第20話 ダンジョン遠征
「……来たか。それと聖騎士庁に感謝文を送っておけ」
「かしこまりました」
続々とギルドに集結する面々を見下ろしながら、ギルドマスターは重い口を広げた。煙草に火をつけ、深く息を吸い込む。
その時、ギルドマスターの部屋の扉がノックされた。受付嬢と同じ服を着た少女を先頭に、紅蓮の大狼、瑠璃の大鷲、常磐の孔雀、月白の天馬のクラン長。それと聖騎士隊の隊長が入室した。
「今回は招集に答えてくれて感謝する。目的はダンジョンに出現した謎のモンスターの討伐、できれば捕獲だ」
「そのモンスターについて情報をできる限り教えて貰いたいのだが」
紅蓮の大狼のクラン長が口を開く。ギルドマスターが頭に手を当てて、髪をいじった。
「大きさは4メートルから5メートルほど。武器は持たず、素手だ。知性は不明だが……」
ギルドマスターが頭を抱える。髪の毛が白髪になるのではないかという程の大きなため息を吐いた。
「やつは人を喰う。実際に食われたやつもいるって話だ」
各々が唾を飲む。少女は今にも腰が抜けそうだ。
「……食べるのは人だけでありんすか?ならば道理がたちんせんに」
月白の天馬のクラン長の口からなめかましい音が零れる。あまり口を開かない彼女ゆえ、その声が落ちることは滅多にない。
「おそらく、雑食だ。なんでも、地竜との交戦中に現れ、その地竜さえも屠ったという」
地竜。
それは、危険度指定Aランクに位置する魔物であり、ダンジョンの支配者として君臨することも決して珍しくはない。
また、その獰猛さゆえ見つかったら最後。と噂される程だ。その地竜を屠る魔物など、ほとんど聞いたことがないーー。
「討伐隊を編成し、攻める。明朝5時だ。準備しておけ」
ギルドマスターの声で全員が退出する。ため息をついたギルドマスターの視線の先には、それは、それは巨大な月が静かに街を照らしていた。
◆◇◆
明朝5時。
本来であればあまりこの時間帯に人はいないのだが、四大クランに聖騎士が一堂に会するこの機会、どうにかして見ておこうとたくさんの人が集まった。
その人だかりの中で、愚痴をこぼしている者がいた。そう、シルヴァにクランの入団を勧めた兎耳である。
「むう……テジャも頭でっかちなんだから……。いいじゃないのさ、鉄級でも!あんな逸材捨て置くとかないわぁ。……はぁ、なんで誰も共感してくれないんだろう」
彼女がシルヴァが満点をとったと判断した理由……それは、彼女自身も名前を書き忘れたのだ。最終問題のダンジョン生成理論を解くことは出来なかったが、かなりの自信を持ってのぞんだところ、なんと名前を書き忘れたというふざけた理由で一度落ちているのである。
故に、彼女はシルヴァを求めた。自分と同じ誤ちをし、苦渋を舐める羽目になる彼を。実際に、彼女も試験落ちという汚名が残り、ここ紅蓮の大狼に勧誘されるまでずっと一人だったのだ。
親近感だろうか。彼女はその感情を理解せずとも、シルヴァに自分と同じものを見つけ、声をかけた。だが、シルヴァから断られ、クラン長への交渉も決裂してしまったのだ。
「ヒヒイロカネ以上が絶対条件とか……なんかなぁ。シルヴァ君はどうしてるんだろうなぁ」
大きくため息をこぼす彼女の肩を、誰かが叩いた。
「……ん、ミーシャ」
「やっほ。ご傷心のようやね」
ミーシャと呼ばれた猫耳の少女が兎耳の少女の横を歩く。
「ご傷心って程じゃないけど……」
「ふふーん。ニニャは随分とあの子がお気に入りみたいやね」
「そんなお気に入りって程じゃない」
「ふーん。それじゃなんでクラン長に直談判したんね」
「それは、あの子が優秀だからだよ。ダンジョン生成理論を解くなんて」
「うーん、まぁあの問題は確かに鬼畜だけどさ、別にあんなの分からなくてもよくない?」
「確かに必要になったことは無いけど」
「それに四大クランだよ?私たち。そこが鉄級なんていれたら……ね?」
「むー……」
納得の行かない素振りを見せる兎耳ことニニャをなだめるミーシャ。結局、その話はもう過ぎたこととして片付けられることはニニャにとってあまりいい事ではなかった。
ニニャは密かにあのシルヴァを支援しようと決めたのであった。
「えー、諸君。これよりダンジョンに突入する」
総指揮をとるのは、ギルドマスターだ。
「これよりは自己責任だ。逃げるもよし、戦うもよし。考えて行動せよ。以上だ」
冒険者としての鉄則、自己責任。自分のミスは、自分で償うこと。ダンジョン内では、隣の冒険者が助けてくれる確率はほぼないと言っていい。
だが……逃げることが出来る勇者は、ここにはいない。四大クランや聖騎士が逃げ仰せたなど、自分の不名誉、さらにはクランの不名誉に直結する。
そうなれば、自分たちのクランも桔梗の飛龍と同じ道を辿るかもしれない。没落し、散り散りになってしまう結果を飲むことはできない。
「では、いくぞ!」
ギルドマスターの掛け声が響く。ニニャはパンと自身の頬を叩いた。
ダンジョンが、鎌首をもたげて待ち構える。幾度となく入場したダンジョンが、まるで別のものになったような感覚であった。
「……魔物は?」
ギルドマスターが実際に魔物から逃げ延びた冒険者に尋ねる。
「え……っと、少し奥の方にいたのですが、今はもうどこにいるか。あ、でもあの魔物はかなり不快な声を発するので、すぐにわかるかと」
「そうか」
今回は、先遣隊、討伐隊、伝達隊に別れて行動している。先遣隊が主に偵察、討伐隊が討伐、捕獲。伝達隊は万が一討伐隊でも勝ち目がないと判断した場合、ダンジョンから退出すると共に救援要請。
ほとんどの人員は討伐隊に属している。対して先遣隊は、魔物から逃げ延びた人で構成されている。
「……なぁ、その不快な声ってどんな感じだ?」
討伐隊の一人が後方にいる先遣隊の一人に尋ねる。
「そうですね。空気を切り裂く……?なんかこう……腹の中を抉るような声ですね」
「うーわ。気持ち悪そ」
「ええ、あれはまさしく恐怖そのものでしたから」
そんなたわいもない話をしていながら、足を進める。だが、一向に魔物遭遇せず、魔物が発する声すら聞こえない。
「……おい、ほんとにいたんだろうな」
「い、いましたよ。ですが……下の階層に降りたと考えるべきでしょうか」
「むう」
「あ、そろそろです」
先遣隊の妙な発言を聞いて、ギルドマスターは眉をひそめた。
「どういうことだ?」
「いえ、そろそろ魔物と遭遇した場所に辿り着きます……が」
「うわ……なんだこれは」
そこには、まるで何かと何か……大きな力のぶつかり合いが起きたかのような凄惨な光景が広がっていた。
広く開けた空間に、崩壊しかけているダンジョン。その中央奥に、信じられないものがあった。
「……こいつです」
「は?こいつがどうかしたか?」
「地竜を凌駕する大きさ、巨大な目を彷彿とさせる頭蓋骨の窪み……俺たちを襲った魔物はこいつで間違いありません」
「じゃあ……クラン一つと対等な力を持つバケモノすら凌駕するバケモノがいるってことになるのか。ギルドマスター、どうします?」
「……今回の調査は終了だ。骨を持ち帰り、色々と調べてみる」
ギルドマスターの重苦しい発言を最後に、ダンジョンへの遠征が終了する。だが、結果はより一層危険度の高い魔物がいるということが判明したくらいであった。
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