第10話 結果と名前の書き忘れ

 次の日。シルヴァはギルドへと赴いた。昨日の試験の結果を見るために。


「まぁ大丈夫だろうな。逆にこれで不合格だったら俺泣くわ」


 ギルドの依頼書が張り出されている所の横、冒険者関連の台紙には、毎週月曜日9時より掲載と表示されていた。


(え、これ週に一回なん? 昨日出来て良かったわ)


 そこには、冒険者合格者一覧の張り紙の欄の他に、冒険者ランク上昇の張り紙の欄も出されていた。昇格したのではないかと期待の目を向ける冒険者達、いい人材を獲得するために、各クランからのスカウトも首を揃えている。


 受付嬢と同じ衣服を来た少女が、丸めてある巨大な紙を抱えてくる。ギルド内の熱気も、それと比例するかのように上昇する。


「それでは、発表です!」


 よく通る声と共に、紙が開かれる。自分の名前を見つけた冒険者達の感性が渦を巻いた。


「えーっと、俺の名前は……」


 冒険者合格者一覧の紙には、シルヴァと他三名全員の名前が記されていた。そして、四人分の冒険者カードが貼り付けられていた。


「ほぉーん。これが身分証になるんか。なんか嬉しいな。あ、それじゃ換金しましょうか」


 冒険者カードを取り、そのまま受付に向かう。受付には、早速冒険者カードの更新をする人で溢れかえっていた。


「あの、換金をお願いします」

「はい、冒険者カードをご提示ください」


 シルヴァがカードを出す。受付嬢はそのカードを天に凝らし、シルヴァに返した。


「承りました。それでは換金する素材、鉱石をお出し下さい」


 叡黎書アルトワールを広げ、そこから売却素材を決める。単価がよく分からないシルヴァは、適当に売ることにした。


「えーっと、それじゃこれで」


 ダンジョンから退出する時に断られたシルリアの原石三個、犠牲の墳主サクリファイスの眼球と皮膜を取り出した。


犠牲の墳主サクリファイスですか。鉄級冒険者にしてはかなり凄いですね」

「あぁ。まぁ冒険者になる前に仕留めたやつだけどな」

「確定しました。〆て76マーズですね」

「ありがとう」

「あの、ギルドにお金を預けませんか?冒険者カードはキャッシュ機能を備えておりますので、提携店での使用が可能です」

「へぇ。提携店ってのはどれくらいあるの?」

「この都市の全ての店はギルドと提示を結んでおります」

「じゃあ全ての店で使えるってことか。それじゃあ、50マーズ預けます」

「ありがとうございます。50マーズ、確かに確認しました」


 文無しから脱却したシルヴァは、顔が少し緩んだ。やはりお金があるのは嬉しい。


「さてと……シャルロッテから借りたのは7マーズだったな。正午まで時間あるしどうしようか……」


 顎にてを当てるシルヴァ。その時、シルヴァは知っている顔を見つけた。


「よし! やっぱ受かってる!」

「合格なんて当たり前でしょう?ほら、スコアも出てるし」

「誰が一番スコアが高いか競走しよう……ビリは今晩奢り」


 あの少年少女達だ。三人はスコアを皆からやいのやいの言い合っていた。


「へぇ、スコアなんてあるのか。どれどれ」


 シルヴァも気になって紙を見る。自分の名前の隣にスコアが書いてあった。


 «シルヴァ 合格 スコア:筆記25/50|実技42/50|合計67/100»


(え? ちょ、なぜこうなった!? 筆記なんて簡単だっただろうよ!)


 驚愕を隠せなかった。赤子の手を捻るかのように解いた問題がたったの25点ということの納得がいかなかった。


(なんであいつらは出来てるのに俺は出来てない! どこがどう違うのか教えて欲しいくらいだわ!)


 シルヴァは一つ下に明記されている、アルのスコアを見る。


 «アル 合格 スコア:筆記48/50|実技47/50|合計95/100»


(おっかしいだろーよ! なんで筆記がこんなに低いんだよ! これは聞いてみるしかないか)


 シルヴァがギルドの受付嬢に向かって歩き出す。そして、机を殴り、言った。


「試験監督はどこにいる」

「ひ、ひゃい!」


 シルヴァに睨まれた受付嬢は蛙のようであった。直ぐに裏へ引っ込み、何やら話し込んでいる。


「つ、連れてきました」

「なんだ? 何か不備でもあったのか?」

「いやそうじゃなくてですね! なんで筆記があそこまで点が低いのですか?」

「あぁ、それはだな……」


 監督が口篭る。


「名前が書かれていなかったんだ。本来0点なんだが、温情で半分だけ点を付けてやることにした」

「えっ?名前……?あっ」


 そう。筆記具のゴタゴタで名前を書くのを忘れてしまっていたのだ。


「本来君は満点だったのだが、名前を書いていないことにはな。感謝の一つでも欲しいくらいだ」

「あ、ありがとうございます……」

「うむ。じゃあ私はこれで失礼させて貰う」


 とぼとぼと歩くシルヴァは、そのまま紙の前まで歩いてきた。自身の25点の文字をなぞり、はぁ、とため息を付いた。


 そのシルヴァのため息を、必死な声がかき消した。


「あの、新人さんですか?」

「そうですが」

「ウチのクランに来ません?鉄級冒険者から金級冒険者まで総勢26名でやってます。先週合格した方もいるので安心ですよ」

「あっ、いやいや、そんなとこよりウチのクランはどうですか?クラン長はミスリル級冒険者ですよ」

「いえ、是非ウチのクランに!ウチに入っていただけるのであれば、初めの一ヶ月のダンジョンの入退出料はクランが負担します!」

「えー、でも私達は……」


 クランの勧誘だ。だが、それはシルヴァへの勧誘ではない。少年少女達への勧誘だった。


「あなた達みたいな優秀な人材を他のクランで埋もれさせる訳には行きません! ぜひ私達と共に歩みましょう!」

「いやいや私のクランの方がいいですよ〜」

「是非私のクランへ!」


 熱烈な勧誘を受ける少年少女達を他所に、シルヴァは人混みから離れた。当然といえば当然なのかもしれないが、シルヴァに勧誘はこない。簡単な筆記を半分しか取れない程度の知識しかない冒険者は、足でまといに他ならないのだ。


 その時、ギルドの中がざわついた。


「お……おい、あれ紅蓮の大狼だよな。遠征から帰ってきたのか?」

「あぁ……セイレーンの討伐任務が終わったんだろう。ほら、あれ」

「ほんとだ。セイレーンの首までひっさげてやがる。さすが四大クランは違うなぁ……」


 そのまま、紅蓮の大狼のメンバー達はギルドを進み、専属の受付嬢の元で討伐完了の手続きをした。すると、そこの中から兎耳の少女が一人、冒険者ランク上昇の紙を見るために歩いてきた。


「へぇ……私はまだオリハルコンのままかぁ……」


 そのまま、隣の紙に目をやる。


「ほうほう、いや〜、懐かしいねぇ。私もこの頃があったなぁ。……ん? どうやら逸材が紛れ込んでるみたいだね」


 少年少女達の目が輝いた。そして、アルがさりげなく咳払いをし、自分の存在をアピールする。


「ん〜……この子欲しいなぁ。ねぇ君!」


 声をかけられたのはアル。憧れの四大クランからの勧誘に、アルはにやけるのを抑えられないようだ。


 だが、アルにかけられた言葉は、屈辱と言えるものだった。


「君の名前は? さっきから熱心にここ見てたけど」

「はい!俺はアルっていいます! ほら、ここの95点が俺です!」

「なんだ違うか」


 バッサリと切り捨てられたアル。自分がこの中で一番の成績だ。自分以上の成績の人はいない。


「そ、そんな訳ないですよね? この中で一番得点が高いのは俺なんですから」

「自意識過剰も大概にしなよ。ねぇ、それよりこのシルヴァって子知らない?」

「シルヴァ……だと?」


 シルヴァは、今回合格者の中で一番最低スコアだ。そんな歯牙にかける必要すらない雑魚を、四大クランが気にかける方がおかしかった。


 その様子を見ていたシルヴァは、まだシャルロッテとの約束の時間までかなりあるので、お呼ばれというのなら自分から出てみようと思った。


「あの……シルヴァは俺ですけど」

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