさい。風紀委員会が目をつけてる」

「風紀委員会が? どうして?」


 唐突な言葉に龍二は怪訝な表情をした。


 風紀委員会は生徒会と並ぶ、生徒運営の代表的組織だ。

 その名の通り、学校の風紀を管理し、健全な学生を育てるというお題目を掲げた古くてお堅い組織である。


「どうしてもなにも、あなたたちのやることが過激だからよ。風紀委員会は学校の風紀を乱す人間を取り締まる。自分の心に聞いてみなさい。いままでの部活動はどんなものだったかしら?」


 冬川に呆れたようにため息をつかれ、龍二は無言で返すしかない。


 確かに高校に入ってボランティア部を結成してからまだ半年も経っていないが随分と派手なことをやらかしているのは事実だ。

 どうやら冬川が引き止めたのはこれを話すことが本命らしい。


「ついでに言えば、この前の下駄箱と消火器爆破の件は決定的だったわね。そろそろ生徒会に直談判しに来るかもしれないし、あなたたちのところに直接部活動の停止通告をしてくるかもしれない。どちらにせよ、いまの風紀委員は完全にあなたたちを敵視してるわよ」


 彼女は付け加えてくれた情報に龍二はこめかみに手を当てる。

 いままで風紀委員と接触することはなかったが、まさかそこまで危険視されていたとは思わなかった。


 この前の一件に関しては片方は完全に威力を間違えた事故なのだが、派手にやらかしているのは事実なので非常に耳が痛い。


 これからの活動方針を考え直さないとな、と心の中で呟きながら龍二は扉の方へと歩き出す。


「……わかった。気をつけるよ」

「あともうひとつ」


 扉に手をかけかけた瞬間、再びかけられた冬川の声に龍二は足を止める。


「彼女を裏切らないであげてね。私の時みたいに」


 嫌味でも、諭しでもない本心から投げかけられたような言葉。


 背を向けた龍二からはその表情は窺えなかったが、鼓膜を震わせた声から冬川はいつもと変わらず笑っているように確信できる。


「……わかってる」


 振り向くことなく龍二は短くそう答え、今度こそ生徒会室から出ていった。



 ―――――



 生徒会室を出ると、詩音が少し離れたところで壁に寄りかかって待っていた。


「悪い、待たせた」


 龍二はそう言って駆け寄るが、詩音はジッとこちらに視線を投げかけたまま微動だにしない。


「どうした? 早く部室に戻ろう」


 いまだに動かない詩音を置いて龍二は廊下を歩き出したが、数本歩いたところでその背に声がかかる。


「幼馴染なのに名字で呼び合ってんだな」

「…………」

「あの女となにがあったんだ?」

「裏切ったんだよ、彼女を……」


 詩音の問いに険しい顔を作りながらポツリと龍二は呟く。


「僕は幼馴染の彼女の期待を裏切って、いままでの関係に戻れなくなった。ただそれだけ……簡単なことだ」


 首だけを彼女のほうに向けて、龍二は再び歩き出す。


 龍二と冬川の関係は一言で言い表せるものでもない。


 特に二人の間に溝を作った決定的な出来事から時間が経ち、それでも付かず離れずの距離を保っているいまの複雑な関係ならなおさらである。

 だからいま龍二が言えるのはそんな表層的なことだけだった。


 それを汲み取ってくれたのか、詩音はなにも言わずに隣に並び、別の話題を振ってくる。


「能力者のことは知ってるのか?」

「いや、能力者の存在や僕たちが警察に協力していることは彼女は知らないよ。この学校で知っているのはボランティア部の人間と僕の姉を含めた警察官、あと校長だけだ」

「そうか」


 詩音が短く返すと、話すことのなくなった二人のあいだに沈黙が生まれる。


 互いになにかを抱えていながら、それを深く聞きはしない。


 他人に話したところでどうにもならない傷を、龍二と詩音は互いが似た者同士であることを心のどこかで理解していた。


 だから知っている。

 これ以上は聞かないほうがいいし、聞いたところでなんの答えも得られないということも。


 わかりあえているようでわかりあえていない、なんとも言い難い雰囲気で二人は部室までの道のりを歩いていった。

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