第25話 交渉と雑談 1/2
扉を開けると、まず最初に見えたのは部屋の両脇に設置された綺麗に整頓された棚だった。
細長い長方形の部屋にバインダー式のファイルや書類が並べられており、真ん中には机が置かれている。
その奥――窓枠にもたれかかるように一人の女生徒がいた。
「あら、珍しい客が来たわね」
彼女が物音に反応して振り返り、こちらを見る。
詩音と同じくらいの長さだが非常に整えられた髪。
吸い込まれるような丸くて黒い瞳に緩やかな曲線を描く微笑など仕草のひとつひとつが印象に残る。
「久しぶりだな。冬川」
「そうかしら? ちょくちょく会ってると思うけど」
そう返しながら龍二はぎこちなく返事を返す。
とてつもなく気まずい空気が流れたが彼女の視線が隣の詩音のほうへと移る。
「見慣れない顔がいるわね」
「新入部員だよ。ついでに言えばこないだ学校に来た転校生だ」
ペコリと頭を軽く下げる詩音にいまだに視線を向ける彼女は合点がいったとばかりな顔をして近づいてきた。
そして龍二たちの前までくると右手を差し出す。
「そう。はじめまして。私は生徒会副会長の冬川静よ。あなたと同じ一年生だからよろしく」
「どうも……」
そっけない調子で返事を返しながらも差し出されたその手を握り返す詩音。
ひとまず初対面を穏便に始められたことにほっと胸を撫で下ろしながら龍二は冬川に訊ねる。
「生徒会長たちは?」
「私用とか先生に呼び出されたりして今は私しかいないわ」
「忙しいんだな」
「もうすぐ体育祭と文化祭の二大イベントがあるし、それが終われば二年生は修学旅行よ。忙しくないわけないわ」
目を閉じながらやれやれとばかりに冬川は言った。
連続で開催される体育祭と文化祭はもう一ヶ月ほど先に迫っているし、修学旅行では二年生が抜けるので部活や生徒会はその間の穴埋めも必要なのだから実際忙しいのだろう。
龍二は自分が高校生になって半年が経過していることを今更ながらにしみじみと実感しながら、この幼馴染も自分なりに物事に奔走しているのだろうなと考えた。
「それはそうと何の用? 大神くん」
閉じていた目を再び龍二に向けて冬川が問いかけてくる。
名字で呼ばれたことにピクッと反応した龍二だったが、すぐに切り替えて本題を切り出す。
「依頼で南館一階の下駄箱のところにカメラを仕掛けたいんだけど、その許可を出して欲しいんだ」
「南館の一階ということは昇降口のところかしら? どうしてそんなところにカメラを?」
「依頼解決に必要なんだ。詳しいことはあまり聞かないでほしい。プライバシーにも関わるし」
「概要だけでも説明してもらわないと許可は出せないわよ」
生徒会は申請許可を出すには一定の条件がある。
正当な理由もそのひとつで、生半可な理由では許可をもらうことができないのだ。
しかしボランティア部は依頼人の情報を出来るだけ守るように遵守している。
そのため基本的に依頼人の情報はできるだけ明かさないようにしているのだ。
どこまでを話そうかと龍二が考えていると詩音が一歩前に進み出た。
「この学校の生徒がストーカー被害に遭ってる。けど、現状じゃ手がかりがないから犯人を見つけるためにカメラがいるんだ」
龍二は実に単純かつ端的に説明してしまった詩音にぎょっとして思わず肩を掴む。
「おい、勝手に依頼人のことを話すなッ」
「けど、ここままじゃ話が進まないだろ」
「だからって……」
「いいわ。許可、出してあげる」
「そうそう。そんな簡単に許可が出るわけ……って、え?」
予期していなかった二つ返事の了承に今度は冬川のほうに目を向ける。
「いいのか?」
「生徒のためだと言われたら、私たちだって断りにくわ。それに、ボランティア部には結構信頼を寄せているのよ」
冬川はモデルのような完璧な笑みを見せて机にもたれかかる。
驚きだった。
昔、龍二が彼女にしたことを考えれば敵視していてもおかしくないのに。
呆気に取られた龍二に対し、彼女はフラットなテンションのまま続ける。
「ただし、依頼が終わればデータは破棄してね。じゃないと責任問題になるから」
「あぁ、分かったよ」
「じゃあ明日の放課後までには話は通しておくわ」
そういうと冬川は机のペン立てからペンを、棚の端のレタートレーから紙を一枚取り出してさらさらとなにか書き始めた。
早速申請の書類を作ってくれているらしい。
そんな彼女の様子を見ながら龍二は声をかける。
「悪いな、助かるよ」
「お礼なんていいわ、私の仕事だもの。でも――」
そこで紙に走らせていたペンを止め、チラッと詩音を見た。
「どうせなら久しぶりに二人で話をさせてくれないかしら?」
「…………」
龍二はその言葉になにも返せず黙り込む。
それはつまり詩音にこの場から出ていけと言っているのだ。
詩音は冬川の意思を理解したようでクルリと背を向けた。
「いいよ。私は外で待ってる」
「……悪い」
一言呟いた龍二だったが、詩音はなにも言わずに立ち去る。
扉の閉まる音を背中で聞いた龍二は少し間を開けてから喋り出す。
「あんな言い方することないだろう」
「こうでも言わないとあの子出ていかなかったでしょ、それに優しいあなたのことだからそうやって庇うのは見えてたし」
「お見通しってことか」
「当たり前でしょ、何年幼馴染やってると思ってるのよ。性格なんてわかりきってるわ」
彼を見ることなく、冬川はそう言った。
これまでの人生の大半を近所の幼馴染としてやってきたのだ。例え距離を置くことになったとしてもそれくらいのことはわかるらしい。
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