第19話 落とし前と和解(強制)

 シルヴァは大量鑑定専属の受付嬢の元へと歩く。シルヴァの顔を見て、少し顔の色を曇らせたが、受付嬢は直ぐに微笑みを取り戻した。


「なんの御用ですか?」

「いや、さっきの続き」

「先程のでしたら、1853マーズで合意されたのではありませんか?」

「や、俺は病院の時間があってね。ちょっと中抜けさせてもらっただけ……なんだけど」


 シルヴァが微笑む。後ろに真っ黒いオーラを垂れ流しにしながら。


「嘘ついたろ。1853なんて」

「……」


 受付嬢は何も答えず、シルヴァの顔をじっと見る。


「1853じゃないよね?」

「……」


 答えない。


「ふーん。それじゃ然るべき所に相談して……」

「構いませんが、1853で合意なさったのはあなたではありませんか?」

「合意ねぇ。んじゃ俺は別にそれでいいけど、ぼったくられたってことで報告するよ。上に提出した明細書と、俺の冒険者カードへの振込額の差とか」


 受付嬢は静かに唇を噛む。


「職を失い、汚名まで備えて路頭に迷うか、今すぐ俺に金を払うか。脳筋冒険者や田舎のほっぽでなんかは黙せるとでも踏んだか知らないが、学校卒が義務づけられている君はどっちがいいかくらい分かるよね?」


 シルヴァが圧力をかける。受付嬢はため息を吐いた。


「2353です」

「まだだな。この期に及んで嘘を重ねるか」


 シルヴァの手が、受付嬢の肩に置かれる。受付嬢は流れ出る冷や汗を拭い、深呼吸をした。


「2853です」

「毎度あり」


 シルヴァの冒険者カードに1000マーズ追加で支払われる。そのまま悪い笑顔を浮かべ、シルヴァはギルドを後にした。


 受付嬢の後ろから、男性職員が小走りで走ってくる。


「姐さん、先払いしてくれよ。こいつが借金までして高級酒買いやがって」

「あー、それは自業自得だな。それと今回は支払いはないから」

「姐さん、独り占めはずるいですぜ」


 一人が文句を垂れる。だが、受付嬢の右ストレートが顔に決まった。


「バレたんだよ。全部持ってかれた」

「は?二重トラップはかけたんですかい?」

「あぁ。だがそれもいとも容易く見抜いてきた。なんかアイテム持ちなんだろうな。だが……」


 受付嬢が首から下げているブローチを握る。


「これは遺物級アイテムなのに……それすら凌駕するアイテムを持つ鉄級冒険者なんて聞いたことないね」


 受付嬢と職員のため息は、残念さと疑問に埋もれていた。


 ◆◇◆


「ふぅ……疲れた」


 シルヴァがクランに帰ったのは、もう深夜であった。他のクランの人達は、全員寝ているので、シルヴァは極力足音や物音を立てないように動いた。


「はぁ……ん、うま」


 チューブ型の携帯食糧を頬張る。練ってあるジャーキーのような味だった。


「これ水が欲しくなるやつだな……水はどこだったっけか」


 シルヴァが厨房に向かおうとする。だが、シルヴァの意識はそこで途絶えてしまった。


 シルヴァの意識が覚醒したのは、空の上だった。


「……ん」

「お、起きたか?シルヴァ」

「んー……ん!?!?」


 シルヴァはゼラにお姫様抱っこされながら、どこかに連れていかれていた。急いでバタバタと暴れ、ゼラから飛び降りる。


「これはどういう状況?」

「シルヴァが椅子に座りながら寝ていたからベッドに運ぼうと思ったんだが……起きたならいいか」

「お姫様抱っこで運ぶことはないだろう」

「いや、これが一番安定するんだよ」

「そうなん……まぁありがとうな」


 シルヴァは半ば諦めたように口を開く。そのまま、ゆらゆらと自室へ戻り、ベッドに飛び込んだ。


「お兄ちゃん」


 一人残ったゼラに、サラが声をかける。


「ん?どうした?サラ」

「昨日、ダンジョンでなんかおかしな魔物が現れたそうです。クラン一つが壊滅的な被害を被ったとか」

「……ギルドの対応は?」

「さぁ?四大クランを出すとも、聖騎士に依頼するという噂は聞きましたが、まだなんとも」

「そうか」


 ゼラは顎に手を当て、何かを考えるような素振りを見せた。だが、直ぐに手を戻し、サラに笑いかけた。


「大丈夫だろ?まぁダンジョンから外に出てくることがない限りこっちに被害が来ることは無いから」

「そうですか」


 兄妹の淡白な話し合いは終わりを告げる。小走りで走っていくサラと、腰に挿している剣を抜き、微かに傾けるゼラの背が、物寂しさを醸し出していた。


 ◆◇◆


「……四大クランを集めろ。聖騎士隊も呼べ」


 重々しく呟いたのは、ギルドマスターだ。


 蓄えた髭を摩り、焦燥の色を浮かべる。


「では直ちに招集をかけます」


 ギルドマスターに答えたのは、赤渕のメガネをかけた女性だった。ギルドマスターの秘書だろうか。手にはいく枚もの紙を抱えている。


 秘書が伝書鳩を飛ばす。宛先は、四大クランと、聖騎士庁。


 四大クランには強制招集を。聖騎士庁には救援要請を。


 今、ダンジョンに現れた謎の魔物を討伐するべく、この星の最強勢力といっても過言ではない面々がギルドへ集まる。


 最初にギルドに姿を見せたのは、四大クランの一角、紅蓮の大狼。赤を基調とした装備を揃え、全員がヒヒイロカネ以上の冒険者だ。クラン長である長身で髪が膝まで伸びている男性を先頭に、圧倒的な貫禄を持つ古豪。


 次いでギルドに姿を見せたのは、四大クランの一角、常磐の孔雀。こちらは緑備えの装備だ。このクランは、人数こそ少ないものの、全員がオリハルコン以上の冒険者だ。少数精鋭を信条とし、圧倒的な機動力を生かした面制圧を主とする韋駄天。


 ここで、意外……冒険者達にとっては意外ともいえる人物達が現れた。聖騎士庁麾下聖騎士隊、“金狼”。白地に金を主とした聖騎士隊であり、本来は対他国への軍である。サマナ平原制圧、マヤト要塞戦、ナギ湿地帯攻略など、様々な武勲をあげる戦闘のスペシャリスト。


 次にギルドに姿を見せたのは、四大クランの一角、瑠璃の大鷲。さる貴族の嫡子が創設したクランであり、貴族との繋がりが強い。基本的にギルドで依頼は受けず、貴族から直接依頼を受けるというスタイルを取っている。依頼達成率は90%を超え、予約は一年先まで埋まるという人気ぶりだ。


 最後にギルドに姿を見せたのは、四大クランの一角、月白の天馬。近日起きた“桔梗の飛龍事件”により失速した元四大クランに取って代わり、この位置についた。クラン長の圧倒的カリスマ性により、市民達からの人気も高い。このクランは女性限定であり、多くの女性冒険者の夢がこのクランに入るとことも言われる程だ。


 四大クランは手を取り合って……ということは好まない。一癖も二癖もある彼らが一致団結して物事を、ましてや、聖騎士隊も交えてなど考えられない。ギルドには、険悪ムードが漂っていた。

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