第19話 力と勧誘 2/3
「テメッ!」
一瞬の行動に大我が椅子から立ち上がりかけた。
龍二はそれを手で制し、眼前の拳に物怖じすることなく対峙する。
「随分と面白い能力だな」
相手の死角を視認する。
大したことはないように思える能力だが、それはつまりさっきのように死角を認識してその隙間を縫って動けるということだ。
もちろん相手は死角に入られているので詩音の動きを捉えることができない。
これで龍二の見た瞬間移動でもしたかのような不自然な挙動も説明がつく。
「……どうしてわかった?」
「勘だ。最初は俺も見間違いかと思ったが、昨日の一件で確信したぜ。どう見ても挙動がおかしかったからな」
初めて出会った時、龍二は彼女の動きが不自然になったことに些細な違和感を覚えたくらいで、もしかすれば自分の見間違いかとも思っていた。
しかし昨日、不良たちとケンカになった時の動きで龍二は彼女がなんらかの能力を持っていると確信したのだ。
「だからあえて決闘に乗った。うまく立ち回れば能力者かどうかの確認ができるからな」
「私を焚きつけたのは能力を使わせるためか」
「半分はな。気に触ったなら悪いな」
謝罪の言葉を述べながらも龍二は肩をすくめた。
屋上へは北館側と東館側の二つの階段から出入りすることができる。
龍二は指定時刻の前に能力者を識別できる目を持つ理久を屋上に隠れさせ、決闘をすることで能力者であるかどうかを確認したのだ。
「つくづくお前の思い通りってワケか」
ほとんどが仕組まれていたことだと知り、詩音は吐き捨てるように言って手近な椅子に座る。
額に手をあてて俯く姿は少し悲壮感を感じさせる。
どうやら怒りは感じているようだが、呆れの気持ちのほうが強いらしい。
しばし誰も口を開かなかったが頃合いを見計らって、優が懐から一通の封筒を取り出した。
「そういえば依頼が来てたぜ」
「内容は?」
「文面を読むとどうやらストーカー被害の話らしいな。下駄箱に毎週贈り物が送られて困ってるらしい」
封筒から取り出した便箋を流し読みした優はそれを順々に回していく。
龍二も自分の手元に回ってきた便箋を読むと、依頼主はひとつ上の二年生で最後に依頼主の名前とクラスが記されていた。
「しょぼい依頼だな。そういうのこそ警察の管轄じゃねぇの?」
「おおごとにしたくないんだろう。警察に駆け込めば書類やらなんやらがあるのもあるしな」
大我のボヤきに龍二がとって返す。
実際、こういった問題は相手の報復などを恐れて被害者が相談しないことなどがある。
デリケートな部分のため警察でも扱いづらいのだと前に律子から聞いたことを思い出す。
「ふーん。さすが警察官の姉を持つ弟だな」
「どうも」
「顔を合わせて告白することもできないなんて。根性無しなストーカー男なんてどうしようもない奴にゃ。葵はどう思うかにゃ?」
「え、なんで私に聞くの?」
「だって葵そういうの詳しそうだからにゃ〜」
「わかります姉さん」
「全然わからないよ……?」
サナカナの
「この依頼は受ける。俺たちの心情は依頼は断らないだからな。もし犯人を見つけたら捕まえて警察に突き出してやろう」
「よっしゃぁ! そう来ないとな。見つけたら叩きのめしてやるぜ」
龍二の言葉にさっきまでに興味なさげな雰囲気を消しとばした大我が拳を打ち合わせて獰猛な笑みを浮かべる。
実際に犯人を捕まえるとなれば自分の持ち味を生かしせるかもしれないと燃えているようだが、そんな乗り気な大我に水を差すように龍二は続ける。
「残念ながら大我はこっちじゃなくて、警察から依頼された連続強盗事件の方を頼む」
「は? そりゃねぇだろ。それじゃあ俺の見せ場がないじゃねぇか」
「そうでもないぜ。こっちだって最終的な目的は犯人を捕まえることだ。ならお前の出番だろ」
「よし! ならやる!」
ちょろいな。
たやすく乗せられる大我の姿に龍二も含めたその場の全員が思ったが、芝居がかった咳をして理久が話を元に戻す。
「人選はどうする?」
「連続強盗事件のほうは理久をリーダーに大我に
そう言って龍二は詩音を親指で指し示す。
同時にチラッと様子を伺ったが、彼女はこちらに一瞥をくれただけで特に反論はしなかった。
約束は守るというのはどうやら本当のようだ。
もしかしたら根は素直なのかもしれない。
「わかった。いつから始める?」
いつもなら依頼達成のためにすぐに動き出すのだが、今日は金曜日でいまから調査を始めても作業の大半を来週に持ち越さなければならない。
「いまから始めるとキリが悪いし、来週から始めるとしよう」
「了解だ。それまでにこっちで情報を集めておこう」
「情報収集なら私たちにも任せるにゃ〜」
「じゃあ、そっちでも情報は集めてみてくれ」
新聞部であり、ボランティア部の情報収集部隊とも言えるサナカナが手を挙げたのでそちらにも指示を出す。
すると、いままで黙って座っていた詩音が突然立ち上がった。
「用は済んだ? なら私は帰る」
「おいおい、いくらなんでも早すぎだろ」
文句を言う大我を無視して詩音は扉の方へと向かう。龍二はその背中に話しかけた。
「今日は悪かったな。まぁ、いつもこんな感じで生徒の依頼を受けたり、その解決に奔走したり、たべったりしてる部活だ。来週も良ければ来てくれ」
出来るだけ柔らかい声を意識しながら龍二はそう言う。
詩音には人を拒絶するような雰囲気があり、彼女はそれを肯定し、むしろ望んでいるようにも思える。
私はお前が嫌いだ。
屋上で戦ったとき、彼女はそう言った。
彼女にそこまで言わせるだけの事が過去にあったのだろうが、自分を迎え入れてくれる周りの人間くらいは好きになって欲しかった。
「残念だけど、私はそういうの好きじゃない」
だが、そんな龍二の思いなど知らず、そう言い残して詩音は振り向くことなく部室から出ていった。
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