第16話 兄として
(俺に殺される覚悟も出来てるよな?)
「……ひっ!」
ベッドの上でノラが飛び起きる。その顔は冷や汗をかいていた。
「やぁノラ。おはよう」
「……兄さん。サラは?」
「サラならギルドだよ。昨日のドロップの換金」
「……あぁ。任せちゃったみたいね。今何時?」
「今は午後3時ちょっと過ぎた頃。なんか口に入れる?」
ゼラが横にあったカートを動かす。そこには、トーストとホットミルクが載せてあった。
「……いただくわ」
ノラの手が伸びる。そして、パンを一口齧った。
「……美味しい」
ノラの久しぶりの柔らかい表情に、ゼラは微笑んだ。
そして、パンを食べ、ホットミルクを飲み終えたサラは、ベッドに横になり一息ついた。
「ありがとね。兄さん。落ち着いたわ」
だが、ゼラは口を手で抑え、少し笑って言った。
「お礼ならシルヴァにしてやれよ」
だが、ノラはゼラの発言が気に入らないようだった。青筋を浮かべてベッドから思いっきり立ち上がる。
「なんでよ!あいつが私に何かしたっての?」
「そのトーストとホットミルクはシルヴァが作ったんだよ」
ゼラの目線の先には、トーストが載っていた皿と、ホットミルクが入っていたカップがある。ノラは、拳を握り、震わせた。
「そんな、食べる前に言ってくれればゴミ箱に投げ捨てていたのに!」
「まぁまぁ。ノラがシルヴァをどう思おうが勝手だが、物に八つ当たりするのはダメだろう」
「……ぐっ……それはそうだけども」
ゼラがノラに近寄る。そして、握った手ををノラの顔の前にだした。
ビクッと反応するノラ。目をつぶったとき、ゼラの人差し指がノラのおでこを弾いた。
「……痛っ」
「さすがに毒は使っちゃダメだろう」
「でも……どんな手を使ってでも勝てって……兄さんが」
「それは実戦の時。模擬戦では相手を殺しちゃいけないことくらい、分かるだろ?」
「……」
「気持ちが落ち着いたら、シルヴァに謝っとけ。それとお礼も兼ねてな」
そう言い残し、ゼラが部屋から出ていく。部屋の中に、大きなため息が溢れた。
◆◇◆
「どうだったか?ノラは」
頭を抱えて歩いているゼラに声がかかる。シルヴァだった。
「俺は道は示した。後はノラ次第って感じだな」
「その割にはなんか悩んでいるようだけど」
シルヴァの発言に、ゼラはハッとした。だが、直ぐに顔を崩した。
「妹達の知識理解がね……やっぱり兄としては立派な妹に育って欲しいものなんだよ」
「ふーん。まぁ模擬戦で毒まで使ってきたときは正直驚いた」
「だろう?俺もだよ。だから……」
ゼラがため息をつく。そして、重々しく口を開いた。
「やっぱり、学校に通わせたいなぁ……」
「なんだ?出来ないのか?」
幼少の頃より学園に通っていたシルヴァは疑問を抱いた。
「学校に行くのだって費用がかかるんだよ。例えば、入学金だけで50マーズ。一年間の費用で670マーズ。それに教材費、食費、研修費、課外費、試験費とか色々かかるんだよね。それに二人とも学校に行ったらクランの収入も減衰するし……中々大変なんだよ」
「そうか……」
「親っていうのは大変だよね……それで子供は文句ばっかり言うし」
疲労感溢れる声のゼラだったが、どうしてそこまで親のように妹を気にかけるのか、シルヴァは気になった。
「なぁ。ゼラとノラサラって年どれくらい離れるんだ?」
「……ん、四年だね」
「ならゼラから学校にいくべきじゃないのか?年齢的に」
「いや、俺はいいんだよ。俺はダンジョンとか魔物に関する知識があればいい。でもあいつらは美人だし、まだ未来があるだろ?」
「あー、まぁな」
「だから、お貴族様とかから声がかかってきたり、大商人に見初められることもあるかもしれない。というよりかは、やっぱりそういう人と結婚して、何不自由ない生活を送ってもらいたい」
「あー、だから教養を」
「うん。お貴族様にしろ商人にしろやっぱり教養が必要だからね」
乾いた笑いを浮かべるゼラは、どこか昔を見ているようであった。
「……必要資金は?」
シルヴァが問う。ゼラは少し首を傾げた。
「……えっとそうだな。二人で四年間だから大体6000マーズ。それに追加で1000マーズ程。だから7000マーズかな?」
「そうか。今の資金は?」
「積み立てで1400マーズ」
低い。何がなんでもそれは低すぎる。
「かなり足りないじゃないか」
「借入とかなんとかで間に合わせるよ」
笑うゼラだったが、笑い話で済むような内容ではない。シルヴァは立ち上がった。
「……ちょっと出てくる」
「おう、夕飯までには帰れるか?」
「いや、明日の昼くらいだな」
「そっか。んじゃちょっと待ってろ」
ゼラが小走りで走り出す。向かった先は厨房だった。
「これ。本来は今日換金に行くノラの昼食だったんだが、持っていけ」
チューブ型の携帯食糧だった。シルヴァは有難く
「それじゃ行ってくるわ」
「気をつけてな」
ゼラと別れを告げ、シルヴァは走り出した。……いや、人混みや馬車に阻まれ、走れなかったのだが。
シルヴァが向かった先は、ダンジョンだった。やはり冒険者の渦は絶えることを知らない。
「あの、入場料もしくは冒険者カードを」
受付で止められる。シルヴァはポケットから1マーズ銅貨を取り出し、少女に渡す。そのとき、少女は、一枚の紙をシルヴァに渡した。
「冒険者カードをご提示いただければギルドでの一括払いも可能です。ぜひ次回よりご利用ください」
「へぇ、そんなのがあるのか。ありがとう」
シルヴァは礼を述べ、ダンジョンの中に潜り込む。ダンジョンから出てあまり時間は経っていなかったのだが、随分と久しぶりな感じがした。
「7000マーズねぇ。どんな素材を取ればいいのか分からんが、取り敢えずボスドロップの何かでいいかな?」
そのまま、シルヴァはダンジョンを進む。
このダンジョンのボスは不定期に降臨する。階層ごとにボスは出現するのだが、出現条件は未だ不明。
なので、連続ボスといった地獄を味わった冒険者も少なくはない。更には、時たま色違いのボスが出現することもあるそうだ。
シルヴァはダンジョン内を進む。相場は分からないので、スポーンした魔物、発見した鉱物根こそぎ収集する。だが現時点の階層は低く、そこまで高価で売れるものはなさそうだ。より下の階層に向かっているその途中、あることに気づいた。
ダンジョンの奥から大きな音が響いたのは、シルヴァは愚痴混じりに魔物を一蹴している時であった。
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