第9話 救世主

 ギルドで解散となり、のんびりと明日になるのを待っていたシルヴァ。


 だが……シルヴァはここに来てやっと、あることに気づいた。


 そう。換金できない=宿が借りれないのだ。


「あれ……これ不味くね? ちょ、やっぱり暖かいベッドで寝たかったんだが……」


 だが、金がない人を泊める宿屋なんてない。身分証明書すらないシルヴァは、ツケることもできない。


「うーわー。まぁダンジョン内ではずっと野宿みたいなもんだったが……」


 項垂れながら歩くシルヴァ。仕方ないので、ギルドの前の広場で寝泊まりすることにする。


「やれやれ……ないものはないんだ。明日からのいいベッドを夢見ていますか」


 シルヴァは備え付けてあったベンチに腰掛ける。日がかなり傾いてきており、世界は金色に染まっていた。


「……あの」


 不意にシルヴァに声が掛かる。


「ん? ……君は確か……」

「やっぱり、あなたはあの時の」


 ダンジョン内で弁護を頼まれた少女だった。その少女は、シルヴァの隣に座ってきた。多少の距離を離して。


「あの、あの時は無理言ってすみませんでした」


 律儀に頭を下げる少女に、シルヴァは首を振った。


「いやいや、俺がもっと先から見ていたら君を弁護できたのかもしれなかった。だからごめん」

「いえ……それより」

「ん?」

「あなたは何をやっているの?」


 ベンチに羽毛に包まりながら座っているシルヴァに興味を示さない方が変だった。


「あぁ……実は換金できなくてね。今夜はここで寝泊まりすることにしたんだ」

「そう……なのね」


 その少女は少し考えた後、シルヴァを真っ直ぐに見た。


「何か担保を頂けるのなら、幾らかお金をお貸してもいいけど」


 この少女、なかなかにしっかりしている。というよりこれが正常なのだろうか。


「そう? ……じゃあ有難くそうさせてもらっていいかな。んで担保は……」


 シルヴァは叡黎書アルトワールを捲る。おもむろに手を突っ込み、ある物を取り出した。


「これでいいかな?」


 綺麗な真紅の宝石が付いたブローチだった。


「い、いや、こんな高そうな物を渡されると私が困るわよ」


 困惑する少女。少女が今持っている手持ちから鑑みても、これと同程度の金額をシルヴァに差し出すことは出来なかった。


「いや、折角提案してくれたんだ。やっぱりそういうのは嬉しいな。これは俺が君への礼だ。でも、明日換金してお金が出来たら必ず取りに行くから。場所はギルドでいいかい?」

「……そう。なら明日の正午でいいかしら。それくらいには換金出来てるでしょ?」

「ああ。恩に着る」

「どういたしまして」

「あ、そうだ。自己紹介がまだだったな。俺はシルヴァだ」

「私はシャルロッテよ。それじゃ、私はこれで」


 軽く会釈をして歩いていく少女……シャルロッテの後ろ姿を、シルヴァはずっと見ていた。久しぶりに感じた人の温かさ。やはり、気持ちのいいものだった。


「あ、そうだ。なら早く宿に入らないと日が暮れる」


 シルヴァは、広場を後にする。空は金色から青色に姿を変え、雲が陽の光を反射し赤く染まっていた。


 ◆◇◆


 カランカランと青銅鈴のような音が響く。


 シルヴァが入った宿の入店音なのだろうか。


「いらっしゃい。一人かい?」


 迎えたのは、背の高い美婦人だった。20年くらい前は、沢山の人を虜にしたのかもしれないと思うほどの美貌だ。その美貌は、歳を重ねても衰えることを知らないようだ。


「あぁ。一人だ」

「先にお代から頂くよ。食事付き一晩4マーズ。食事無し一晩3マーズだね。お湯はサービスさ」

「食事付きを頼む」

「はいよ」


 シルヴァからお金を受け取った婦人は、カウンターへ戻り、鍵を持ってきた。


「はい。これがあんたの部屋の鍵さ。食事は夜は6時から10時まで、朝は5時から8時までの間ならいつでもいいさね」

「ありがとう」


 シルヴァは鍵を受け取り、部屋へと向かった。一番奥の部屋だった。


「ふあー、疲れた」


 シルヴァがベッドになだれ込む。ここ数百年間で一番ドタドタした日だったのは間違いないだろう。


「あー、やっぱり宿はいいな。明日シャルロッテにお礼言おう」


 ベッドから立ち上がり、食堂へと向かう。すると、食堂から聞き覚えのある声が響いてきた。


「おう、坊ちゃん嬢ちゃん。どうだったか? 試験は」

「完璧だね」

「ええ、私達の合格は間違いないわ」

「試験監督はあの英雄ルザだった。お目にかかれて光栄」

「なに?あの英雄が。へぇ、一線を退いた後は後輩の指導ってか」

「なぁ、試験を受けたってぇのはお前らだけなのか?」

「いや? あと一人いたな」

「あ、注文お願いします。このホーンボアの直火焼きとライス。それとお水」

「へぇ、どんなやつなんだ?」

「白い髪をした長身のイケメンよ。でも技術はそこまでって感じだったわ」

「はいよ。10分くらい待ってな」

「あの人は変な人だった。筆記具忘れるし、実技試験は針でやってた」

「針?」

「あぁ。なんかこう……これくらいの長さの針だったな」


 焦げ茶色の髪の少年が、手を使って長さを表す。


「おまけに針を刺しただけ。血抜きすらしてないわ」

「うーん、あの人本当にやる気あったのかな。不思議」


 ガヤガヤ話し込んでいる人達の後ろで、シルヴァは一人夕食を待っていた。


 ダンジョン内では穀物系が殆ど採取できない。久しぶりに食べるライスに心踊らせていた。


「はいよ。お待ち」


 目の前にホーンボアの直火焼きとライスと水が並べられる。立ち込める湯気と香草の香りが、鼻をくすぐった。


「美味しそうだな。主よ、あなたの御業に感謝し、今糧をとらせて頂きます。主の恵みは命を巡り、また主へと戻ることを。敬愛なる主の祝福は、遍く世界に羽ばたくことを祈って」


 シルヴァが五芒星を切った後、フォークとスプーンを取る。その時、シルヴァに刺さる視線の数々に気づいた。


 食堂で食事をしていた全員がシルヴァを見ていた。その視線の意図は……好奇の念。


 シルヴァは軽く一瞥し、食事に手をかけた。淡々と頬張るシルヴァは、なるべく気に取られないようにしていたが、食べづらそうだった。


 食事が終わり、シルヴァは婦人に尋ねた。


「なぁ、俺が食べている時に他の人……というかあなた達も見ていたが、何かおかしかったか?」


 その時、婦人は少し目を上げた。だが、逆に婦人がシルヴァに質問してきた。


「え……っと、シルヴァさんは宗教を信仰しておられるのね」

「ん?どういう事だ?」

「私達は、“トエル教”という宗教を信仰しているんだけどね……。この教は、食事の時には絶対に食前の祈りをしてはいけないの。後は、とっても排他的な宗教だから、あなたも気をつけた方がいいわよ」

「なるほど。トエル教ねぇ……」


 シルヴァはそう言い残し、自分の部屋へと戻った。疲れていたシルヴァは、そのまま深い眠りへと沈んで行った。

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