第18話 脱臼と青十字
シルヴァがダンジョンから退場すると、そこは異質と言わざるを得ないだった。
突如として現れた謎のモンスター。圧倒的な力で地竜すら餌食にしてしまうその獰猛さ。
現に、多数の冒険者が被害にあっている。噂し合う人々が後を絶えない。
「あの、大丈夫でしたか?」
シルヴァに受付嬢が声をかける。シルヴァは軽く笑って頭を抑えた。
「なんとかね。でも肩を痛めた」
「そうですか……病院に行くことを勧めますが」
「……いや、いいよ。自分でどうにかできる」
「は……はぁ」
呆気に取られる受付嬢を他所に、シルヴァは肩を治そうとしたのだが……
「ん?治らないな。なんで?」
骨折が治ることはなかった。
(んーとこれはどういうことだ?俺自身、まだこいつを完全に理解している訳では無いのか)
シルヴァは首を傾げながら、受付嬢に向き直る。
「ねぇ、病院がどこにあるか教えて貰える?俺ここの地理はあんまり詳しくないから」
「あ、はい。あそこの青い十字紋の看板があるところです。ですが……」
受付嬢が目をそらす。シルヴァがそこの建物を見てみると、担架に乗せられて運ばれる人、簡易的な布で止血している人などが押し寄せていた。
「あー……。急患が多そうだな。近いし」
「そうなんですよ……でも後はここから少し離れたところにしかなくて」
「どこでもいいよ。別にそこまで命の危機とかそういうのじゃないから」
「そうですか。ではここから二番目に近い所を紹介します。ギルドの隣に、青い十字紋がかけられている建物があります」
「ありがとう」
シルヴァは軽く頭を下げ、ギルドの近くの病院に向かう。歩いている途中、シルヴァはなんで骨折が治らないのか考えたが、これだという結論には至らなかった。
「ギルド付近の青い十字紋は……ここかな?」
ギルドの正面入り口付近。先程見た建物よりこぢんまりとした二階建ての建物に、青い十字紋がかけられていた。
ドアを開ける。チリンチリンと鈴の音が鳴り響く。
「こんにちは。冒険者カードのご提示をお願いします」
「はい」
シルヴァが冒険者カードを提示する。それを石版の上に置き、何かを確かめた。
「それではこちらの紙に諸事項をお書き下さい」
手渡された紙には、ここを受診した目的、理由などを明記する欄があった。備え付けのペンで書き込む。
「これでいいか?」
「はい。大丈夫です。ですが、本日は受診される方が多いので、少しお時間をいただきますが、よろしいでしょうか」
「あ、どれくらいなんだ?」
「1時間ほどです」
「そうか。それじゃギルドの方で換金とかしてきてもいいか?」
「はい。それではこちらのプレートをお持ちください」
シルヴァが渡されたプレートには、95という番号が記されていた。
「こちらの番号が呼ばれた時にいらっしゃらなければ見送らせていただきます。ですので、余裕を持ってお戻りください」
「分かった」
プレートを握りしめ病院を出る。そのままギルドへと向かった。
ギルドの中では、謎のモンスターの突然の出没の話でもちきりだった。
四大クランほど力が無いとはいえ、有力クランの一つが壊滅的な被害を受ける程だ。四大クランが総力を上げて討伐隊を編成するだの、聖騎士を投入するだの噂している。
シルヴァはさほど関心を見せずに受付に向かう。
「換金をお願いしたい」
「はい。冒険者カードをご提示下さい」
シルヴァが冒険者カードを提示する。軽く透かした受付嬢は、カードをシルヴァに返した。
「それでは換金する魔物、鉱物をお願いします」
シルヴァが
「すいません。それほど大量だとここでは対処できません。専用の受付嬢がおりますので、そちらでお願いします」
「あ、はい」
拍子抜けしたシルヴァは、その専用の受付嬢の所へ向かう。
「すまない。ここで換金を勧められたのだが」
「あー、分かりました。では冒険者カードのご提示を」
いちいち冒険者カードを提示するのは面倒だと感じたが、とりあえず提示する。
「はい……鉄級ですか」
「そうですが、何か?」
「いえ、なんでもありません。それではこちらに」
シルヴァが案内されたのは、試験をやった時と同じような大きさの部屋だった。そこには、同じ服を着た男性職員二名がいた。
「それではここで換金作業をします。魔物、ドロップ品を」
シルヴァが
(なるほど。鑑定職員って訳か。さっさとして貰いたいものだね)
シルヴァが心の中で悪態をついていると、職員二人がコソコソと話し合う。途中で受付嬢も交え、三人で何かを話していた。
受付嬢の首が縦に振られる。そして、受付嬢が口を開いた。
「以上ですか?」
「以上だ」
「〆て1853マーズになります。また、これだけの金額を一括で支払うのはできませんので、冒険者カード預かりとなります」
「……そうですか。代金はきっちり払っていただきます」
シルヴァは受付嬢を睨み、だが瞬時に顔を和らげる。頭を下げ、急ぎ足で部屋から出た。残された三人は、お互いの顔を見合わせた。
「あら……。いけたんかね」
「だろ?鉄級でこれだけ一括で換金ってーなら相場を知らないと踏んだんだが……」
「あそこまでぼったくるとは思わなかったぜ姐さん」
男性職員の一人が笑う。受付嬢が煙草を咥え、火をつけた。
「なんかいちゃもん付けられたら正規額を提示するつもりだったのにね。これはもう私達が悪いんじゃない。自分の無知を責めてということで」
「大丈夫なのか?ギルドは」
「基本的には大丈夫でしょう。監査委員はここ数年来てないし」
「んじゃ上澄みの500マーズは山分けってことだな」
「は?私が半分貰うよ」
「ええ?姐さん。それは酷い」
「なんならあんたらだけバラそうか?」
受付嬢が凄む。男性職員二人は手を振った。
「そんなまさか。姐さん半分どうぞ」
「まぁ俺らも125マーズ手に入る訳だしいいじゃねぇかよ」
納得した素振りを見せて、職員の片方が明細書を新たに書き込む。そこには、換金費用2353マーズと記されていた。
煙草の煙が部屋を埋める。
その後、シルヴァは病院で治療を受けた。顔はとてもヨボヨボだが、体の筋肉ははち切れんばかりについていた医師を前にして、シルヴァはツボにはまってしまった。そして、骨折ではなく脱臼という診断がなされ、無理矢理肩をはめ直した。
シルヴァは治療代として6マーズ支払い、病院を後にした。そのままクランへの帰路につく……のではなかった。
「さて、あの女。1853なんて嘘つくのはちょっとねぇ。あの時は時間がなかったけど。ちょーっと問題なんじゃあありませんかね?」
狂喜を胸に宿し、ギルドの門をくぐる。そのまま、換金所へと鼻歌交じりに向かっていった。
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