第21話 忍び寄る黒
寝ぼけていたシルヴァが半分だけ目を開ける。そのままくしゃくしゃと髪をかき混ぜ、大きなあくびをした。
「ん……いつまで寝ていた?」
備え付けの時計を見る。もうそろそろ昼になる頃であった。
「……わぉ。さすがにここまで寝過ごすとは」
シルヴァは顔を叩き、飛び起きる。首を回し、背伸びをしたあと、身支度を整える。
その時、シルヴァはこの建物……桔梗の飛龍のクランに向けて殺意を放つ視線が刺さっていることを感じ取った。
「……誰かいるのか?」
シルヴァが窓を開ける。その時、黒い影が動いたような気がしたが、“真実の慧眼”には何も写っていなかった。
「うーん、見間違いだったのか?まぁいいか。それより腹が空いた」
食欲にはあがらえず、シルヴァは部屋をあとにする。シルヴァが去った後の部屋……開けっ放しにされていた窓に、何者かの手がかかった。
そのようなことは露知らず、シルヴァは食堂で軽食を食べていた。厨房で卵を焼き、パンの上に載せて頬張る。
そういえば最近野菜を採っていないなと感じたシルヴァは、食堂を後にして厨房へと向かう。
有り合わせの野菜で軽くサラダを作り、ドレッシングに何か……と思ったが、どこにも見当たらなかった。
「ここは全員ドレッシングかけない派なのか?……それよりなんかひっそりとしているな。みんなどこか出たのか?」
能天気に盛り付けた野菜に塩をふりながらシルヴァは考える。自分以外なんの音も聞こえない空間はあまり気がいいものではない。
「……ちょっと出てみるか」
シルヴァはここにいてもあまりやることはないので、軽く食器を洗ったあと、クランをあとにした。クランから出るシルヴァを、誰かがじっと見ていた。
◆◇◆
「……まぁ活気はあるんじゃないか?でも前に見た時よりなんか翳っているというか……」
シルヴァは街に繰り出したのだが、なぜか熱気があまり感じられなかった。夢と希望に溢れた街だ……とどこかに書いてあったような気がするのだが、そのようなことは全くない。
何かに怯えているようだ。大声で話す人はほぼいなく、小さな声でヒソヒソ話をしている人が大勢いる。
そこで、シルヴァは食糧を調達しているシャルロッテを見つけた。声をかけようかと口を開いた時、シルヴァは見た。
シャルロッテが店員に全く相手にされていないのを。
ここの屋台は店員に注文してから保管している野菜を取り出す方式なのだろうが、シャルロッテが身振り手振り動かしても、店員はそっぽを向いたままだ。
異様な雰囲気が立ち込めるその光景に、シルヴァは不思議に思い、シャルロッテに近づく。
「どうした?シャルロッテ」
「あ、シルヴァ。この人が聞いてるのか聞いてないのか分からないのよね。聞いてるならはったおすし、聞いてないのなら病院を勧めようかってくらいなんだけど……」
「あー、こいつ無視してるからはったおす方になるんじゃないのか」
「でしょう?……でもなんでまた」
「いいからちょっと離れるぞ。こっち見る人が多すぎる」
そのままシルヴァはシャルロッテを手を引き、路地裏へとまわった。
「……んで、あれはいつから?」
「たまにあったんだけど……今日みたいな露骨なものは初めてなのよ」
「なるほど。なんか心当たりとかある?」
「ないわね」
即答するシャルロッテに、シルヴァはうんうんと頷く。
「……あとは俺がやっておくから、今日はクランの方で」
「……そう?それじゃお願いするわ」
シャルロッテはそう言い、クランへ戻っていく。その何やら淋しそうな背中が、シルヴァの心を抉った。
「……それじゃ、なんでこうなったか調べてみましょっか」
シルヴァがため息混じりに言う。シャルロッテが嘘をつくようなことは考えられないのだが、なんの理由もなしに無視されることも無いはずだ。ちゃんとそれなりに理由があるはず。
なので、シルヴァはシャルロッテを無視していた店員の元へと歩いた。
「すみません、ちょっと……」
シルヴァが声をかける。だが、先程シャルロッテと会話していた人だと分かった店員は、そっぽを向いた。
「あの、聞きたいことがあるんですけど」
再度問うも、店員は依然として反応しない。業を煮やしたシルヴァだが、ここで問題を起こす訳にもいかない。別の店で探りを入れてみることにした。
シルヴァがやってきたのは、酒場だった。酒に酔い、口が軽くなった冒険者や商人達から思わぬ情報まで聞けることがあるため、よく立ち入っていた。
シルヴァがカウンター席に腰掛ける。グラスを拭いていたマスターと思しき人物にシルヴァは声をかけた。
「おすすめを一杯くれないか?」と
このやり方は、その日の市場の大まかな成り行き、マスターがどういう人なのかがわかりやすい。一番高い酒を何も言わずによそるマスターもいた。そういった酒場には、やはり低俗な人しかいない。
「あいよ」
マスターが注いだのは、深みのある赤が映えるワインだった。シルヴァは軽く口に含む。
「……いいワインだね。いつの?」
「神統歴1427年のだ」
「ふぅん。かなり古いワインじゃあないか」
「今のより古い方が味がいい。なんなら飲み比べでもしてみるか?」
シルヴァの前に、神統歴2272年と書かれたラベルが貼り付けてあるボトルが出される。コップに注がれ、シルヴァの前に置かれた。
「ほらよ」
シルヴァがそちらを飲んでみたが、雑味が酷い。おまけに香りも少ない。
「なるほど……でもおかしな話だな。昔より今の方がまずいなんて」
シルヴァのその発言に、マスターは目を丸くしていた。
「なんだ、あんちゃん学校は出てないんか」
「あー、出てないな」
「それなら知らねぇこともないな。混沌の500年っていう……歴史から切り離された歴史ってもんがあってな。そこで……まぁなんかあったらしい」
「知らないのか?」
「文献もねぇ。実際に見て帰ってきた者もいねぇ。ただそういうもんがあるっていうだけなんさ」
「ふぅん……それより」
「なんだ?」
シルヴァが身を乗り出して話しかける。
「先程桔梗の飛龍のクランメンバーを見たんだが、ありゃなんだ?見ていて気分のいいもんじゃないんだが」
「あぁ。教えてやるよ」
シルヴァの顔が綻んだ。だが、マスターはシルヴァのその顔を見て軽くサムズアップした。
「追加で頼んでくれたらな」
「ひどいな」
「はっ、本来なら情報料くらい貰ってもいいんだぜ?そこに俺がワインサービスしてやるってんだ」
「はいはい、そりゃどーも」
これ以上この話をしていても埒が明かないと判断して、もう一杯ワインを頼む。
「桔梗の飛龍の元クラン長がよ、脱獄しようとしたんだ」
「へぇ」
「だがさっさとバレて捕まって、脱獄罪で死刑になったんだと」
「脱獄罪で死刑?」
「おかしいだろ?でもなんか理由つけて殺したかったんじゃねぇのか?それでまぁ、その元クラン長が死んだのが昨日だったんだ」
「あー、なんか繋がった気がする」
「なんかバケモノが出たっていうだろ?それがそのクラン長の怨念だかなんだかって噂だ。こちとら勝手に脱獄しようとして勝手に死刑になったくせに今頃出てくんなって話なんだがな」
「ふーん。そうか」
シルヴァがワインを飲み干す。深みのある赤の水滴が、空から地を打った。
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