第17話 異形、強襲
「なっ、何だ?」
シルヴァの耳を轟音が貫く。その嫌悪感溢れる声を出すのは……魔物。
「よし、ボスでもスポーンしたか?……だがこの声はなんだ?初めて聞く声だな……」
シルヴァは収集中の鉱石を中断し、声の元へと走る。だが、まだ声の元に届いていないところで、人の群れが押し寄せてきた。
「うお、なん……だこれは?」
よく見ると、装備がボロボロに破壊されていたり、流れ出る血を何とかして止めながら走る人、恐怖だろうか。精神が崩壊を期してしまい、よく分からない言葉の羅列を垂れ流す人。
「まるで、地獄絵図だな……」
阿鼻叫喚のダンジョン中腹。シルヴァが潜っていた時はほとんど強い魔物なんて出なかったのだが、今になって突然変異でも起こしたのだろうか。
「おいどけ!俺が先だ!」
「何よ!邪魔しないでくれる!」
「ダラダラすんなよ!はやくしろ!」
阿鼻叫喚ではなく罵詈雑言が飛び交う。シルヴァはそこで、見知った顔を見つけた。
(お?あれはあの少年少女じゃないか?)
だが、三人の装備はボロボロに劣化……いや、何かに壊された跡があり、リーダー格の少年は足を引きずっていた。
(何があったんだ……気になる。ちょっと行ってみようか)
シルヴァは濁流の中に足を踏み入れる。押し寄せてくる人の波をゆらりゆらりと躱し、先に進んだ。
「!!これが……声の正体か?」
奥の方から、人間のおよそ三倍はある巨体の竜……二足歩行で、極端に退化した前脚と、発達を重ねた後脚を備えた竜が猛追してきた。
「こいつは……ダンジョン下層に生息する“地竜”か?だがなぜまた中層に?」
地竜の目は、血走っていた。その動きは、何かを仕留めるための動きでは無い。
「まさか……逃げているのか?地竜が?」
周囲の人間なんか目にもくれず、地竜は走る。その後ろから、突然に濃い緑色に染まった手が伸びてきた。
その手は、地竜の尾を掴んだ。そのまま、力任せに手を引く。
「ギィヤァァァァァッッ!!」
地竜が咆哮を上げる。だが、ほんの僅かで地竜は足から崩れ落ち、ズルズルと引っ張られていく。
首を上げ、威嚇する地竜だったが、別の手が伸びてきた。地竜の首根っこを掴み、地面に捩じ伏せる。
遂に、その耳障りな音を出す魔物がその姿を見せた。
「なん……じゃこりゃ〜」
その魔物を表現するとしたら、異形だ。ずんぐりむっくりな人型を保ってはいるものの、人とはまるで違う、濃い緑色の巨軀。
顔の約半分を占める目玉は、二つとも大きく見開かれていた。絶叫を上げる地竜を見て、嬉しそうに目を細めた。
異形の牙が、地竜の首にかかる。地竜の絶叫が断末魔となり、地竜は倒れ込んだ。
「うわっ!さすがにここまでとは聞いてねぇな……」
嬉しそうに口を開いた異形の口から何かがこぼれ落ちる。それは、異形の歯型が幾重にも付いた、人間の生首だった。
そのまま、嬉嬉として異形は地竜を屠った。だが、途中で異形はその食事の手を止めた。
異形が、シルヴァを感知した。
その首をぐるりと回し、シルヴァをじっと見る。その時、シルヴァは直感的に悟った。
こいつは関わってはいけないやつだ。と。
そーっと抜き足で後退するシルヴァ。だが、突然異形の手が動いた。
「うわっとぉ!?」
投擲だ。先程屠っていた地竜の尾を引きちぎり、シルヴァに向かって投げつける。
尾は避けることができたが、衝撃が走る。避けた尾がダンジョンの一部を破壊し、その瓦礫が雨のようにシルヴァを襲う。
「!……ッ!」
轟々と音をたてながら、シルヴァは瓦礫に埋もれる。地竜を頭から丸呑みした異形は、その巨軀とは思えぬ滑らかな動きで立ち上がり、瓦礫へと近づく。
瓦礫を一つ一つどかす異形。そして、血の滴るシルヴァの足を掴む。真上に引っ張り上げ、異形はその顔を歪めた。
「ん……はっ!」
シルヴァが無詠唱で〈
シルヴァはそのまま空中で一回転をして地面に降りる。
異形の頭に青筋が浮かんだ。
怒りの形相でシルヴァを見下ろす。横に切れた口からは歯ぎしりの音が鳴り響き、大粒の涎が落ちる。
「オオオオオオオオオオッ!!」
異形の雄たけびが空間すら震わせる。耳を抑えるシルヴァの真上が、突如として暗くなった。
(……まずい!)
シルヴァが飛び退く。その次の瞬間、異形の拳が振り下ろされ、地面が20センチほど陥没した。
「は……っはは、もう呆れて笑いしかでないな。どれだけパワーがあるんだよ。だが……」
シルヴァが
「遠距離から潰してやる。〈
再度魔法を撃ち込む。だが、その巨軀を身軽に動かし、異形は炎の槍を避ける。
「……っち、なら面攻撃だ!〈
その瞬間、異形の姿が消えた。
「なっ……!」
シルヴァが顔を振る。異形の姿はどこにもいない。
「クソ!どこに……あ」
シルヴァの頭に大粒の水が零れ落ちる。
上を向いたシルヴァが捕らえたのは、ダンジョンの上部から大口広げて降ってくる異形だった。
「回避を……っ!」
だが、シルヴァが身を翻す動作は、異形が落ちてくる速度と比べてかなり緩慢であった。
「ぐぁっ!がはっ!」
異形がシルヴァの胴体を噛む。そのまま食いちぎろうと力を加える。
「っ!……舐めるなぁっ!」
シルヴァが異形の頬を掴む。その瞬間、異形の頬が灰のように霧散した。
「オアアアア!!」
骨だけ残して異形の頬が消え去る。筋肉がなくなったため、右側の顎がぐらりと崩れ落ちる。
「……っ」
シルヴァがその隙をついて口から脱出を図る。だが、異形はシルヴァの体を掴んだ。
「くっそ……この馬鹿力が」
ギリギリとシルヴァが抑え込まれる。ボキボキと骨が折れる音がダンジョンに谺響する。
「ああああっ!」
今度は異形の手が霧散する。骨だけを残して全てが消え去り、支えを失った手はダラリと垂れた。
異形が垂れた自分の手を見つめる。その状況に納得できないのか、異形の口から怒号が溢れ出た。
「うるっさい……さっさと眠っとけ!」
シルヴァの手が異形の頭を掴む。だが、皮膚と筋肉は霧散したが、核は霧散しなかった。
「ギ……ギャアアアアア!!」
もはや金切り声ともいえる声が響き渡る。ビリビリと空間が裂かれていったが、金切り声は断末魔へと変貌を遂げる。そして、遂にその声が響くことは二度となかった。
「はぁ……あー、疲れた。一体何だったんだ。あいつは……」
シルヴァがダンジョンにもたれかかりながら愚痴をこぼす。
「やっば……骨折とかにゃ対処できないか。あー、痛え」
骨折した肩を擦りながら、シルヴァは異形の核を回収。
「……は?」
シルヴァは迷った挙句、現物として核を保存した。今後こういった時のためにアイテムポーチでも買おうかと考えるシルヴァであった。
シルヴァが肩を擦りながら帰還していった。シルヴァの姿が完全に見えなくなった時、一人の男が忍び足で遺骸に近づく。
男が、妖しく嗤った。
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